【第7話】役所 冒険者として生きるとは その2
「はい お預かりします 少々お待ちくださいぃ~」
語尾を伸ばすのはこの女性の癖のようだ。冒険者相手だとこの喋り方が都合が良い、彼女はそのことにすぐに気がついていた。
肩まで下ろした茶色の長い髪をパインはまじまじと見つめた。彼女がIDカードを受け取ると、機材でそれを読み込ませている。こちら側からでは見ることのできない。ディスプレイをなぞる細い彼女の手を今度は目で追う。白く細い指はパインにとって魅力的に映っていた。
「えっと お待たせいたしました こちらが パイン様が受けることのできる依頼の一覧となります」
彼女が「よいしょ」と大き目のファイルを広げ、写真付きの書類が机に置かれる。写真ごとに依頼の内容が書かれており、この見開きだけで10項目以上ある。その左上に先日受けたピークックの羽根の採集依頼が、写真付きで書かれている。
「パイン様はこちらがおすすめです ピークックの依頼はすでに受注しているようですので こちらはいかがしょうか?」
パインは上目づかいの彼女の視線を振り切り、彼女おすすめの依頼に目を向ける。それはねずみのような可愛らしい顔をした犬の獣の討伐であった。
(う うーん ・・・)
これも初心者に馴染みのある依頼であり、パインも一応それを知っていた。そしてそれをこなすにはそれなりの体力や武器を扱う技術を要するという事を。
(これは きつそうなんだよな ・・・)
というのも。パインの幼少期にこいつが家の中に押し入り、家中がパニックになった。彼の父がそれを退治しようと奮闘したが、手に負えず、家具など色んな物がボロボロになってしまった。最終的に役所に連絡をして、冒険者3人がかりでどうにか退治してもらった。つまり自分1人でどうにかなる相手ではないと、当時から、パインには苦い思い出の獣だった。
(うーん どうしよ ・・・)
早く返事をしたいは山々だが、どれを見ても手に負える獣はいないパインはそう思っては首を傾げていた。
『おい パイン これだ ・・・』
アッシュが書類の一番右下の部分を指さし小さい声でそう言った。
(いやいやいや ・・・)
そこには今まで見たこともない獣の写真がある。明らかにパインで手に負えるような獣ではない。
「えっとぉ こちらは一応私ども発注かけておりますが ・・・・」
「4人以上のパーティーで 尚且つ それなりに腕に自信が出てきた方々におすすめする依頼ですね ・・・・」
(そうでしょうね 無理そうだもん)
「イタタタッ!」
パインはアッシュに受けろと背中の肉をつねられた。そして声を上げてしまう。どうやら受ける以外の選択肢は彼にはないようだ。
「それでお願いします!」
痛さも加わり元気よくパインは口に出してしまう。
「かなり 難しいと ・・・」
受付の女性の視線がアッシュに向かう。パインも後ろを振り返りアッシュを見た。
彼は両腕を組み威圧的な態度でパインと受付の女性の視線を迎えうっていた。
(この人 迫力あるなぁ ・・・)
パインが前に向き直すと彼女の視線は彼自身に戻っていた。
そんな中受付の女性はぎこちない2人に違和感を感じていた。包帯が巻かれた青年とそれを犬のように扱う男。通常であればその事を上に報告するのが彼女の仕事ではある。だが、冒険者というあらくれ者をもう彼女は何年も見てきていた。一々報告していたようでは彼女自身の仕事も上司の仕事の時間をも奪ってしまう。確かに彼女からすればパインの見た目はおかしく映るだろう。
左耳を覆うように十字に包帯が巻かれ、少しばかり血が滲んでいる。ボロボロのTシャツは泥と彼の血のようなもので汚れきっている。そんなボロボロな彼がもしかするとこの男に無理やり脅迫でもされて依頼を受けに来ているのかもしれない。冒険者、特に初心者の格好はひどいもの。通常の初心者は背伸びして買ったか買ってもらったかの得物と服装とが合っていないのだ。彼とこの後ろの男はそれとは違う。後ろの男は実力者だ。醸す雰囲気でよく分かる。だけど彼は。
受付の女性は手続きの最中に色々な事を考えていたが、結局天井のカメラで残った動画だけ後で上に提出しようと心に決めていた。
この少しの間。迷いの表情すら彼女は表に出さなかった。
「かしこまりました では パイン様にイボアのイボ骨の回収を発注させていただきます」
「え~っと まだ ピークックの羽根のご依頼はお済みではないようですね?」
彼女が急にてきぱきと喋り始めたことでパインは少し驚いた。
「えっと すいません まだです」
とりあえずパインはそう答える。
「そうですか ではそちらもお待ちしております どちらも期限を設けておりませんので 順次お済みでしたら お立ち寄りください」
そのやり取りの後にお姉さんがカードを返してくれた。
「ありがとうございます」
「すいません もう少々お待ちくださいねぇ ・・・・」
受付の女性が席を立ち、スラッとしたS字に伸びた背をパインに向けた。
…。
「はい 手続きが完了いたしました お気をつけていってらっしゃいませ~」
その女性はすぐにまた2人の元に戻ってきて別れの挨拶を言ってきた。
「ありがとうございました」
パインはボサボサの頭に手を置き、照れ笑いを作っていた。
…。
その後、アッシュとパインの2人はそそくさと役所を後にした。
(あの受付の人すごい優しい目だったなぁ)
パインは受付の女性とのやり取りを思い出し口元が緩くなった。こんな訳のわからない状況の中、心が少し軽くなっていた。
「おまえさ 前の仕事 体力剤とか作ってるとこだろ?」
そんなパインの浮いた心をはたき落とすようにアッシュが口を開く。
体力剤、それは冒険者以外あまり馴染みがある品ではない。しかし、その界隈で知らぬ者はいないはずだ。危険と隣り合わせの冒険の中、食事を摂る機会を失いがちな冒険者にとって必要なもの。
これを飲めば半日は元気なまま体を使うことができる。副作用もほぼなく、それでいて比較的安価である。
「そ そうです どうしてそれを? ・・・」
「部屋の中物色したからな」
(んなっ ・・・)
はっきりとそう言うアッシュに一瞬パインはたじろいだが、その姿勢に少しの憧れを持ってしまった。
「なるほど」と言い、その後会話することなくアッシュのバイクまで歩を進めた。
「次行くぞ ・・・」
アッシュの言葉に反応するパインの「はい」という返事はバイクの轟音にかき消された。
『『ブィィイイイーーーーン』』
2人が乗ったバイクが颯爽と飛び出した。




