表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/75

第69話 名が砕けたとき

シグラの黒杭が、空を貫いた。


その瞬間、世界の“名”の構造が軋む音がした。


ユイたちの祈念札が、次々に砕けていく。



セラが叫ぶ。


「ダメ……“記録された名”が、杭の祈念波に“剥がされてる”!」


「これは“名殺し”じゃない。“名否定”よ……!」



ミレが膝をつく。


「思い出せない……名前が、頭から……すべって……!」



リルが呆然としながら言う。


「札に込めた祈りが……砕けていく……

これは……名前が“拒絶されてる”ってこと……?」



シグラの想念が、空間を満たす。


「“名”とは、与えられる瞬間から“他者の概念”だ」


「君たちは“名を救っている”つもりかもしれない」


「だが――“名を与えること”は、“意味の押しつけ”に過ぎぬ」



ユイは歯を食いしばる。


「それでも、僕は――!」


「“誰かのために祈った名前”を、信じたいんだ!!」



彼の祈念核が再起動しようとするが、

黒杭の影響で、“名を媒介とする祈念”は封じられていた。



セラが分析する。


「これじゃ……祈念術は一切使えない」


「私たちが積み上げてきた“祈りの構造”ごと、

すべて、否定されてる……!



シグラが静かに、足を踏み出す。


「名を壊されて、痛むか?」


「では訊こう。“名を呼ばれなかった者たち”は、

 いつ、痛むことすら許された?」


「彼らの“沈黙”を、お前たちは理解したつもりになっている」



ユイの背中に、冷たい言葉が刺さる。


「ならば――“君自身の名”を消してみろ」


「それでも君は、“君”でいられるか?」


◇ ◇ ◇


黒杭が炸裂した。


空間が歪む。


ユイの中にあった“ユイ”という名が、揺らぐ。


彼の記憶から、自分の名前が薄れていく。



(――僕って、誰だったっけ?)


(なにを信じて、ここまで……)



意識が、断たれかけた。


だがそのとき。



“手”が、伸びた。



リルが、ユイの手を握っていた。



「わたしは……名前なんて思い出せなくても」


「“君”が、君であることだけは、忘れない」



セラも続ける。


「観測できなくてもいい。

定義できなくてもいい。

でも私は、あなたが“ここにいる”と知ってる」



ミレが微笑む。


「うん。“名前”なんかより先に、

“一緒にいた”っていう時間があるもんね」



その瞬間、ユイの祈念核に、別の波が共鳴した。


“名を記録した札”ではない。


“定義された概念”でもない。


それは――“感情のかけら”。



ユイの胸に、蘇る声。


かつて記されなかった祈りたち。

言葉にならなかった想い。

誰にも届かず消えたはずの、ノームコードの記憶。



「――でも、君だけは、見つけてくれたよね」


「“名前がなくても”って、言ってくれたよね」



ユイが、目を見開いた。


「……そうか。

“名前”がないなら、“祈り”でいい」


「“名前にできなかった祈り”は、

“名前を封じられた今”こそ、力になるんだ!」


◇ ◇ ◇


ユイの中に、“名ではない祈り”が満ちていた。


それは声ではなかった。文字でもなかった。


ただ、“誰かが誰かを想った記憶”――

それだけで、心に灯がともる。



「セラ、リル、ミレ――聞こえる?」


ユイの声は小さかった。


けれど、彼女たちは頷いた。



「名前を封じられても……僕たちは、“想い”で繋がってる」


「だったら――“名前以外”で、祈ろう」



セラが静かに言う。


「祈念波、構築可能。媒介は“感情パルス”」


「私たちの共鳴波をシンクロさせて、

“言葉にならない想い”として発信する」



リルがうなずく。


「それって……“言語を持たなかった村”で見たやつ……!」


「名じゃなくて、“感じることで伝える祈り”!」



ユイは札を構えた。


そこには何も書かれていない。


でも、その白紙の札が、彼らの“祈りの共鳴”を吸収し始める。


ノアの記憶。ナギの想い。ユリの沈黙。


そして、今この瞬間の“ユイ自身の声なき祈り”が――集まりはじめる。



「どうか、“名を否定された者たち”が、

 もう一度、自分を信じられますように」



札が、光った。


文字がなかった。定義もなかった。


でも、それは“確かな意思”だった。



ユイが、光の札をシグラへ向けて放つ。



「これが、僕たちの祈りだ!!!」



黒杭が反応する。


否定と否定がぶつかり、空間が震える。


けれど、今回は違った。


札は砕けなかった。


むしろ、杭の根元に突き刺さり、

その“否定の構造”を、逆に侵食しはじめていた。



セラが驚く。


「“祈りの構造外”の干渉……!?」


「これは……“祈念術”じゃない……!」


「感情共鳴波を通じた――“魂同士の同期現象”!」



リルが叫ぶ。


「杭の動きが……止まってる!」



ミレが札を掲げる。


彼女の祈念核からも、白い札が一枚、光を放つ。


「私は、祈られたかったわけじゃない。

 でも、“誰かの役に立てたら”って、ずっと願ってた」


「それが“名前にならなかった”だけで、

 私が“いなかったこと”には、されたくない」



その祈りも、杭に届いた。


杭が軋む音を立てて、ヒビが走る。



シグラが、初めて焦りの色を見せる。


「祈りのくせに……“形もないもの”が……」


「……どうして、そんなに強い?」



ユイは、答えた。


「君が否定してきた“名”は、たしかに脆い」


「でも、僕たちが今届けてるのは、

“名前になる前の祈り”なんだ」


「それは誰にも決められない。誰にも壊せない」


「だから、君にも――届く」



シグラが、足を後ろに引く。


杭が崩れはじめていた。



「……それでも、私は認めぬ」


「“名を持たぬ者たち”の憎しみは、消えぬ」


「お前たちの祈りなどで、癒えるはずがない」



ユイは静かに言う。


「だったら、君が証明すればいい」


「“名前がなければ、誰にも気づかれない”と、

君がそう信じ続ける限り――」


「僕は、“名がなくても、想いは届く”って証明し続けるよ」



その言葉に、空間が沈黙する。


杭が完全に崩れ落ち、シグラの姿が、霧の中に退いていく。



「……再び会おう、“名を信じる者”よ」


「次こそ、“お前の名”を壊してやる」



風が、止んだ。


シグラの存在が消えると同時に、祈念構造が元に戻る。


ユイの名が、胸の中に戻ってくるのが分かった。



セラが呟く。


「記録されていなかった祈りたちが――

君の中で、生きてたんだね」



リルが微笑んだ。


「名前にできなくても、気持ちが残ってたから……」


「それが、力になったんだね」



ミレが空を見上げる。


「ユイの札、白紙なのに、こんなにあったかい……」



ユイは白札を見つめた。


そこには何も書かれていなかった。


でも、彼にとってそれは――“すべてが詰まった一枚”だった。



「僕は、もう迷わない」


「名前があるとかないとかじゃない。

君が、君でいたいって思うなら――それだけで、祈りになる」



風が吹く。


次の地が、彼らを待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ