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【第89話】2匹の蝶、丘の上にいざなわれ

 コンビニで買い出しを行うカップル。誰がどう見てもそのように映っているだろう。仕事を終えた若い2人は蝶のように明るい店内を舞っていた。


「贅沢しよっか ・・・」

 バイクの前でリンデルに声をかける。


「うん ・・・・」


 リンデルは人目を気にせずパインに抱き着いて返事をする。なぜかももを彼女はつねってきていた。


--------------------------------------


 町を南下し、木が鬱蒼と生える小高い丘を走る。その頂上にはポツンと若者の宿泊所がそびえ立ち、暗い空に光を与えていた。ライトアップされたそこに1組の金色と薄い紅い蝶が吸い込まれるようにして入っていく。


--------------------------------------


 前を歩くリンデルの後ろ姿にゴクッと唾を飲みこむ。旅先で見た光景と現在のそれが手と手を合わせるように近くで触れ合う。

 彼女の首筋から香る匂いの正体を探るために自分の思考する頭はかなり深い部分まで潜る必要がある。

 それを無意識に行ってしまう自分がいた。

 受付を済ませ、エレベーターに乗り込む。一番上の階のボタンを押す。タジマ姉弟が醸したタバコの煙と香水の匂いがあたり一面に広がっている。

 「チン」と鳴り、目的の部屋までの廊下が視界に広がる。

 手をつないだ汗は今は自分のほうがかいているように思えた。

 マットから響く自分達の足音が、どこまでも連れて行ってくれそうな気さえする。


…。


 部屋のドアが閉まると自分の体は彼女の体を部屋の廊下の壁においやった。


//////////////////////////////////////


 2匹の蝶が舞う数日前…。彼らがいる場所からほんの数十キロ先での出来事。


「ちょっと ・・・・ なんで?見つからないってどういう事?」

 携帯を握りしめ、そう叫ぶ女性がいた。


 彼女は今日、いつもと変わらない日常を過ごしているはずだった。日が落ちたこの時間には愛する息子と娘に料理を食べさせている。しかし、その2人は今彼女の元にいなかった。


 外着のまま自宅をうろつき、手当たり次第に電話をかけていた。


…。


 息子たちが帰ってこない…。


 昼過ぎに事件は起きた。近隣のただっぴろい公園で彼女とその息子、娘の3人はピクニックをしていた。その公園は近所の人も遠方からくる人も大勢いて、人気の穴場だった。彼女にとって近所にそれがあることが幸いして、週に1度か2度はこうして遊びに来る。日課のような、そんな普通の1日のはずだった。


 今日は珍しく娘と同じ幼稚園に通うママ友がいて、つい長話をしていた。大体2時間ほどだろうか、いつもより長く話していた。今は物凄く後悔している。すぐに息子達を探して、帰ろうと思っていた。夜の8時までにどう家事を終わらせるか頭の中でスケジュールを組み立てていた。女手1人での生活に慣れてはきたものの、気を抜ける時間は限られていた。


「どこまでいったのよ もう!」


 最初は苛立っていた。息子は今年小学校2年生になる。妹はまだ4歳。だけどお兄ちゃんにしっかり見てもらって平気なはず。いつもそうだった。でも探しても探しても彼らはいない。


 そんな中彼女の目に小さい子を抱っこをして急ぎ足で公園を抜ける大人たちが目に映った。それも何組も。


「どうしたんですか?!」

 彼女は苛立ちより焦りの感情が次第に強くなっていった。近くの子連れにそう聞いてみる。


「警察が ・・・・」

『『ウゥーーーン 緊急事態 ウゥーーーン 直ちに公園を出て下さい ウゥーーーーン』』

 サイレンが鳴り響く。

 この音のせいで子連れ夫婦の話をちゃんと聞くことができない。そして彼らはこのサイレンを聞いて逃げるように彼女の元を去っていった。


 彼女は大勢の人々に逆行して公園の奥ヘ奥へと足を進めた。誰かに肩がぶつかっても謝ることすらできない。 


「「バカヤロー 早く逃げろって!」」

「「わ わたしの !!! 」」


 誰も彼女の言葉を聞く余裕はなかった。


 誰もいなくなった公園を走り、疲れ果て、挙句の果てに彼女を発見した警察官に自宅まで連行されることになっていた。


…。


 「ううう あああ!!!」


 彼女は今、どこに連絡を入れても対応してくれない事に苛立ち、そして悲嘆にくれ自宅のフローリングに膝をついた。


 公園は立ち入り禁止、外出も禁止されていた。女手1つで頑張っていた彼女に頼れる存在も事実、この時誰もいなかった。


 彼女は子供のように泣き、顔はメイクが崩れぐしゃぐしゃになっていた。できることは全てした。だがなにの効果もないそれに苛立ち、ひたすらに、これから訪れるであろう長い時間が彼女を苦しめる。


「マ ままぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!」」

「えっ!? イース?!!?」


 玄関の外から彼女の息子の泣きじゃくる声が彼女の耳まで入ってきた。立ち上がり、玄関を開ける。


「「イーース!!!!」」

 彼女は泥だらけの息子に無我夢中で抱きついた。


「どこ行ってたの!!」

「ごめんなさいまぁまあああーーーー」

「マーダは?」

「ごめんなさいまぁまあああああ!」


 彼女は焦りながらも泣きじゃくる息子の顔を拭き、家に上げた。急いで息子を風呂にいれた。


「マーダはどうしたの?」

 精一杯落ち着いた様子を息子に向けそう問いかけた。


…。


 マーダ、娘は…。彼の途切れ途切れに話す内容を必死に頭で理解していく。


 理解…。


 できない。


「友達できたんだ けど マーダとどっかいこうとして 僕もついて行った」

「暗いところだった 土の匂いがした あと魚の匂い きれいなガラスの球もってたの」

「マーダそれが好きであの白い子と おままごとしてた 僕ちゃんとみてた」

「暗い所に白い子のママ達いた いっぱいいた」

「白い子以外だれもおしゃべりしなかった 僕こわくなってかえろってマーダに帰ろうって言った」


…。


「うぇっ ・・・」


「落ち着いて 話すのよ ・・・・」


「マーダいなくなった」

「白い子のお腹が大きくなってて」

「しろい こ 」

「まーだの服 着て ・・・ まぁああああーーーー」

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