【第60話】マユミとアッシュ その1
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「・・・・・・・・」
ホテルの1室でプリントアウトした写真を眺めている女性がいた。
彼女の名はマユミ。白い鮫に仲間を食われた、事件の被害者。
マユミはその写真に映る今は亡き旧友と、これからパートナーになるはずであった。「彼」の白い歯を剝きだした笑顔をただ呆然と見つめている。
部屋に差し込む光は薄暗く、電気もついていない。
普段から着ているであろうジーンズの短パンはベルトが無いと下に落ちてしまいそうだ。肌寒いので急遽買ったアロハシャツ。「そんな趣味の悪い物と」以前の彼女であればそう言っていたであろう。
それを外出の予定がある訳でもなく着ている。
(・・・・)
これから何をしようかと悩みながら、ただただ流れるTVの映像とその音が頭に入っては抜けていく。
あの事件が起きてから2日。
ただ自分にとってこの2日間はあの時の映像が何度も、何度も頭の中で流れている。10年以上同じ場面を繰り返しているのではないか、それほどまでに自分にとって、あれは心を痛めつける出来事だった。
(・・・・・・・)
すると通知を全てオフにしているはずの携帯が光った。全てを閉ざしていたのにも関わらず、それは何かを知らせようとしていた。
「はい もしもし ・・・・」
電話の主は低い声のおそらく40代かそこらの中年とおもわれる男性。どうせまたネタにするための記者か何かだと思った。
(電源を落としておくべきだった ・・・・)
しかし、その男はあの女性刑事の名前を口に出してきた。そしてもっと上の組織の名称を口にしてきた。
(なに どうゆうこと ・・・・)
あの女性刑事だけはちゃんと自分の話を聞いてくれたことを思い出した。名前はえっと、たしか「マツ」さんだっけな。
その男の疲れた口調になぜか、引き込まれる自分に気が付く。
電話の後、自然に体が動きベットから身を投げ出すようにして立つ。久しぶりに立ったような感覚が全身に伝わり、軽く足が吊った。
アロハシャツを脱ぎ、もうすでに半分ずり落ちているズボンを脱いでシャワー室に向かう。何年もシャワーを浴びていないような錯覚を覚えながらも、短い髪に指を通していく。着替えを済ますと、見るからに窪んでしまった目の下の溝にこれでもかとファンデーションをぬりこんでやった。
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ホテルを出て、すたすたと歩を進め「アッシュ」と名乗る男の待つカフェへと向かう。
緩くなってしまったあのジーンズの短パンを諦め、ベルトつきの長い丈のスカートと胸が少し空いた長そでのTシャツを着る。それにアロハシャツを合わせてみたが、あまりにもガラが悪かったのでそれは見送り無地のジャケットを羽織る。
日差しはないものの目の下のクマがちゃんと隠せているかわからないのでサングラスを付けている。すっかりデートのような服装に変なため息を漏らす。
海岸を歩くと、この静かで生暖かい地面にただただ身を上にして寝そべる老人やその周りで無邪気に走り回る少年少女らがいた。自分の気持ちとは相反して「のどか」な光景につい顔をしかめてしまう。
男の言ったカフェのドアを潜ると、異国風な香りが鼻についた。客足は少なく、常連のような男たちがひそひそと小話を楽しんでいるようであった。
フローリングはこれまでかとツルツルに光っており、木で出来た机は丸くカットされそれもまたワックスで仕上げてあった。丸みを帯びた白い食器が所々に置かれており、それらが自分を歓迎しているような気すら起こしてしまう。
奥を見やると、「あれだ」と絶対に一般人が醸す雰囲気でない男が自分と同じくサングラスを浮かせながら新聞を読んでいるのが目に止まった。
「どうも マユミです あなたですよね?」
そこまで歩を進め、そう口にする。
「ああ ・・・ すまない本当はそこまでいくべきなんだが ・・・」
男は茶を嗜んでいた。
(冒険者? ・・・ 多分そうとうの手練れ)
「ええ ホテルですもんね」
彼の長身にフィットしたジーンズ、灰色の短髪に無精ひげ。何があってもすぐに対応できそうな態勢。
精一杯笑顔を作ったが、顔の筋肉が麻痺しているのか変に痙攣してしまった。
「心情を察すると こんな事聞くべきか迷ったんだが ・・・ すまん仕事なもんでね」
しかし、あまりその手の会話が苦手なこの男の様子が逆に信用できると思ってしまった。
「大丈夫です マツさんの名前聞いた時にも ・・・・ お伝えした通り こちらからも是非お話したいと思いました」
「そうか 助かる ・・・ 早速だが ・・・ あ すまん 注文は?」
「私もお茶で」と言うと、男はサングラスを外すと注文を取った。
(40代か50代 ・・・・ 顔の皺とそして何よりその鋭い眼光 ・・・・)
(この世のすべてを見ましたよ とでも言ってるみたいね)
注文後すぐに男は早口で自身らが被害にあった事件について喋り出す。
「もうすでに討伐の船が出た」
その言葉に驚きを隠せなかった。署ではそんな雰囲気を微塵も感じなかったし、なによりそんなこと私自身も聞いていなかった。
どうやら、あのマツさんの捜査が決め手であったようだ。
「これ 見覚えはないか?」
その写真に映っていたのは黒い円模様。あのクルージングの部屋の外側にあったそうだ。どこかで見たような気がしなくもない。
少なくとも私はあの船でわざわざそこに目を通さなかった。
『コト』
頼んだ中国茶が配膳される。
「なんとなく 見覚えはありますが ・・・・ なんだったか ・・・・」
自分の表情を見逃すまいと男の目が光っていた。
…。
その後はあのマツさんが信じてくれた話をつらつらとこちらから喋っていった。
「そうだな ・・・ 俺が聞いた話と同じだな わざわざありがとう」
そして次に男から出てきた言葉に驚きを隠せなくなる。
「シオナさん ・・・ 被害者ではあるが 彼女の様子におかしい所はなかったか?」
「い いえ ・・・・ 普段と変わりません ・・・・ 」
「すまんが 彼女のこと洗わせてもらった ・・・ 彼女の両親だが ・・・ ある組織のメンバーなんだ」
そんなこと全く聞いたことがない。ずっと小さい頃から一緒だったのに。そしてその組織の名称すら聞いたことが無いものであった。
「 ・・然迎会 ・・・・」 ※ねんげいかい
ゴクリと唾をのみながらその組織の名前を口に出してみた。
「それのシンボルマークと一緒なんだ これは ・・・」
男が写真を指さしてそう話す。
「そいつらは ちとここ最近 動きを見せ始めてきている それに ・・・ 今後治安を荒らす可能性があると考えている」
「それがいきなり討伐に乗り出した訳ってことね ・・・・」
マユミはあの事件後にすぐに政府が動き出したことに違和感を感じていた。憎い敵を討伐してくれるのは嬉しいが、一体なぜなのかという疑問は解けていなかった。
「そうだ ・・・」
少しだけ彼に対して怒りを覚えた。私のこと、私たちのことなんてこれっぽっちも。
(・・・・・・・・・)
(でもまって ・・・・ シオナが ・・・・ もし)
男はマユミの顔を真剣に見ていた。
「分かったか ・・・ そう」
「俺個人の意見だが ・・・ シオナさんがこの件に加担していると疑っている ・・・・」
「 うぇ ・・・・ ぇ 」
言葉にならない言葉を発してしまったがそんなことどうだっていい。
(ありえない ・・・・ なんで? 意味がわからない あれだけ幸せそうだった ・・・・)
何にも言い難い感情が腹の底からフツフツと沸いてくるのが分かった。
「君の関与も少しは疑っていた ・・・ が ・・・ その表情を見たところ それはなさそうだな」
「これから 彼女の周辺 ・・・ というか彼女の自宅を捜査しにいく ・・・ もうすでに手配は済んでいる」
男がこちらの感情を一切無視してそう言ってきた。
(もう 用済みってか? ・・・・)
「わたし 私も付いて行ってもいい?」
なんでそう言ったのか分からない。
「いいが ・・・ 大丈夫か?」
私の心情を鑑みていっているんだろう、むしろ……。
「私が居た方が進みやすい ・・・・ かもしれません ・・・・」
「そうか ・・・ 恩に着る」
話はアッシュの目論見通りに展開していった。
「なにか食うか?」
それに首を縦に振る。
喉を通らないと思っていた食事は思いのほか腹の底まで染みわたっていった。小籠包に牛すじ煮込み、肉が乗ったどんぶり。豚もつのスープがあっという間に胃袋に入っていった。
「女性に対して ・・・ 言うのもなんだが ・・・ ああ ・・・ まぁおまえ冒険者だもんな」
男が自分が食べているそばで何か言ってきたが、もはやそんなことはどうでも良かった。
(シオナ ・・・ あんた ・・・)




