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【第70話】航海 8日目 登竜門

翌朝……。


「「そんなんでいちいち落ち込んでじゃねぇって 男かよ!!」」

 早朝からやかましい声がパインの耳に入る。


 昨日のあの事件後はコーダンに石弓を奪われオズオズとサクラの居る厨房に退散した。


 幸い夕食時にはチャーギが食堂に来ていた。


「大丈夫だよ 気にすんな」と声をかけられたが彼の胴周りに大きく包帯が巻かれていた。


 ミグーナはリンデルとさっさと食事を済ませて見張り塔に向かって行ったようだった。2人ともどこか寂しそうな顔をしているのが気になった。


 厨房でもサクラにからかわれたりして気を使われたものの彼の心は下の暗い方から中々抜け出せないでいた。


「ええ 男なんですよね ・・・」

 航海8日目、今日の予定は特にない。はずだ。


「「そろそろだぞ オンツバメにアホウドリ ・・・」」

「「ヘルダイバーなんてのは滅多に見かけないが ・・・」」

 ゼンダがそう話す。その言葉の意味がどういう事かパインはわからなかった。

「「あの鳥らはフナオーの荒らす海の近くを良く飛んでるんだ だから そろそろなんだよ!」」

 こちらが黙っていると勝手に彼が喋る。

「「他に船が無いもんだからこっち来たんじゃねぇのかな あのおっかねぇ鳥 ・・・」」

 なるほど。確かにそうなのかもしれない。パインはそう思い頭をかいた。

「「おい パイン ・・・」」


「な なんですか? ・・・」


「「男は思いっきりやれ! 外した時の事なんか後で考えろ! いててっ!」」

 おそらく体を起こしてそう喋ったのであろう、昨日の石弓の反動でゼンダは肩周辺をやられているはずだ。


(だが ・・・ 確かに ・・・ 一々くよくよしてたら仕事にならないもんな ・・・)

「そうですね ・・・」

「「弱いなお前は ・・・ 女なんてクヨクヨすんのが仕事みたいなもんよ 一々気にすんな!」」


(彼もまた俺の事を理解しているのか ・・・ はぁ ・・・ でも ・・・)

「「分かりました ありがとうございます!!」」

「「おうよ! その意気だ! イテテッ ちと手貸してくれねぇか? それにしてもおめぇさんの体は丈夫すぎねぇか?」」


//////////////////////////////////////


(いたっ ・・・・ あれだ ・・・・)


「リンデル ほら見て あれよ ・・・」

 反対の方角を警戒している彼女にそう伝える。

「あれが ・・・・」

 リンデルはライフルのスコープを覗き、ミグーナが言った場所、その群れを確認している。


 数キロほど先に青い海とは正反対の赤や白に輝く背中がクルクル回っている。それらは何十匹も居り、海を白や赤の波を立たせながら遊んでいるように見える。遊んでいるようでいて、おそらく彼らはクジラをついばんでいる。大きさは大小様々だが、少なくとも5mはゆうに超えているように思えた。


「フナオー達よ ・・・・」

「数匹なら見たことありましたが ・・・・ あれは ・・・・ 多すぎます」

 ミグーナも同じだった。おそらく物凄い不安がリンデルを支配している。彼女の銃を持つ手が震えている。


(それよりも ・・・・ 悪いことがあるのよ ・・・・)

 昨日のチャーギの怪我にパインの不安定な強さ、そしてなにより。


(コーダン ・・・・ あんた ・・・・ 泳げないのよね)

 ヘルダイバーが連続して来るなんて想像すらしていなかった。


 おそらく聞かされた内容が確かなら、今後はもっと危険な事が出てくるはず。なぜ上は私たちを選んだのか、そこに対してが一番あたしをイラつかせる。


(もっと適任がいたでしょ ・・・・)

(私はチャーギを ・・・・ みんなを守る責任があるのよ ・・・・)


「「おーーーーい!!!皆!!! フナオーの群れ!!! 11時の方向!!」」

 でも仕事は仕事。やることはやらないといけない。下に向かってそう叫ぶ。


 チャーギは腹部を大分やられた。そう考えると銛打ちはパインになる。色んな事がミグーナの頭の中を巡り、昨日はよく寝れなかった。そんなタイミングであんな大きな群れ。


(ああ ・・・・ お腹も頭も痛い ・・・・)


「「リンデル あんたはそこで偵察続けて 空からも来るかもしれないから ・・・」」

『『バァン』』

 そう言った傍から彼女がオンツバメを落としていた。


 なんだかんだ彼女が一番信頼できるのかもしれない。そうふとミグーナは思った。


「頼むわね ・・・・」 「はい 大丈夫です」


//////////////////////////////////////


 パインはやることがないので漁夫の皆と甲板の掃除をしていた。そんな彼の耳にミグーナの叫びが入ってきていた。声量こそあれど、何か憂いを帯びたようなそれにパインは気が付いてしまった。丁度チャーギも診察を終え、こちらを手伝おうとしていた時であった。


「「皆さん掃除は後にしてください! これから私たちでフナオーを1匹獲ります そちらの準備をお願いします!」」

 少し腹を抑えながらそう口にするチャーギ。


「いけるな パイン 俺がお前の補助をする 今度は外すなよ?」

 彼にそう言われると嫌でも説得力がある。「はい」と精一杯の声を出して誠意を表に出した。


 リンデルに買ってもらったあの新品の銛とチャーギの銛をロッカーから取り出す。


 塔から降りてきたミグーナに先導され、海上1Fフロアまで走る。


…。


 すでにボートはフナオー狩り仕様に道具が並べられていた。樽3つに予備の銛、ロープなどだ。


 ダイバースーツに2人で着替える。チャーギの生生しい傷はそれを着るのに大分邪魔をしていた。


 その間にスパイク靴に履き替える。


「「はぐれが絶対いるはず それは無線で伝えるわ」」

「「あんた達 絶対 2人で帰ってくるのよ」」

(やめてくれ ・・・ フラグ立てないでくれ)

 彼女の青白い顔が目に焼き付いてしまった。


「大丈夫です なぁ パイン ・・・」

「行けます!」

 「彼女のため」に精一杯の良い表情をパインは作ってやった。


…。


 チャーギの操舵するボートが出て数分、赤と白の波が立つ光景がパインの目に入る。


(あ ・・・ あれが ・・・)

 一応予習はしてきた。ゼンダに邪魔されたりもしたが、やり方は頭に入っている。あれは群れ、絶対にあの中に入ってはいけない。白に赤を添えるようなものだと書いてあった。


 その上空にはおこぼれを狙う鳥や獣が飛び交っていた。時折聞こえる銃声が獣の類を落としているのが分かった。


(リンデルか ・・・ この動きを狙えるって ちょっと舐めていたかもしれない ・・・)


『『チャーギ聞こえる? 八時の方向に2匹いる それが最小 ザー』』

「「了解 向かいます ザー」」

 チャーギは舵を左に切り、そこにボートを走らせる。


『『チャーギ だめ 引き返して! ヘルダイバー! そっちに向かってる!』』

 それと同時に何発かの銃声がした。


 上を見上げると陽に照らされた黒い影がパインの目に入った。


「「大丈夫です! 躱します!!」」

『『何言ってるの ダ$#%!!!!』』

 ミグーナの叫びで無線の音が割れていた。


「来ます 来ますよ チャーギさんっ!!」」

「すぐそこまできたら肩に手 おけ!」

 滑空の勢いをつけたあの魔獣がこちらを真っすぐ見つめている。それは次第に大きくなる。


「振り落とされるなよ!曲がるからな!」

「は はいい!」


(狙われるってこんなかんじなのかよ おい!)

 タイミングがそれかわからないが、自分の本能がダメだと思ったタイミングがきた。


 ポンと彼の肩を叩く。


『『きをつ"$%#&け#%#!!』』

 無線から嫌な音が鳴り響く。


 チャーギが舵を大きく切る。

『『バシャーーーーーーー』』

 ボートすれすれの所で魔獣は水しぶきを上げるだけに留まった。


「「うっしゃああああ!! ざまぁねぇ!」」

 チャーギが雄たけびを上げる。


『『なにしてんの!%#%#""$ば%#!!!』』

 無線がまた割れた声を届けている。


 ヘルダイバーは海上から空に戻っていく。そしてくるっと体の向きをピーナツ号に向けていた。


「「そ そっち向かいました!」」

『チャーギのこと叱っといてねパイン こっちは大丈夫 コーダンがいるから ・・・・』

 自分が無線で伝えるとそう返ってきた。


「だそうです ・・・」

 それにチャーギはコクと頷くだけで次の目標まで舵を取っていた。


「後ろのだ あいつ狙え」


…。


 フナオー。それを現実で目の前で見るのは圧巻そのもの。


 パインの目の前にいるのは5mほどか。ぬるぬるした柔らかい小さな背びれを海上に出しながらゆっくりと進んでいる。日に照らされ海中のでっぷりとした赤い胴体が海上からでも確認できる。


(本当に巨大な金魚だ ・・・)


 これが本当に人やクジラを襲うのかと疑問に思う暇は今は無かった。


 群れから離れているこの目の前にいる個体は確かに一回りほど小さいように思えた。


「いきます ・・・ すぅ」

 ロープを括ったあのリンデルとのデートで買った銛を肩に掲げる。


 ボートは彼の泳ぎに並走させていたためエンジン音がほぼしない。


 無線からも何も入らず、自分が今皆に見られている、そんな無音の緊張した空気を感じる。


『チュプン』

 自分の放った銛はそんな音を立て、彼の頭に吸い込まれた。


(や やった ・・・ ?)


…。


「やるじゃねぇか ・・・」

 チャーギがもう一度エンジンを回した。


(え? ・・・)


 自分の放った銛ですでに小さなフナオーは絶命していた。


 跨る必要すら無かった。前方の大き目のフナオーは後ろを気にすることなく群れの所に静かに泳いでいった。


 プカと小さなそれが浮かび、可愛らしいそれの目が静かにまぶたを閉じていった。


「なんであれ外して ・・・ これは 完璧じゃねぇか ・・・」

「そ そうなんですね! 良かったです!」

『『パインやるじゃない!!!』』

 無線からミグーナの安心と歓喜の入った声が鳴り響く。


「お前がまたやらかすと思って色々準備してたのによ ・・・ でも ・・・ おめでとう!」

 チャーギも緊張していたのであろう、表情が今は柔らかくなっていた。


 そんな彼はパインと握手を交わした。


「ほぼ 冒険者の仲間入りだな!」

「あ ありがとうございます!」

 「ほぼ」が気になったが、それは今聞かないでおこうと思った。


「うし 帰るぞ ・・・ 浮きの樽一応つけてな」

 危ない場面はヘルダイバーの強襲くらいで、今回の討伐は何事もなく終わってしまった。


//////////////////////////////////////


「「コーダン はんぱねぇ!!!! パンチやばすぎぃいいい!」」

 船の上もヘルダイバーを拳1つで仕留めたコーダンにより騒ぎ立っていた。


(やれやれ なんだけど ・・・・ 男ってなんであんなバカなの ・・・・)

 リンデルだけはパイン達のボートを眺めていた。


(あいつが ・・・・ あいつが 無事に仕事終わらせたことなんて1度もない ・・・・)

 リンデルのその直感は。


…。


「「「ちょっと!おめぇら! 騒ぐのやめろ! あっち見ろ!!!!!」」」

 男どもにリンデルは罵声を浴びせた。


 リンデルは見てしまった。


(なんなの!? ・・・・ もう嫌なんだけど!!!)


 パイン達のボートの下から黒い大きな塊が海そのものを盛り上げていた。


 自分の金切り声にみんなしてハッと我に返り、リンデルの指さす方向を見る。


「「「あっちみろぉ ぼけなすどもがぁぁ!!!」」」


 黄色い巨大な、この船より大きな鯨のようなものがボートとフナオーごと丸のみにしていた。


「「なんだあれーーーー! うわぁあああ!!!!」」

 下の男どもがまた騒ぎ立てる。


 リンデルの直感はやはり当たってしまった。


『『 ドドド ドドド 』』


 静まり返る船上でその音が聞こえたのは数秒後であった。


『『 グワ ッ グワッ 』』


 それが打ちあがったことによる波で船が大きく揺れる。


(まただ ・・・・ なんであんたはこんなことばっか ・・・・)


…。


「「どいてコーダン! あんたが行かないならあたしが行く!!」」

「ダメダ アレハシバラク クチ ヒラカネェ ダメナンダ」


 今この船はあの黄色い巨体。この船の一回りは大きい鯨のような巨大な生物に並走して走っている。初めて見る巨大な船でないものに怯え逃げ出す者や、コーダン達とは少し距離を置いて見物する者達とがいた。


 コーダンだけはその存在を知っているようであった。名は「龍の使い」とか言ってた。


 ミグーナの叫び声すらリンデルには今は大して耳に入ってきていなかった。


(どこをどうみてもバカでかい鯨じゃないの ・・・・)

 フナオー達もこいつに気が付いて一気に海底に逃げた。


 どの空にも鳥や獣たちはいなくなり、船の上で騒ぐ人達だけの声が鳴り響いていた。


 リンデルは焦りというよりも、体の電源みたいなのが抜けたみたいに、無気力になっていた。


 彼女はあの飲み込まれた光景が目に焼き付いてしまったが、それと同時に溜まっていたものが口から吐き出された。それが大きいと彼女は思うことにした。


(それに ・・・・)


「アイツハ ヒト オソウヤツジャネェ ナンカイイエバワカル ミグーナ? アイツラナラ カエッテクル ダイジョウブダッテ」

「「だって 実際にあの中に飲まれているんでしょう? 助けに行かないでどうするのよ!!」」

「「それにチャーギは怪我してる! それもあんたは突っ立って見てただけ!」」

「ソレモ ダイジョウブ ダト オモッタ ・・・ ジッサイ」


 2人のやり取りはさておき、コーダンの「ダイジョウブ」がやけに信用できてしまっていた。


(パイン あたしもあんたを信じてみるよ ・・・・)


「「うっひょお ・・・ でっけぇ ・・・ 」」

 下で作業していた観光気分の漁夫達の声が彼女の耳に入っていた。


…。


//////////////////////////////////////


「ユーシル殿 あれは ・・・ 一体 ・・・」


 エゾマは「船長室」で床に落ちた食器や装飾品を棚の上に拾い上げていた。


 まるで100年以上前の作りの部屋の光景にエゾマは慣れている。

 白黒の肖像画に古びた木製の棚やここ以外で見たこともない食器などがテーブルに置かれている。

 ベッドに入った老人は滅多に起きない。だが、この揺れで彼は飛び起きていた。


 揺れが収まったタイミングでこの部屋の鍵を開けエゾマは中に入ったのだ。


「「あ ・・・ あれは お使い様じゃ ・・・ あああ 奴の手下 ・・・・ ああああ!」」

「如何しましょうか? ・・・」

 エゾマはユーシルからアテになる言葉なんぞ出てこないと思いつつその老人に問いてみる。


「「ならん ならんぞぉ あやつを刺激してはならん ・・・ 付いていくんじゃ ・・・ さすれば ・・・」

 ユーシルがそう言うと彼はまたパタとベットに伏した。


「冒険者2名があれに飲み込まれたのですぞ ・・・」

 その言葉は老人の耳には入っていかなかった。


//////////////////////////////////////


「「皆の者静粛に!!」」

 この喧噪の中、エゾマが甲板まで下りてきていた。


「「船長から指示が降りた しばらく 我々はあれに付いて行く」」

「「エゾマさん じゃあ中の2人はどうするんです!?」」

「「ミグーナ殿 心情は察しておる だがコーダン殿とも私は話した」」

「「やつを 今あの左翼にいるやつを決して刺激してはならん! 船長のご命令だ!」」

「「彼らなら脱出を図る術を持っている そうコーダン殿がおっしゃっていた なので我々は ・・・」」

「「横でそれを見守ろう ・・・」」

「そんな ・・・・」

 ミグーナが膝を落としてそう口にしている。


「ダイジョウブ ダイジョウブだって ミグーナ?」

「「あんたが泳げないからでしょ!? 助けにいってよ! いつだって 真っ先に突っ込んでいくくせに!」」

「「チ チガウ オヨゲナイ ノハ チガワナイ ケド ホントアイツは ダイジョウブなんだってぇ ・・・」

 珍しくコーダンが狼狽えていた。


(でも彼以上に ミグーナさんが ・・・・)

 リンデルはその姿を見て笑っている漁夫が居たので軽くガンつけてやった。


『ヒィっ ・・・』

(私も もう疲れちゃった ・・・・)

 とりあえず今日はもう何も考えないで全て天に任せようと思った。


「すいません 私達しばらくお休みさせてもらうます ・・・ 見張り ・・・ お願いします」

 リンデルはそうエゾマ直々にお願いをしてやった。


「わ 分かった おい おまえ 変わってやれ」

 エゾマは少し焦っていたがそんなのもう関係ない。


「行きましょう ミグーナさん ・・・・ 少し私達休むべきだわ ・・・・」

 リンデルは彼女の手を取り、一緒に部屋まで戻った。


 彼女の手は冷たく、しっとり濡れていた。


 今まであれだけ恰好が良かった彼女がここまで落ちてしまうとは夢にも思わなかった。


『ありがとう ・・・・』

 それに答えられるほどあたしも元気ではない。

(考えるのは やめよう ・・・・)


…。


 まだ明るい空の中ベッドに潜り込んだ。

(パイン ・・・・)

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