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【第42話】後悔する

 パインはベッドに横たわり部屋のジプトーンが格子状に貼られた天井を見上げている。秩序正しく貼られたそれの中央に円盤状の照明がオレンジ色に狭い部屋全体を照らしている。


 時より通る車の走行音や、隣の部屋から響くTVの音が傷跡の残る彼の耳に入る。まだ酒が抜けきっていないのか、彼は何をするわけでもなく天井をひたすら見続けている。


(俺 なんかダメなことしたかな? ・・・・・)

 夜道を帰る中ひたすら考え続けた。


 リンデルに対しての自身の感情がなんなのか未だによくわからない。ただ、男として良くない事をした気がして複雑な感情が湧いてくる。


(あの時仮に彼女の部屋まで着いていったとしたら?)


 そこから先を考えると無意識に下半身に血が流れるのが分かった。しかし、これからの事。冒険者としてこれからもやっていく未来を想像するとどうしてもそんな気にはなれない。それらがひたすら思考の迷路として自身の脳みそに形作られている。


(そもそも俺が勘違いしてるかもだし ・・・)

 全身から血の気が引き、分厚くなったまぶたを2、3度こすってやった。


 すると次は「ぐぅ」と腹が鳴るのが聞こえた。夕飯が何故か喉を通らなかった事を思い出すと、今になって腹が減ってくる。


(イボアの肉 また食べたいな)

 それと同時に彼の頭蓋骨を打ち砕いた時の感触が手を通して思い出される。あのような経験は二度と忘れる事はできないようだ。


 パインは右手で握りこぶしを作りそれを左手で覆う。


 それと比べて、あのもっと大きな、白いイボアを殴った時の感覚がまるでないことに気が付く。


 はっきり覚えているところは肉を焼いた時と同じような、焦げ臭い匂いが鼻に入ってきてからであった。

 自分が本当にあのような事をしてしまったのか・・・・・。果たして夢なんじゃないのか?

 猫が車に轢かれ無残な姿になったのを小さい頃に見てしまった事を思い出す。まるでそれくらい「他人事」のような感覚があの光景にはあった。


 少し胃がムカついてきたが、何か口に入れないと横になってすらいられない。そう思い体を起こしワンルームの狭い廊下の台所に足を運んだ。

 蛇口を捻り鍋に水を注ぎ、火にかける。棚から個包装されたラーメンの封を開け、水が沸くまで待つ。


 コンロから鍋に当たる火とあの川辺の焚火の光景が重なり、現実のコンロの火をぼーっと見つめる。目を細めながらうっすら笑うアッシュの横顔が頭に浮かぶ。


 ここ数日しか彼と一緒に居ないのに、彼の細部まで覚えていることにパインは気が付く。


…。


 湯が沸き、乾麺と粉末状のスープを鍋に投入する。


「「ピンピロパン♪ ピンピロピン♪ プップー♪」」

 突然ベッドの奥側で充電する携帯から着信音が鳴り響いた。((パインの携帯の着信音は買ったときから変えていない))


 パインはベッドにダイブしそれをキャッチする。


「はい もしもし」

『あ~ 俺だが 明日もう出発な 8時過ぎにそっち行くから準備しとけよ』

「え!? 明日ですか?」

『え!?じゃねぇよ 分かったな?』

「・・・ はい」

『ちゃんと予習してんだろうな? 呑気に酔っぱらってんじゃねぇぞ?』

「ふぇっ !? はい?」

『おまえら 呑気すぎんだよ!!』

「えええ は はい すいません」

『あーまじむかつく だがお前のアホさには心底同情してやるよ』

「・・・」

『とりあえず 明日な!? しっかり予習しとけよな? ・・・』

「え? はい ・・・」

『ブチッ』


 急なアッシュからの電話と彼の言動に胃がむかつき腹の底で「ぐぐ」と動くのが分かる。またそれに伴ってパインの頭に血が流れてくる。


 いつも以上に荒い口調のアッシュの電話に先ほどまで考えていた彼に対する温情の念が180度回転したようだ。


(結局何をしても怒られるんじゃないか ・・・)

 いっそのこと明日居留守でも使ってやろうかとすら彼は思った。ふつふつ湧く怒りの思いのまま携帯の画面を久しぶりに覗く。


 そこには1件の着信とメッセージが1通入ってきていた。

 着信は母親から、メッセージは前の職場の上司からだった。


 今の思いのままでは到底返事はできないなと思いつつもその内の1つの上司のメッセージを開いていた。


【よお、久しぶり。元気か?あんまり落ち込むなよ。いつでも飯奢ってやるから、連絡してこいよな】


(・・・)


 その上司はなぜかいつだって自分の味方だった。仕事ができない自分を笑ってフォローしてくれた。なんであの「でかほっそいおっさん」はそういった事ができないのだろうか。今すぐにその上司に返事をしてやりたい気持ちになる。いっそのこと彼の元から逃げ出して前の会社に頭を下げて戻ればいいのではないだろうか。そんな気持ちすらパインに湧いてきていた。


 そんな空しい顔をした自分の鼻にラーメンの匂いが漂ってくる。


「あっ! やべっ!」


 アッシュの電話と上司のメッセージを見つめる時間はとうに10分を超えていた。急いで火から鍋を下ろし、器に具なしラーメンを移す。熱い器を指先で持ち、雑然とした部屋の一画の丸い机の上に置き、頬張った。


 あつい。あついあつい。ほひーほひー。


 伸びてしまったラーメンだった。だが自身の頬の上にうっすら涙がしみ出しているのに気が付いてしまう。それがラーメンの熱さによるものなのか、それとも別の物なのか今のパインでは理解ができなかった。


【ご連絡ありがとうございます。機会を見つけることができたらまた甘えさせてください。】


 そう昔の上司に返事を返した。なぜそう返したのかも彼は分からなかった。


『ぐしゅん』


 満腹になり鼻をすする。

 食べ終わった食器そのままに買ってもらった冒険者用の雑誌をパインは机の上で広げる。


 表紙には可愛らしい見た目の龍に少年がまたがっている。可愛らしい4頭身のアニメ風の少年は剣を空に掲げていた。


(現実味がなさすぎる ・・・)

 そうパインは思いながら、「フナオー」に関する情報をペラペラめくり確認していく。銛の扱い方や人気商品のページ、同じ構成のスパイク靴のページ。この時彼は無意識にグロテスクな現場の写真が乗るページは避けていた。


「捕鯨船 ・・・」

 船での過ごし方のページが目に止まり、ベットに体を移す。それを読もうと一生懸命になるが、仰向きで持つ雑誌が何度も自分の顔に落っこちてくる。


(捕鯨船 捕鯨船 ・・・・・・)


 同じページが開かれたままの雑誌は彼の寝息で湿っていった。

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