【第52話】航海 2日目 その2
「ハイ パイン ヤッテイイゾ」
コーダンが大きな口を引きつらせていた。その光景は不気味そのもの。
(えっ ・・・ ?)
コーダンがパインに渡したその竿はバットの先端ほどの太さであり荒々しく白い布が巻かれていた。
(遠くまでこのカツヲを投げればいいんだよな ・・・・・・)
パインはコーダンが先ほど見せた行為をまねてそれを行う。
『『ぶんっ しゅっ ・・・』』
コーダンほど遠くまでは飛ばなかったものの、今までの修行の成果なのか思ったよりも大分遠くの海までカツオは空を泳いだ。
「なんだ おめぇ ・・・ 料理以外もできんだな」
後ろで見ていたサクラにそう言われ、パインは照れ笑いを作った。
「まぁ そんな すぐに「さっき」みてえなのが かかるとは思えないけどな」
「あっ ・・・」 「えっ?」
『ギュルルルルルル!』
まさかと思う表情をサクラは作っていた。
「まじかよ ・・・ ジョウダンジャナイヨー」
サクラが両手を頬に当ている。
『『おいおい! まじかよ!』』
リールが鳴るとともにギャラリー達が再度集まってきた。
「やっぱおめぇさんたち 只者じゃねぇんだな ・・・」
サクラがそうしみじみと口にしている。
もの凄い力が船首の方向に加わり、それを抑えるのにパインは必死だ。
「オイ コッチダ スワレ」
そうコーダンに言われ、台に座るとベルトをかけてもらう。
「ショウブダナ オレハ アソコマデ トバシタ アハハ!」
見張り塔までマグロをかっ飛ばしたことを言っているのであろう。
(いやぁ 無理だろ つか ・・・ 抑えるだけで精一杯なんだが ・・・)
パインはそうは思いながらも、負けたくない気持ちもあった。彼は必死になって腕と上半身で竿を引き、リールを回す。
「ダイジョウブ ソノイト キレナイ カラ グフフ」
コーダンにそう言われパインは安心する。どんな糸つかってるんだよと少し疑問に思ったものの、今のHITに集中する。
『『ワーワーー ヤレー!!』』
昨日のベンチプレスの時よりもギャラリーが集まり、騒ぎ立てている。漁夫のみんなにも嫌われているのは気のせいだったのかもしれない、そう思いパインは竿を握る力をさらに強くした。
(ただ単に自分の気持ちが下がっていただけだ !!)
パインは今の状況に釣られ、やる気が上がっていった。
(あれれ ・・・・・・ !!)
すると突然竿を引っ張る力が弱まり、リールをくるくると簡単に巻けるようになる。
「あれ? あれれ?」
『『なんだよこいつ 逃げられてんじゃねぇのか!?』』
野次が飛ぶ。
(くっそぉ せっかくやる気になってきたのに)
『まぁ 一発でできるなんざ 頭のオカシイやつしかできねぇよ』
サクラがコーダンに聞かれないようにそう耳打ちしてくる。
パインはまぁそうかと思う反面、この場に纏う雰囲気に違和感を覚えていた。
「「あああ 時間損したわぁ 仕事もどんぞー」」
漁夫の1人がそう口にしていた。
(なんだよ 俺は 見世物じゃない ・・・)
すっかり落ち込んだ気持ちでリールをくるくると巻き、コーダンにベルトを外してもらう。もう船の近くまで糸の先端を手繰り寄せたかなと思っていると。
(!!!!!)
糸がピンと張り、再度何者かに引っ張られている感覚がパインの体に伝わる。彼の横で船底を見ていたコーダンがニヤァとおぞましい笑顔を作っていた。
「ヒケ パイン!! イルゾ!」
「はい」と返事をし、思いっきり体をのけ反らせ船尾側に竿を振る。
『『ばっしゃーーーん』』
(え ・・・)
『ボトッ』
(えっ ・・・ ?)
『『うわぁああああああ!』』
仕事場に戻ろうとしていた漁夫達の叫び声が甲板に響く。
「アハ パイン オマエ セキニンモッテ アイツ タオセ」
2人の上を飛んだ魚のような者はちょうど彼らの後ろ数メートルの位置に「2本足」できれいに着地していた。
そいつはカツオを刺したフックを手放し、もう片方の手で持っていた銛で漁夫達を襲おうとしていた。
「「なんだあいつ 魔物釣ってんじゃねぇかよーーーー!!」」 「「にげろーーーーー!!」」
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彼らはそいつに追われるようにして散り散りになっている。
『『シュン』』 『『ダーーン』』
見張り塔の上から見ていたミグーナとリンデルの狙撃が魔物に命中。魔物は漁夫へ向かう足を止め、彼女らがいる空を見上げている。
「「みなさん 自分らが対処します 中まで避難してください!」」
ミグーナの声で落ち着きを取り戻した漁夫達は一斉に船の中まで走っていく。
「オラ イケヨ!!!」
対応が遅れたパインをコーダンが罵した。
間もなくそんな彼がパインを体ごと鷲掴みし投げ放つ。
「ふぎぃ!!」
物凄い力が加わったパインの体は魚人の背中に着地。
「うぎっ!」
「ねちゃ」としたのと硬い鱗の感触、それに冷たいそれの体温がパインの体に伝わる。
(うわっ ・・・)
先ほどの2人の狙撃でこいつの頭には矢が刺さり、その付近から赤い液体が滴れている。しかし、それらは致命傷どころか何も感じていないよう。そいつはきちんとそして平然と2本足で立っていた。
魚人はグルンとこちらを向いた。
(うええぇえええ!!!)
体長はパインより小さい。頭が人の肩幅ほどはあるのではないかと思うほど大きい、その大きさから尾にかけて細くなっている。握りこぶしほどの大きさの目それと同じ高さにある鼻と思われる2つの空洞。そのすぐしたにギザギザ歯をもつ太い唇。それはこいつの顔と同じ幅である。そしてきちんと人間のような腕と足が胴体から生えている。鱗に包まれて青いが、たしかに人間のそれと同じ機能をなしているようだ。
不気味なそれは大きな目をギュルギュルと色んな方向を向けている。
(気持ち悪すぎるっ!!)
パインはそうも言ってられない。
魚人の持つ銛を奪うべく再度体当たりする!
(刺されたかない! もんね!)
そいつはぎゅっと目を動かし、銛を構えた。
魚人は2連撃の突き攻撃をパインに放つ。パインはステップと半身よじることで躱しそいつの銛を掴むことに成功。
パインは魚人の正確な突きに驚いていた。パインはかなりギリギリで躱していた。
『じゅるるるるる』
(んがっ!!)
しかし、魚人が後ろにステップし銛を引いた。パインは一度は掴んでいた銛を手放してしまう。
魚人は人間が作ったであろう銛を武器として扱えている。器用なやつだ。奴の持つ銛は海に長いこと沈められていたのか藤壺が付き、刃は茶色くさびていた。
パインはそれらに手を抉られ出血していた。
魚人は再度身構え、パインに迫った。
「がっっは!!」
『『ダーーーン』』
パインの腹に刺さる間際、正確には少し刺さっていた。リンデルの援護射撃でぎりぎりの所で魚人の突き攻撃は止まった。
パインは今度こそはと銛を両手で掴む。それを膝で思いっきり上に突き上げる。
衝撃が魚人に伝わり、大事な銛を奴はついに手放した。ウルウルした大きな目がパインに何かを訴えているようだった。
しかし…。
(っかぁ いってぇええええええ!)
パインの腹に刺さっていた銛を膝蹴りしたことで、彼もダメージを受けていた。
その隙を魚人は逃がさない。銛を再度手に持ち、バックステップ。パインは二度掴んだ銛をまた手放す結果になっていた。
そして、振り出しに戻る。
「「なにやってんのよ バカーーー!!」」
リンデルの叫びがパインの耳に入るも彼は反応しきれない。
するといつの間にやらコーダンが木刀と同じ形状の本物の刀を持ってきており、それをパインに手渡した。
「ホラ ヤッチマエ」
スタスタと両者の前を歩くコーダンの姿は彼がまるでこの試合に対して興味がないといった雰囲気だった。
それを両手で強くにぎり魚人と向かい合った。彼の腹の血が服に着きピシャと張り付き、そこからぽたぽたと血が垂れる。コーダンに反応できるほどの余裕は彼にはなかった。
(あああああ ・・・ 雑魚が)
腹の痛みに「あのスイッチ」が入ってきた。雑魚なのは俺なのか、それとも相手なのか。沸々と湧く物を感じ、魚人と向かい合う。
パインは一気に間合いを詰め、袈裟切りをお見舞いする!
しかし、奴も必死に後ずさり、銛で刀をいなす。
『『ピシャッ』』 『『タッ』』
甲板が魚人の体液やら海の水ですべりうまく身を運べない。
「ほら 来いよ ・・・」
パインの口から荒い言葉が出た。彼は刀をだらんとぶら下げ、魚人に向け挑発した。
魚人が挑発をされたことを知り、身を斜めにする。身をのけ反りギョロと目を下にしてパインを捉えている。
『シュンッ』
魚人は短く太い足で甲板をピシャと蹴り、渾身の銛突きをパインめがけて打った!
( ・・・ )
魚人はパインの身を屈めて避ける動作を大きな目で捉え、一度銛を引いた。パインの反撃を魚人は見破った。
(ほぅ ・・・)
魚人はパインが避けた位置めがけて再度の大股突き!
顔を狙った大胆な攻撃であった。
(しかし ・・・)
『キシィ!!』
パインは真っ向から刀で銛の突きを受け止める。そのまま銛を真っ二つに割った。そしてさらにそのまま刀を振り上げる!
「「オオオオオオオ!!」」
宙に飛ぶ魚人の腕。
コーダンが少し離れた所で叫んでいる。
『ビチャ』
パインの両側に割けて2本になった銛であったはずの木と魚人の腕が船上に落ちる。
狼狽え、後ずさりする魚人。
「やるじゃない ・・・」
見張り塔のミグーナが感嘆の声を上げた。
まだ終わらない……。
必死な様子の魚人はパインをめがけてダッシュを開始する!
(おっほぉ ・・・)
それをパインは刀で上下に割ってやろうと抜刀水平切りよろしく模索、腰に刀をあてがった。
(んなっ!?)
魚人はあろうことか横にステップをし船首まで逃げ出した。
『シュンッ』
(えっ!?)
パインの頭すれすれに何かが飛んだ。
『『ドッチャア!』』
それは魚人の後頭部に直撃する。そのまま貫通し船首まで飛ぶとそこの甲板に突き刺さった。
銛が魚人をピーナツ号に縫い止めていた。
コーダン渾身の一撃だった。
『ビチビチビチ』
縫い止められた魚人が必死に体をくねらせ船にその身を打っていた。
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「オマエ アマイ ・・・ コイツ クエル」
コーダンがこのまだビタビタと体を甲板にその身を打っている魚人を見てそう呟いた。
(・・・)
パインはそっちかよと突っ込んでやりたかったが、自分が甘いのも確かにそうなので変に納得した。
「どわわわぁ」と対魚人戦を隠れて見ていた漁夫達とサクラがパイン達に詰め寄ってきた。
「あんちゃん いいもの見せてもらったぜ!」
サクラが「パン」と海水で濡れたパインの肩を叩く。
「「あんた! 血! 血!」」
見張りからリンデルの声を聞いてやっとパインは自分の負傷を思い出した。
「早く行っておいで」
サクラの顔には安堵の表情と少しの汗が額から浮いていた。
パインはとぼとぼと観衆の中を歩き、医務室のドアを開けた。
…。
医務室でパインがサンベルに処置をされている中、甲板ではサクラ主導の下、マグロの解体ショーが行われていたようだった。歓声が響いている中こうしてサンベルと2人きりだと少し彼は疎外感を覚えていた。
「いいんだよ 君はよくやってるんじゃないかな」
それを察してくれるイケメン。
「でもちょっと怪我が多いきがするなぁ ・・・」
サンベルは耳の傷もちらと見てそう話してきた。
短い時間で処置が終わり、優しい言葉をかけられパインは部屋を後にした。
…。
「「次は こいつだーーー!!!」」
サクラが張り切ってそう叫んでいるのがパインの耳に届く。
マグロの解体ショーが終わり、次はあの魔物の解体が行われようとしているようだ。
「「うげっ おれは これパスだわ」」
半数以上の漁夫たちがそそくさと仕事に戻っていく。
パインを避けるようにして。それらに彼の胸が痛むのをここではっきりと自覚した。
(なんでか わからないや ・・・)
…。
パインは逃げるようにしてトイレの一室に入る。気分が乗らない。昨日までの楽しさが嘘のようだ。手と腹に巻かれた包帯を見て、その痛みを確認する。これはしょうがないとしても、なんだろうこの感覚は。
前の会社でもうすうす感じてはいた、この感覚。
(俺って みんなと一緒にいるのができないのかなぁ ・・・)
パインはため息とともに便座から立ち上がり、ドアを開ける。
(あれ? 開けづらい っと!)
『ガシャーーン』
パインが扉を強く押したせいで、すぐそこにあった清掃用のバケツを倒してしまう。
「「おい なにしてんだよおまえー 掃除したばっかなのによぉ!!」」
それをたまたま見ていた漁夫に強い口調でそう言われる。
「「なんだなんだ なんだよ またこいつかよーー!」」
なんだなんだと集まってきた漁夫にパインはぐじぐじとその事を詰め寄られる。
罵声の中自分が汚した床を掃除することとなっていた。
…。
パインがすっかり落ち込んだ気分で部屋に帰るとゼンダが居た。
「あんたら まぁしょうがないとは思うけど ちっとはこの船の事気にかけてくんねぇか?」
「なぁ ・・・ 船に穴さ開けてよ ・・・ 」
はっとパインは気が付いた。あのときコーダンが放った銛はたしかに甲板に突き刺さっていた。それに対して「申し訳ないです」と口にしたものの、「もう済ませたからいいけどよ」と珍しくゼンダに短く返された。
…。
パインの部屋の窓から見える空はいつもよりも曇って彼の目に映っていた。
(考えすぎか ・・・)
パインは気を取り直し、サクラの手伝いに行こうと思った。
だがその時はすでに空が暗くなっていた。
パインが厨房のドアを開けるとサクラの白いコックコートの背中が目に映り込んだ。その背中に自身の持つ、暗い闇の部分を解消してくれる力が存在してくれると彼は願っていた。
「おーう パイン君か どうした フラれたのか?」
冗談で励ましてくれる彼の言葉にパインはついうるっときてしまっていた。
「いえ フラれてないです なにか手伝えませんか?」
ゼンダの長い昼寝の寝息の中、1人でボォッとしているだけだと余計に彼は辛くなってしまっていた。
「今日は昼間にあのマグロ仕込めたから そんなにないなぁ ・・・ あるとしたら ・・・」
…。
『ジャーーーーー』
(これが今は丁度いい気がする ・・・ 助かった ・・・)
解体で出たゴミや血の付いた刃物、食器などをパインは洗い場で洗っていた。サクラが自分にその仕事をくれていた。
(自分が出した ゴミだもんな ・・・)
後先考えずに行動してきたのは昔からだったと水の音を聞きながらパインは考えていた。
パインがそれらを洗っていると食器などを運ぶ漁夫らが「珍しいじゃんか」とか「わるいねぇ」とか彼に話しかけてきてきた。
(そういうことか ・・・)
(最初から最後まで今までやり通してきたことがあまりに少ない)
それを皆は見ていて、多分皆が自分に冷たく接してくるのかもしれない。パインがそう思ったのもつかの間。
「「おい! おまえ何してんだ それ!」」
厨房で作業をする漁夫がパインを見て慌てていた。何事かとキョトンとしている。
「「それ今日のスープの材料じゃねぇのか!?」」
パインは今彼が水で洗い流した黄色いシール付きのバットを見た。
「「おい なにやってくれてんだよー サクラさーーん こいつ やらかしましたよー!」」
(いや だってこれは洗う所に置かれていたから)
物凄い形相でせまってくるサクラがパインの目に映った。
それと同時にこれを置いたであろう漁夫の1人に今までパインに見せていたサクラとは思えない彼の罵声をその漁夫に浴びせている。
(・・・)
パインは「すいません」と何度もサクラに謝ったがその言葉はあまり聞き届けられた様子はなかった。
「もういいよ 今日は部屋に帰んな ・・・」
「はい ・・・」
怒り疲れたサクラにそう言われ、部屋に帰った。
…。
(いたた ・・・)
ゴム手袋の上からいつの間にかしみ込んだ洗剤がパインの手のひらの傷口を痛くさせた。




