【第72話】金木犀の香りの中で その1
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『『 ねぇ ・・・・ 起きて 』』
『 ・・・・ ねぇ !』』
「 ・・・ ん ・・・ ってて! ・・・イテテテテ!!!」」
パインが目を開けるとグレー色の甲殻類のような獣がその目に映った。そいつがハサミで自分を持ち上げ、攻撃をしかけてきていた。
「「んぁ! やめろぉ!!! ホアァーー !!」」
ハサミを両手で無理やり開く。
「「ふぅんぬぅぅぅ!!!!」」 『ベギギッ!』
嫌な音とともに殻が割れ、その白い身から汁がどわっと噴き出た。
『ギギギギギィ』
自分よりも背丈の大きなそいつの足元に着地する。
蟹ではない、キチンと頭と胴体と脚に尻尾と上から順に付いている。頭はカブトガニのようであり、胴体には無数の脚がウニウニと蠢いている。ハサミの2本の両腕と立っているのに用いる脚は人間のそれと同じように太くなっていた。気持ち悪い。
寝起きの彼の頭はほぼ反射的に体を動かしていた。
「「ホアァァァァーー! アチャーー!」」
パインは獣の四肢を蹴りや拳で粉砕し地に伏せた。
『ギギギギギギギ!』』
獣の口から変な音と泡が吹き出していた。
「「ファーーーーーーー!!!」」
『『ベシャ!』』
地に伏したそいつの頭を脚でおもっきし踏みつけた。
『ギッ ・・・・』
こと切れたようだ。
このダイバースーツは丈夫なようで奴のハサミでも傷1つ付いていなかった。
(ふぅ ・・・)
やっとパインの頭に血が回るようになり、彼は辺りを見回す。暗いがうっすら上から灯が差し込んでいた。そして、なんとなく、どうしてこうなったのかを思い出してきた。
足元からブニブニとした感触が伝わる。
( ・・・ 中に入ったのか?)
ハッと辺りを見渡すと、あの甲殻類が数匹、何かに群がっているのが目に付いた。大きさはさっき倒したのと比べると非常に小さい。その先に人の脚が2本出ているのに気が付く。
「「が ・・・ わぁーーーーーー! アタッ アタッ!! ヒィ エェーーーイ!!」」
そこに急行し、小さなそいつらを引き剝がし、投げ捨てた。気持ち悪いのでつい変に叫んでしまう。
「「チャ ・・・ チャーギさん! 大丈夫ですか!?」」
彼の顔に手をやり、意識を取り戻そうとポンポン叩く。
「う ・・・ うあぁぁああ!! ホァア!」」
彼もまたガバッと起き上がり、謎の格闘ポーズを自分に向け披露していた。
…。
「確か ・・・ ボートが船と同じ高さまで持ち上がって ・・・」
正常なところまで意識を取り戻したチャーギがそう話す。
「そうです ・・・ そのあと 落ちていきました ・・・」
「っていうことは ・・・ ここは何かの中か?」
「おそらく ・・・」
チャーギも自分と同じことを考えていたようだ。
辺りを散策すると、ボートの荷物が所々に散らかっていた。
「「あっ あれっ!」」
またもやあの甲殻類が多量に群がっている所を発見する。
「「アタタタタタタッ ホァァア!」」
「「ホレホレホレホレ!!!!」」
2人でそれを取り除く。気持ち悪いったらありゃしない。
「おまえの獲ったフナオーだ ちょっと食われてるな ・・・ おぇ」
「はい ・・・」
絶命したパインの銛がささったフナオーが静かに横になっていた。
「とりあえず ・・・ それ持ってここから出ないと ・・・ だな」
「はい」と答え、散らばった荷物を拾い集めフナオーを引いて探索を開始する。
「うーん ・・・」
スパイク靴だとここの地面に食い込みすぎて歩きづらかったのでたまたまここに落ちていたサンダルに片足だけ履き替えた。
持っていきたかったが、脱出優先なので靴とはそこでお別れした。
「なんで片足だけ?」
「なんとなくです ・・・」
チャーギも自分の銛を見つけ、それを片手に歩いていた。
今になって気が付いたが、海の匂いに交じって以前より嗅いだ覚えのある花の匂いが鼻に入ってきていた。
「なんかいい匂いしません?」
「そうだな ・・・ 金木犀っぽい匂いがするな ・・・」
チャーギもそう言っていた。なんなのだろうここは。
…。
しばらくすると目の前に大きめの木材が柱のように立っているのが目に付いた。
「な なんですかこれは ・・・」
「船かなんかの一部 ・・・ じゃないかな」
それを通り過ぎると今度は地面が無くなって巨大な穴。というより崖がいく手を阻んでいた。そこに両ひざを着き下を覗き込んでみた。
「先に進めませんね ・・・ 暗いですよ かなり ・・・」
「ああ ・・・」
チャーギがそう言い、何か考えているようだった。
その穴からそよ風が吹き、あの花の香が自分の中に入ってきた。
「ここから ・・・ あの匂いがしてきます ・・・」
「そ そうか ・・・ ここ ・・・ 降りないと ・・・ だな」
チャーギが嫌そうな顔をしてそう話した。
「でも どうやって ・・・ 飛び込む? ですかね ・・・」
ふとゼンダの「男なら思いっきりやれ」の時の表情が目に浮かんだ。
「いや ・・・ 待て ・・・ あの さっきの木 使えないか?」
そうチャーギが言った後、閃いたような表情になっていた。
「この フナオー使うぞ ・・・ ロープの反対側を あの木に強く ・・・ 強くだぞ 縛ってくれ」
「俺はお前の銛が抜けないか確認してるから ・・・」
そう言われ、ロープを持ってさきほどの木まで来るときつく結んでやった。何を考えているのだろう、この時はよく分かっていなかった。
「お前やっぱすごい力だな こいつの頭蓋骨に奥まで刺さってるぞ ・・・ 大丈夫そうだ」
そうチャーギが言っていた。
「で どうするんです?」
「落とす ・・・」
「え? ・・・」
「・・・ いいから落とすぞ ゆっくりな ・・・」
…。
スパイク靴を片方履いていて良かったとパインは思った。何キロもあるこいつを下にゆっくり降ろすのにここの足場はぬるぬるしすぎていた。
「「ウァアアアァああァァァ」」「「ウァアアアァアァァァ」」
2人して引っ張りながらフナオーを崖から下に向け降ろしていった。
ロープの長さが50mくらいだとフナオーを降ろす前にチャーギが言っていた。それを伝って下まで降りようとも。
「「だめだ まだか 下は ・・・ !!!」」
「「まだ ・・・ 下がります!!!」」
ついに最後までロープを使い切り、ピンと張ってしまっている。
「どうしましょう ・・・ 相当深いですね ・・・」
「だな ・・・ あっ!」」
そう問うとチャーギは焦ったように木の所まで走っていった。
「「おい! まずい! 抜けるぞこの木!!!」」
「「はっ はいぃ!!?」」
「「徐々に動いてる! もういい! 降りるぞ!」」
そうしてこの暗い崖の中にフナオー付きの命綱を用いてスルスルと降りていくことになった。
…。
『『 ああぁ あぁん ・・・・』』
(・・・ ・・・ ?)
暗闇の中、何者かが耳元でいやらしい声で話しかけてきた。
「チャーギさん ・・・ 何か言いました?」
「はぁ? ・・・ いいから早く降りろ」
下からチャーギがそう返す。チャーギさんには聞こえていないようだ。
(空耳かな ・・・ ?)
『『 あぁあん ・・・・ 』』
(なんぞ ・・・?)
「チャーギさん こういう時に悪戯はよくないと思いますけど ・・・」
「何言ってんだおまえ ・・・ 頭おかしくしたのか?」
(うーん ・・・)
『パタパタッ パタパタパタ』
すると今度は暗い中から何やら羽ばたく音が耳に入る。
「「うわぁぁあ!!」」
「「チャーギさん!?」」
「「何かいる!!! 急いで降りるぞ!! うわぁ!!」」
「「うわあああぁあ!! ほんとだ!!」」
自分にも何かがぶつかり、体のいたるところから鋭い痛みがやってくる。
体についた何かを「両手」を使って払いのける ・・・。
(しまった ・・・)
「「ドスンッ」」
「「んぐ ・・・ おい!!!」」
「「スミマッ セ ! ウワァァアアアア!」」 「「ウワーーーーー」」
そのままパインはチャーギの頭上に落下。肩車態勢のまま2人してロープの先、フナオーの所まで落下する。
『『ドチャ』』
「ふぅ ・・・」
フナオーに付いた銛の木の棒が肛門に刺さるのをチャーギは避けていた。
「「なにやってんだよ! おい! おまえのケッ ・・・」」
「「ウワーーーーー」」 「「ウワァアアア!」」
上の木がきっと抜けたに違いない、2人してそのまま下まで落ちる。
『『ドチャーーーーー!』』
…。
「「ウワァァァァ!!」」
2人の落下の衝撃はフナオーがクッションになり和らげていてくれた。そのままフナオーの背中を転げ落ちた。こうして彼の大きな白く濁った目とパインの目が見つめ合ってしまっていた。
(あれ ・・・ 見える ・・・)
「うるせぇな お前 ・・・ まぁ 俺も ・・・ あっ 危ないっ ぞっ!!」
チャーギがこの地に立ち、そう話すと、パインを彼の位置まで引っ張った。
『ヒュンッ』
『『ドチャーー!』』
「「あっぶねぇな!! おまえ!」」
ロープを結んだ木が横向きに落下してきた。
『『 ありがと 』』
「・・・ ありがと ?」
また囁くように頭に声が入ってきていたのでパインはついそう口に出した。
「「いや ありがとうございますだろ!!」」
チャーギにはやはり聞こえていないようだった。
…。
2人で辺りを確認する。
こうして見えているのはこの足元がオレンジ色に光っているためだ。所々が強くオレンジの蛍光色に輝き、辺りを照らし出している。
それから出るのがあの香りなのか、鼻の奥までツンと入り込み、少し痛くなった。
またよく観察してみると手のひらサイズの丁度よい乳突起状をしていて、ウネウネと動いているのが分かった。それを触るとヌルヌルとしていて少しだけ気持ちよかった。
(おほほ!)
「「おい 何やってんだよ! いくぞ!」」
木からロープを解き、再度辺りを散策していく。
…。
「「いてっ!」」
「今度は何だ?」
この下の突起を触った手が痛んだ。確認すると指紋がすり減ってツルツルになっていた。それをチャーギに伝える。
「なるべく避けて通るぞ ・・・ 消化されんのか ・・・」
「そのようです ・・・」
辺りに散らばった魚の死体などが骨を剥きだしにしていた。フナオーが少しずつ溶けていくと思うと少し切なくなった。
…。
しばらく歩いていると突き当りの壁が見えてくる。そこに直径3mほどの横穴が開いていた。
「行くか ・・・」
チャーギがそう呟く。
『『 ダメ そっちじゃない ・・・』』
またあの声が聞こえてくる。今更ながら、女性の声であることに気が付く。
「そっちは違う ・・・ みたいです ・・・」
恐る恐る彼にそう話す。
「お前なんか聞こえてるのか ・・・ まぁいい 他探すぞ」
お腹の傷が痛むのかチャーギの声が少し細くなっている。
2人とはいえ、フナオーを引きずっての散策は確かにきつい。なるべく自分が強く引くようにしてやった。
『そう そっちそっち あっ 違う ダメよそこは そう』
あの声がしだいにきちんと耳に入るようになり、それを頼りに道なき道を進んでいった。チャーギも何故か自分のそれを頼りに足を運ぶようにまでなっていった。
…。
「で ・・・ はぁ ・・・ 着いた先はこれか ・・・」
チャーギがそう言う。
先に見えるのは明らかに魔獣。
大きなイカの見た目のそいつはクラーケンと言うらしい。体高は2mほどだが、そこから出る触手は10mを超えているようだ。そいつはオレンジ色の光に照らされ、クリアなボディーが紫色に光って反射していた。普段なら幻想的なそれだが、それを相手にしなくてはならないと思うとチャーギのため息も納得がつく。
「これは ・・・ 抜けないしな ・・・ 俺がやるから お前は囮だな ・・・」
チャーギがフナオーに刺さった自分の銛の柄を持ちながら話す。
「えっ? ・・・」
いやいや。あれに捕まるとか嫌なんですけども。
「え じゃない やるしかないの! わかる!?」
(まぁ そうだけども ・・・)
(武器なしは嫌だなぁ ・・・)
「「はやくいけ!!」」
「すぅ ・・・ はい!」」
イカに向け走り出す。獣もパインに気が付き体をこちらに向ける。
(なんとでもなれ! タタキノメシテやるわ!)
『『ビチーーン』』
パインはイカの触手に体を打たれる、そうされながらも前進し彼の大きな目玉までタックルをする!
チャーギも自分を盾にして後ろに続いている。
「「オラオラオラオラオラオラオラ!!!」」
パインはイカに拳の猛打を叩きこんでいった。
だが、柔らかい胴体はそれを全て吸収しているようでまったく手ごたえが無い。目玉も厚い皮膚の中に潜りこんでしまっている。
「「そうだ! いいから押しまくれ!!」」
これでいいようだ。チャーギは後ろから銛でイカの随所を突いている。
「「オラオラオラオラオラオロアロアロアロアラ アラアラァアア!!」」
イカの大きな触手がパインに巻き付き、宙に引き上げられた。
「「ヒャァアアア!」」
「「シャラシャラシャラシャラシャラぁーーーーー!!」」
チャーギはパインを見ずに猛烈な突きをイカの眉間に放っている!
『『バチーン』』 「ぐぇっ!」」
パインは床に叩きつけられた。変な音が彼の体の奥から出る。
「「こなくそぉぉぉー!」」
体を起こし触手を振りほどき、再度走った。
チャーギの横を通り抜けイカにタックルをお見舞する。
(コナックソォォォー!)
「「オラオラオラオラオオラオラオラオラオオラ!!!! ソォイ!」」
大きな目玉が飛び出てきたので、そいつを手刀で貫く!
『『ビシャーーーーーーッ』』
黒い液体が飛び散った。
「「ナイスだ! パイン! シャラああああーー!」」
怯んだイカをチャーギの「チャージ」がさく裂する!
『『グシャーーーーーー!!!』』
チャーギの会心の一撃!
『うねうねうねうね ぴたっ ・・・ ウネウネ ・・・ ウネ ・・・ ネ ・・・』
…。
「「や ・・・ やりましたね! ・・・ 」」
『『ビチーーン』』 「「へばぁっ!」」
大きな触手がパインの顔面をおもっきしビンタしてきた。
「「あははっ!」」
最後の力だったのであろう、ビンタが終わると触手も動かなくなった。チャーギはその様子を笑って見ていた。
…。
「あっ ボートがありますよ! チャーギさんっ! !? ・・・」
「ほ ほんとか ・・・ 」
チャーギをかばいながらフナオーを引いていたが、負傷中の彼にとってこれらの散策は相当なダメージだったのか、彼はその場に片膝をついてしまっていた。
「「だっ 大丈夫ですかっ!?」」
チャーギの下まで駆け寄る。
「おまえ 本当に人間か? なんでそんなに元気 ・・・」
『どちゃっ』
「「チャーギさん!!」」
…。
ボートに彼を引き上げた。
『もう少しよ ・・・ 少し休んだら?』
「そう ・・・ ですね ・・・」
パインは彼女にそう答えた。
チャーギは疲れて少し眠っているようであった。パインが確認するとちゃんと寝息をかいていて安心した。
パインも彼の横でボートの中腹を下にしてこの謎の体内を見上げることにした。
(・・・)
ここはまるで暗くて天井が高い建物の中にいるようであった。そこは丁度いい塩梅に暖房の効いた部屋のようでもあり、香る花の匂いが心地良かった。また声の主に見守られている感覚も心と体を落ち着かせてくれる。
下から差し込むオレンジ色の光に天井が暖かく照らされ、それに反射して小石のようなものが星のように輝いていた。
(・・・・・・)
パインがその光景に見惚れながら落ち着いていると彼にも眠気が襲ってきていた。
(外は ・・・ どう なっているんだろう zzZ)




