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【第56話】航海 4日目 サンベルの憂い

 翌日…。


『『ガヤガヤ ・・・ ガヤガヤ ・・・』』

 喧騒がパインの耳に入る。


「珍しく よく寝てたね ・・・」

 優しい声の主、サンベルはそう言うと作業を止め自分に食事を持ってきてくれる。


「これ 出すかどうか迷ったんだけどね ・・・」

 配膳されたお皿の1つに「タコの酢の物」があった。


「珍味なんだ ・・・ あと体にいいから」

 それを見て腹がぐぅと鳴る。自分の腹の音を聞いたサンベルは爽やかな笑顔を作っていた。


「ありがとうございます いただき ・・・ ます」

 あのタコを食すのは少し抵抗があった。だが腹はそんなこととっくに忘れていた。


 うまいうまい。

 独特の触感は普段食べているタコとはなんら遜色はなかったが、染み出る肉汁は良質な牛肉を思わせるような濃厚さがあった。メインの1皿のリゾットは時間が経ち、米が大分柔らかくなっていた。おそらく出来立てのほうが美味しいはずであるが、今の自分にはそれがピッタリな代物なのであろう。


 ニンニクと魚介の風味が鼻を抜け、香草の香りが荒々しいそれを抑えている。上に乗ったマグロのステーキはサクラの腕であろう魚介特有の生臭さがなく、鶏を凝縮したかのような濃厚さでいて繊細な口当たりであった。締めのあのスープは嫌な事を全て忘れさせるほどの美味であった。


(忘れられれば ・・・ 確かに楽なのにな)

 ゆっくり食事をしたのはいつぶりだろうか、ふとパインが時計を見ると時刻は既に昼を回ろうとしていた。


(たしか ・・・ 一度目が覚めて ・・・)

 あの鳥の事を思い出す。夢かとも思ったが、鮮明に覚えている。起きた時のこの部屋の匂いまで。


(なんだったんだ ・・・)

 そんなことを考え、最後の一口になったスープを飲み干す。


 そのタイミングを見計らったサンベルはそれらを下げにベッドまで来ると、笑顔のままお盆を持って医務室のドアを開けた。


 なんだか今日は彼に見守られてこのまま過ごしたい。そうしみじみパインは思った。

 あそこのドアを開けると、また辛いことが沢山起こる。そんな考えが頭を支配していた。

 自分が何かする度に、何か悪いこと、人が嫌がるようなことが起こる。

 だったら俺はこうしてこのままベッドに横になっていた方がいいのではないか。


(あんまりじゃないか ・・・ なんで責められるんだ ・・・)


…。


 空はいよいよ暗くなってきた。今にも雨が降りそうだ。

 パインはベッドの頭上の小窓からそれを確認する。


 船を駆け巡る漁夫の声と作業する物音がこの部屋までやいやいと響いてくる。指揮をとっているであろうチャーギとリンデルの声も嫌というほど耳の中に入ってくる。幸いカーテンが閉まっていたことでパインの目にそれが映ることはなかった。


…。


「なんだか降りそうだね ・・・」

 サンベルが帰ってきた。パインがお礼を言うと「いいんだよ」と優しい顔を向けた。


 彼は満を持したようにベッドの前まで机にあった椅子をカラカラと引きずり、それに腰を降ろす。


「ちょっと気になることがあるって前に話したよね ・・・」

 何事かと「はい」と返事をすると彼は語りだした。


 あの船出の時に自分が見失ってしまったあの「銛」の事件についてだった。

 彼はその銛の袋の形状を覚えていたらしい。新品だったから目についたと言っていた。その銛を持って、医務室の前までわざわざ見えにくいように横に置くのは「彼」だったと。そしてそれを機を伺って発見したのも「彼」であったということ。


 その話を聞いている内に腹の底からむせ返るような悪いものがこみ上げてきた。


「だから 君はもしかすると ・・・」

 そう言ったサンベルの目が自分の表情を確認し、しまったとの表情を作っていた。その時自分は今まで感じたことのない人の「悪意」に気が付いてしまっていた。


(どうして ・・・?)


「打ち明けたのは 君の心を和ませるため ・・・ だから ・・・」


 そう言う彼の言葉はすぐ耳から抜けていった。


 ベッドから這い出し、本来するべきことが頭の中で描かれていく。


「ちょっと まちなって!」


 いつもの優しい声ではなく珍しい焦った声がサンベルから発せられる。しかし彼の願いは虚しく、自分の体はもうすでに外へと向けられている。


 綺麗にたたまれている自分の慣れ親しんだ作業ズボンに足を通し、ぴったりと肌にフィットする長そでのスポーツウェアを被る。


「分かったよ ・・・」

 残念そうな顔をするサンベルがそう諦めたような声でそう言った。


「ありがとうございました!」

(また ・・・ 助けられた ・・・)

「僕は君のことを信じている だから ・・・ 分かるよね?」

 その言葉が少しだけこの部屋の外に出る足を遅くした。

「分かります ・・・」

 頭を下げ、病室のドアノブを左手で強く握った。

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