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【第54話】航海 3日目 その2

 時を遡ること数10分。パインが倒れる間際の出来事。


(まずい 空気 が ・・・)

 海中でタコに抱き着かれ、もがきながらもパインは息をしようとする。最後の一息と思われるガムを吐き出し、くりくりお目目のタコと向き合う。


(こんなところで ・・・ こんなやつに食われてたまるかよ)

 せっかく自分の努力、とはいっても周りのお陰であるが、それが実りを見せかけてきているのに。そうパインは思い、全身を震わせた。


『ぶぢっ ・・・ ぶぢっ!』


 パインは巻かれた触手を1本、1本と類まれな怪力を使って引きちぎっていった。ぬるぬるとした感触は掴んでいるのかわからないほどに引きちぎりにくい。


(こな こなくそぉ ・・・・・・)

 オクタはそれをされながらも、なんとか彼の息が終わるのを待つかのように抱き着いている。


(あともうちょっとだ 諦めない 諦めない ・・・)

 オクタも目を何度もぱちくりさせ諦めない。


『おい なにしてんだ ・・・ はやく空気吸えよ』

 突然聞き覚えのあるような声がパインの頭の中で響いた。


(いや 海中だからさ ・・・)


『おい 困るぞ おれも おまえも ・・・』


(そうはいっても ・・・)

 多分その時その声が「変わるか?」そうパインに問いかけてきていた。それに対して、


…。


(大丈夫)

 パインはそう彼に返事をした。遠くの海に誰かが自分に寄ってきてるのが分かったから。

 いつだって俺は誰かに助けられている。


(こうしてこの船でも ・・・ )

 パインは握りこぶしを作った。この船で自分が回りから距離を置かれている自分いったの姿が目に浮かんだ。


(あれ ・・・ やっぱり必要ないのかな ・・・)

 でも、だからといって自分自身を何者かも分からない奴に明け渡すなんてことは考えられなかった。


「ごぽぉぉ ごっぽ ・・・」

 息が底を突き、鼻と口に海水が空気を吐き出す音と共に入り込んでくる。


(・・・・・・っ!)

 それと同時に助けにきた誰かが明らかに自身に対して殺気を纏っていることに気が付いた。剣が陽の光でぎらっと光っていた。


 どっと体から黒い霧があふれ、視界が黒一色に包まれる。

『遅すぎだ ・・・』

 残念そうな声で、彼はパインに言った。


--------------------------------------


 パインは気がつくと仄かに明るいグレー色の空とそれに逆行を浴びる黒い大きな上半身が彼の目に映り込んだ。


「ぶへっ ごっほ ゴッホ ごっほおおお」

 彼の色んな所に溜まった海水を吐き出すと周りから歓声が上がっているのが分かった。しかし、自分を見ているのはこの黒い巨人とミグーナだけで、他の人は...。


 「リンデル」を含めた船員達は手に剣を持ち空に掲げ上げている「チャーギ」に群がっていた。


 隣に自分と同じ格好で横たわるオクタは自分を憐れむかのように静かに目を閉じていた。

 びしょ濡れの体の水を払い、起き上がると数名がそれに気が付いた。


「「うわっ 立ち上がったぞ ・・・ 気持ちわりぃ」」


(なんでだよ ・・・)

 その言葉にパインは心が抉られた。だが、自分のことを助けてくれたチャーギに礼を言おうとする。


「あ あの チャーギさんありがとうございましっ」 


『ばたっ』


 体は言う事を聞かずその場で再度倒れてしまった。


「「だはは だっせーーーー」」

 ギャラリーからそう心ない声が聞こえてくる。


「ほら 手かすから ・・・」

 パインはミグーナに手を借り、医務室に連れて行かれた。騒いでいる甲板の会場は、もはや自分のいる場所でないかのように目に映っていた。


…。


 ここは医務室、パインは一騒動起こし、案の定医者の待つこの部屋にやってきてはベッドに寝かされていた。


(んっ ・・・ ?)


 目を覚ますと時計と無言で作業をするサンベルの姿がパインの目に映り込んだ。コーダンに投げられた時刻を考えると、ここで1、2時間は過ごしているようだった。


「あっ! 起きたんだね」

 サンベルはパインと目が合うと慌てて彼のいるベッドにやってきた。


「 ・・・ あ どうも ・・・ すいません」

 パインは気分を落とし、抑揚のない声でサンベルに謝った。


「 ・・・ 」

「ねぇ パイン君 ちょっと明日は ・・・ というかこれから数日ドクターストップかけてもいいかな?」

 しばらくの無言の後、サンベルはパインに真剣な眼差しを向けた。


 パインはそれを受け、しばらく何を言われているのかわからないといった表情を作っていた。彼は体を起こし裸の自分を見る。彼の体のあちこちに触手の吸盤の爪が食い込んでいた跡があった。恐らくサンベルにそれらを取ってもらっていたはずとパインは考えた。


「え それは ・・・」

 だからといって、この船で何もしないでいるのも気が引ける……。とりあえずそう彼に言う事しかできなかった。


「分かってる きみ 物凄い体が丈夫なのもここ数日で分かったよ」

 パインの体には昨日のマグマグロの銛で抉られた腹の傷口がすっかり消えていた。傷跡は残っているが。


「そうですね もう随分楽になりました 先生のおかげです」

 本当にパインはそう感じた。今すぐにでも外を走ることができそうだ。しかしそれを制すようにしてサンベルが話す。


「実は気になることがあってね ・・・ 体じゃなくて君の心かな ・・・」

「えっ?」


 思い当たる節はあるのだけど、それをどうしてサンベルが分かるのかパインは分からなかった。誰にもそのことは言っていない。


「因みに こうして冒険するようになったのはいつから?」

「えっと半月ほど前から ・・・」

 そう話すとサンベルは驚いた表情を作り、その後に暗い表情になっていった。

「体に変化はなかった?」

「・・・ 多分前の自分を知る人は自分だと気が付かないと思います ・・・」

 そう正直な事を打ち明ける。

「おそらく ・・・ だけど 君の体の変化に頭と心が付いてきていないんだ」

 そう言われ、パインは黙って首を垂らした。


(たしかにそうなのかもしれない)


「あともう一つ気になることがあってね ・・・」


…。


(なんだなんだ?)


 しかし、その後の言葉をサンベルはどうにか飲み込み、パインに打ち出さなかった。そして今日はこの部屋で一泊することを条件に明日からまた動いていいと言った。さらにドクターストップで討伐の作業も任意で休んでもよいとすら言っていた。それらの言葉にパインの心がわずかに緩んだ。


(でも なんでだろう ・・・)

 心の傷とは裏腹に今すぐにでも外に行きたい自分もいることにパインは気がついた。

(・・・)

 サンベルが食事を運んでくるといい、彼は白い白衣の後ろ姿をパインに見せ、医務室を出ていった。


…。


 パインが医務室の大きな窓から船首を覗くと、大きな夕焼けの陽がオレンジ色に漁夫達を包み込んでいた。

(・・・)

 その中の1つの大きな影にチャーギとリンデルの姿があった。

(・・・)

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