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【第53話】航海 3日目 その1

翌朝……。


(眠い だめだ 寝てよう ・・・ まだ ・・・)

「「うわぁあああああー」」


 パインの目の前に黒い巨人がじっと彼をみて椅子に腰かけていた。


「オキタカ ・・・」

 コーダンは丸いレンズのメガネをかけ、彼の手のひらよりも大分小さな文庫を静かに読んでいたようだ。

 ふと窓を見ると外はすでに明るく、自分が2度寝をしてしまったのがすぐに分かった。


「すいま ・・・ せん」

 憂鬱な気分を睡眠が取り払ってくれることはなかった。


 コーダンは本をたたみ、ギッと音を立てて立ち上がった。


「キョウモ バトル ナァ~~♪」

 パインのグレー色の気持ちを知ってか知らぬか、そう生暖かい声を発していた。


--------------------------------------


 パインはコーダンと共に馴染の甲板へと来た。ウォーミングアップは今日は出来ていない。気持ちがそれをさせてくれなかった。いや怠っているだけだ。


 しかし……。


(あれっ ・・・ 体が軽い ・・・ !!)

 チャンバラを開始してすぐに違和感に気がついた。


 パインの気持ちとは裏腹に今こうしてコーダンとチャンバラをしている中、体だけはよく動いているのが分かった。


 コーダンもついには体を使って木材を振り回していた。


「イイジャンイイジャン! アハハ!」


 コーダンの打撃に木刀が物凄い音を鳴らしている。どの打撃も物凄く重い。強烈な打撃をパインの体はバネを使って打ち消している。


 パインの打ち出す突きは目を疑うほどに正確で、早く目標に届いている。攻撃の最中にもコーダンの動きを彼は目で追い、打撃を受けないように体を動かしている。


(いける いけてるぞ!)


 落ち込んだ気持ちはどこへやら。パインに1つの欲が浮かんできた。


…。


(彼の本気の一撃を止めてみたい)

 そう思いわざと木刀を横にし目の前に掲げるポーズをする。それを察したのか、巨人は動きを止め片手で持っていた棒を両手で握る。


「マタ センセイニ オコラレチャウナァ」


(いいよ 関係ない 打ってこい !!!)

 巨人が踏ん張る。普段の彼の笑顔の口が横真っすぐの線になる。肩の肉の塊が首の筋肉と連動し、歪な三角形を作り出した。


 そして棒をもった団子のような両手を高く空に上げ……。


『『シュン!』』


振り下ろしてきた!!


『『ガーーーーーン!!』』


 木同士だというのにそれがぶつかる音とは違う音が甲板に響き渡った。


 パインは全身のバネと甲板の床板でその衝撃を抑える。

 包帯を巻かれた手のひらに刺すような痛み。それとは違った、その内側の骨に何かがあたったのではないかと思うほどの衝撃と激痛が襲う。そこから肩、腹筋、背筋、腿、ふくらはぎへと重低音を浴びたような痺れと振動がパインに伝わっていった。


「「オオオオ」」

 そう言うと巨人が棒を納めた。

 なんとか、パインは彼の一撃を受け止めることに成功していた。


(やった やったぞ ・・・ !?)

 少し朝が遅かったため、ギャラリーが今日は居た。それを見ていた彼らは一瞬シーンと静まり返っていた。


「オイ チャーギ ココラヘン アレ イルヨナ?」

 ギャラリーの中にチャーギがいるのを見抜いたコーダンはそう言った。

「え? ああ オクタですね いますよ」

 全く気が付かなかったが、確かに彼が居た。


 チャーギはギャラリーをかき分け2人の場所までやってきていた。


…。


 パインはよく分からない謎の「オクタ」の準備を進めること数十分か、人々のどよめきの中それをしていた。


(・・・)


 パインは今チャーギの持ってきたロープに縄文土器のようにぐるぐるに縛られている。腕と脚だけは無事であった。


「アハハハハ シバリカタ オボエテター」

 卑猥な縛り方であったであろう、ギャラリーの中の2人の女性陣が顔を背けている。


「あんたそれやっちゃだめって ・・・・ あ ・・・・」

『『ザワザワザワ』』


 そういってしまったミグーナの顔が赤く染まっていた。

 彼女を見た数名の漁夫達が笑いを堪えきれず声を吹き出していた。


(な なにをしているんだ?)


 パインはコーダンに船首に連行され、沈むための石と耐圧ゴーグル及び「調整ガム」を渡される。そのガムは水中の深度に合わせ空気を作りだせる、貴重で高価な品である。


「まぁ あんたなら大丈夫でしょう ・・・」

 ミグーナがそう言い、これからパインがやらなければならないことを説明していた。


(・・・)

(なんてこったい ・・・)

 ミグーナからの説明を頭の中で復習していた。


 もうパインは抵抗するのを諦め、コーダンの右腕に抱かれていた。


 そして……。


『『ぶんっ!』』


 先日のカツオよろしく、パインは海に投げ飛ばされた。


「「うあぁあああああああ」」 『『ざっぶん』』

「「きゃあああーーーーー」」 『『いいぞーーーーいってこーーーい!』』


 リンデルの悲鳴とギャラリーの楽しそうな叫び声が聞こえていた。パインはまるで生贄になった気分であった。


--------------------------------------


 パインは石を抱えるようにして宙を舞った。背中から着水したことで鼻に海水が勢いよく入ってしまい痛かった。石の重みに任せ、海の中を沈んでいく。


 ミグーナの説明を思い出し、ガムを噛むと口の中で確かに空気があふれ出るのが分かった。

 買った雑誌の1つのコラムにこのガムの事が描かれていたのを思い出した。こんなもの使うとは思ってもいなかったので飛ばして読んでいた。というか、、アッシュには言えないがほとんど読めていない。


『ごぽっ ごぽぽっ ・・・』

 海水と一緒に「調整ガム」を噛んでしまいしょっぱく、そして呼吸になれるまで何度も吐き出しかけた。


(ふんふん こうか ・・・ うん)


…。


 やっと慣れてきたところで、パインは海底に足を着けた。


 薄暗く幻想的な世界がパインの目の前に広がっていた。


 これまた特殊なゴーグルのようで、日が射しているかのように海の中が見えた。背中にロープが付いているのも忘れて、初めて経験する海底歩行を行う。


 海の生き物達が突然きた来訪者に驚き、岩へと身を隠している。ウツボや大きな貝、この町に来てから何度も食べているあのエビが居るのが分かった。それらは意外と動きが遅いようで、銛さえあれば自分にもすぐに獲れそうだ。


(だが 今回は この岩以外持ってきてない ・・・)

 浮かない事を確認し、その岩を落とし、泳ぐことにする。


(たしか このガムは10分しか持たないっていってたな ・・・)

 呼吸とともに鼻から空気を抜くと、少しだけ言われた通り耳と頭の痛みが現れた。


 探している獲物は結構居るようで、岩に潜んでいるようだ。


 パインはゆらゆらと泳ぎ、岩の隙間を確認していった。


『ごぽ ごごぽ ・・・』


…。


 しばらく遊泳していると、少し離れた岩にそいつと思しき黒い影が見えた。


 「そいつ」も自身の存在を確認できたようで、早速銛を投げてきた。


(おっと ・・・)

 そのスピードは遅く、少し身を動かせば避けることができた。


 そいつは何本も銛を持っていたようで、次々にそれをパインに放ってきていた。


『ふんっ ふんん ・・・ ごっぽ』


 すれすれの所で身を海底でクネクネと動かし避ける。避けながらそいつの元にパインは泳いでいく。


 ついに奴の得物は残り1本になったのか、今度は銛を身構えパインがくるのを待っている。


(意外と好戦的なんだな 魔物ってのは)


 タコのような見た目のそいつは昨日の「マグマグロ」と呼ばれる魔物と同じくらいの背丈であった。「タコヌッシ」と呼ばれるこいつは昨日よりも狩りやすい魔物だそうだ。総称は「オクタ」。これもロープでグルグル巻きにされながらミグーナから聞いていた。


 面と向かう所まで近づき、彼の放つ銛と触手を避ける。


(こいつの武器全部奪って ・・・ あとは ・・・)


 おそらくもうあと2分ほどでこのガムの効果が切れるはずだ。


 心なしか空気の出る量が減ってきた気がする。


 言われていた通りにタコの打つ銛を避け、それを掴み奪おうとする。


 タコの2つあるつぶらな瞳の片方が半開きになる。そして慌てたように、銛を持つ触手を離し今度は触手を自身めがけて巻きつけてくる。


(これで正解 ・・・ なんだが ・・・)

 触手に触れられる感触は気持ちいいとは決していえないものであった。2回言わせて欲しい。決して気持ちよくはなかった。

 

 肉をついばまれる感触に慣れてきた。

 背中に手を回し言われた通りロープを手繰りよせピンと張らせる。


『ピンピンピン』

 それを3回。パインは船で待つ方々に分かるよう力を伝える。


(なんとか間に合いそうだ ・・・)

 自分が釣り餌となり、こうして獲物に抱き着かれている。


 獲物は必死に自分を食べようと触手をつかってその内側に招き入れようとするものの、その力は今のパインにはたやすく抗えるものであった。


 ロープが巨人の力で後方に引っ張られ、海底を離れ海中を漂うようになる。


(いつもより簡単だったな ・・・ 良かった)


 しかし……。


『『ビッ』』


 自分の思いとは裏腹に嫌な感触が背中から伝わる。


(えっ!?)

 何が起きたかと背中のロープを確認するとピンと張られていたであろうそれはだらんと海底に向け身を垂らしていた。


(うそだろ ・・・・・・)

『ごぽごぽぽっぽぽ』

 焦ることで口からも空気を吹き出す。


 そんな慌てたパインの様子を分かったのかタコは大きな目をランランと輝かせていた。タコは今まで以上に張り切りパインを締め付けに掛かってきた。


(ま まずい!!)

 ガムの残り時間は1分を切っていた。


--------------------------------------


「ちょっと あんたそれ ・・・・」

「キレチャッタヨー」

 船首でそう慌てる2人。

「ちょ ちょっとどういうことなの? ねぇ?」

 リンデルが焦るようにして2人に駆け寄る。


「私がいくわ」

 リンデルの声を無視し、ミグーナがそう言うと口に大きなナイフを噛み自身をロープで縛りだし、履いていたズボンを脱ごうとする。


「いえ すいません ぼくが用意したロープです 責任とらせてください」

 1歩ミグーナまで足を進め、そうチャーギが言う。


『『ブーーーーーーー』』

 ギャラリーからブーイングが沸く、みんなミグーナの下着姿を拝みたかったよう。


 ミグーナが彼を見つめること数秒か。彼女はロープをほどき彼に渡した。


「無理しないでね 無理そうだったら助け呼ぶのよ」

 チャーギはそれに「はい」と短く返事をし、あっという間に準備を完了させる。

「言ってきます」

 そう言い、海に飛び込んだ。


『バシャンッ』


…。


 リンデルはその光景に不安を感じつつも何もできない自分に苛立ちを感じていた。

(見えないんじゃ ・・・・ あたしは なにもできない ・・・・)

(チャーギが行って何分経ったの? ・・・・)


 その時間はリンデルにとってかなり長いものだった。


(お願い チャーギさん 助けてあげて ・・・・)


///////////////////////////////////////


 チャーギはガムを噛み、潜水している。そしてすぐにパインを見つけたのだが……。

(いたいた このまま食わせちまってもいいよな ・・・)

 彼はなんとかパインを抱くタコの所までたどり着くとタコがそれに気が付きチャーギに墨を吐く。

(それじゃあ 俺のメンツが立たねぇ ・・・)

 チャーギは墨を払うとタコに近づき、両目の間の急所とその下20センチの口ばしのある場所めがけて剣を突いた。

『サクッ』

(まぁ これでいいか ・・・)


//////////////////////////////////////


…。


 それから長い時間が過ぎたようにリンデルは感じていた。しかし実際には2、3分であった。


「「おおー見えたぞーーーー!!」」


 見張り塔の漁夫の叫びが船に響き渡った。

 リンデルも身を乗り出しそれを見つけようとする。そしてこの船から少し離れた位置に3つの頭が浮かぶのが分かった。


「あっ!」

 それが見え、安堵の声を漏らす。


「オッシオッシオッシ」

「「はやく!!!」」

 ミグーナがコーダンを急かす、リンデルも彼に圧をかけていた。

「オッス!」

「オッス!オッス!オッス!」「「はやく!!」」


 コーダンが2本のロープを手繰り、3体を船上まで引き上げる。


「ナイス チャーギィ!」

 コーダンがチャーギにそう声を掛ける。


 パインは溺れ、意識を失っていた。


 何本もの触手が体に巻かれ、もうすでにこと切れているのではないかという見た目である。

「「あああああ!!」」

 リンデルの叫びにギャラリーがどよめく。


(ちっ ・・・)

 チャーギはそれに対してあまり快く思っていなかった。

 コーダンがパインに駆け寄り、人工呼吸を開始する。


「ダイジョウブ ダイジョウブ」

「「おえええ ・・・ 溺れたくねぇ ・・・」」

 漁夫の1人がそう言う。


 ミグーナが殺気を込めた目でそう言った彼を睨んでいた。


…。


 しばらくして、

(なんだ おえっ んあ? ・・・ 口が)

「ぶへっ ごっほ ゴッホ ごっほおおお」


 パインが息を吹き返す。

 

「「おーーー チャーギさんすげぇえええええ !!」」

 歓声が湧いた。


 その日はチャーギが英雄となった。


「「チャーギさん ありがとう!!」」

 リンデルもそう叫んでいた。


…。


(ん? こいつ 触手 ・・・・ 素手で引きちぎってたのか?)

 ミグーナだけがタコの亡骸とパインを見て驚いていた。

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