【第41話】働くおじさん
「あぁ~ しんどっ ・・・」
ローカス山の中腹にぽつんと建つ横長の倉庫を思わせる一軒家の駐車場に車が入ってくる。そこには大きな鉄で出来たゴミ用のコンテナがに並ぶ。男はそのコンテナに並列させて車を止める。
アッシュはパイン達と別れた後、又あの山、彼の倉庫兼事務所兼自宅まで戻ってきていた。
白で丁寧に塗装された外壁。アッシュは余計な物はここには持ち込まない事にしている。彼は5段の階段を上り、事務所の中に入る。
誰もいないのにも関わらず空調と電気をつけっぱなしにしている。そうしていないと誰かから文句言われそうな、そんな気がするらしい。
事務所の機材のディスプレイに、新規や古い客やらのメッセージやメールが数十件溜まっており、それが表示されていた。
(だりぃ ・・・)
それを見てアッシュは見て見ぬ振りをして、事務所の奥のドアを開け作業場へと足を進める。
もはや自宅というより、作業場。全て必要最低限の設備で、地味な色の棚や箱が並び、その中に整然と道具が並ぶ。
倉庫の資材を整理しながら大きな作業台の上に道具を並べていく。先日パインと作ったログハウスの土台の次の工程の準備だ。
(こんなことしてる暇ないんだけどねぇ ・・・)
アッシュの仕事の優先順位でいう所、あのログハウスの建設は最下位に位置しているであろう。しかし彼の手足は自然にそれに向かってしまっていた。
それをしないでいると、これからの仕事による心身の負荷が彼を爆発に導いてしまうのかもしれない。
(なんだよ ・・・・)
そんな彼の心休まる一時を携帯のバイブレーションが打ち破る。
「はい もしもし ・・・・」
…。
「「ナンテコッタイ!?」」
「ああ ・・・・ はい はい」
その電話はナンテコッタイ署からであった。「災害」が発生したとの連絡。人為的でない「何か」の調査依頼。本来はもっと正式な段階を踏まえて彼の元に仕事として依頼が来るのだが、今回は緊急であり、特別。
(なんで地方の署が俺の連絡先知ってんだよ)
『ブチッ』
荒く電話を切る音が倉庫に響く。
「これは偶然か? 行く前からおっぱじまってらぁ」
アッシュはそう独り言を言った。
倉庫出口側のシャッターを上げ、作業台の上に用意した資材や道具をそこから車の荷台に乗せていく。
(あいつがいりゃあ 楽なんだがね ・・・・)
ここ数日、目と口先と顎だけで動く人間が目の前にいたもんだから、それがいなくなると鬱陶しさは減るものの、第3の第4の手が無くなったようで寂しい。そうアッシュは思いながらも荷物を載せ終わり、運転席に着く。
するとアッシュは誰かに連絡を入れている。
「俺だ 船長 今オフだろ?」
そうアッシュが言うのと同時にエンジンを駆け、山道を走らせる。
彼はナンテコッタイでこれからパイン達が行う旅の下地も同時に作っていた。
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イボアの森の川辺で4輪駆動のトラックが丸石を「ゴオ」と踏み音を刻む。丸石はトラックの轍状に広がる。トラックは明らかに不自然な丸太で組まれた台の隣に止まった。
灰色の短髪の男が車からするすると降りた。
「ん?」
アッシュは森から嫌な視線を感じたのか、一瞬だけそこを睨むように見る。しかし、立ち止まる間もなく荷台にある道具を丸太台の上に並べていく。
アッシュはあのビルで研究員のメガネ男から聞いた事を思い出していた。
(「えっ 牙は置いてきたんですか?」)
(「ああ ちと怠くてな」)
(片方だけでも取らせとくんだったなぁ)
あの白い巨大なイボアの「牙」も色んな物に利用できるようだ。それをなんとなくは知ってはいたものの、あの時の一種の独特の空気がそれを忘れさせた。そして、今になって土の壁に埋まった巨獣の事を彼は想像してしまう。
「はぁ めんどくせぇ ・・・」
久しぶりの雨が丸太台にコツコツと落ちる。それは次第にテンポを上げ、地面とそれの色を濃くさせていった。
用意周到のアッシュは丸太台とその上の道具をすっぽり覆うほど大きな灰色のビニールシートをトラックから引き出しその台に被せた。そのシートの端のはとめからでたゴムロープを用いて、台にシートを縛り付ける。そして干し竿に掛かったままの大きな干し肉をトラックに詰め込んだ。
一仕事を終えたアッシュは森にしょうがなさそうに体を向ける。
…。
ようやく降る雨に森はカサカサと葉を震わせ喜んでいる。アッシュにとっては幸いにも今が降り始めだったので地面までは濡れていない。彼はこの森の白い巨獣の亡骸が埋まる壁まで走っていた。
「ええっと これはどういう事だ ・・・」
壁はキレイにイノシシ型よろしく、くり抜かれ。その下に横たわる無残な巨獣の残骸。30分ほど体を走らせたアッシュは息を荒げていた。
「もうこんなに傷んでる いやそんなはずはない なっ!?」
アッシュは巨獣の牙が何者かによって引っこ抜かれていることに気が付く。そしてもう一つ、車から降りた時から気になっていたこと。
「よぉ 人間 ・・・」
土壁の上から囲むようにしてアッシュを見下ろす手の長いサルのような獣。そいつが彼に声をかける。大きさはアッシュより少し大きい程度。手は彼よりずっと長い。
『これが 欲しいのか』
そのサルの周りに1周り、2周り小さなそのサルが沢山集まっていた。大型のサルが彼に声をかけてきていた。そいつの右手には長い牙がこちらを向けられ握られている。巨獣の牙だ。
両目は離れており垂れ目、細くて長いちりちりの頭髪が顔にかかっている。そしてその口がニカァと気味悪く笑い、その口の上下に深い皺が刻みこまれている。勝ち誇ったその顔でアッシュに何かを訴えかけているようだった。
『欲しかったら 取りに来い』
獣達はアッシュに襲いかかってくるでもなく、そのまま背を向け森の中へと消えていった。
(オラータン ここまで下りてくるのか まぁでも 明らかに罠だろ)
(また後で構ってやるよ あいつらが)
「今は相手してやるほど暇じゃねぇんだわ」
アッシュは襲ってこないだけ大分ラッキーだったと胸を撫で下ろした。
ふと巨獣の残骸付近に視線を戻す。そこにパインのハンマーが土に突き刺さり、雨を浴びている姿があった。
それだけをアッシュは拾い、森を後にする。
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((なんだ あいつ こないのか))
((これ いるだろ 絶対 くるだろ))
((まってよう まつ まつ))
雨の森でサルの獣たちは身を寄せ合い、来るはずもない来客を待っていた。
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アッシュは獣達のそんな思いがあるのも知らん顔でそそくさと車のエンジンをかけた。雨の雫で見えづらくなったフロントガラスにワイパーを走らせた。彼の目には暗くなった川辺に車のライトの道筋だけが映る。
それにさきほどアッシュが遭遇した獣の影が浮かばないように、と祈りつつ、彼は車を走らせる。
「ふぅ ・・・」
願いが叶ったようである。
舗装された道にアッシュのトラックが出てきた。
「はぁ ・・・」
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無表情を携え、アッシュは倉庫に帰ってきていた。
作業台の上にパインに買ってやったハンマーを置く。それを彼がよく見ると、持ち手に彼の馬鹿力で縦に深い亀裂が走っているのが分かったようだった。
それを見てなぜか彼はしばらく笑っていた。だがまだやるべきことが彼にはあるのだろう、携帯を手に取っている。
「よぉ コーダン 久しぶり」
「ああ そう ・・・ そう 元気か」
旧友だろうか、久しぶりの会話に珍しくアッシュの気持ちが高揚している。
「んで 悪いんだが 明日いけるか? ナンテコッタイだ」
アッシュの忙しさを知る「コーダン」という男は、急な彼の要求にも快く受け入れているようだ。
「ああ すまん ありがとう」
電話を切った後に今度は軽く頭を掻く。
そしてまた仕事に戻る。
「リンデルか? おまえちゃんとあいつに道具 ・・・・ ん?なんだ? やけに大人しいな ・・・ 」
倉庫に吊るされた埃を被った時計の針は0時を過ぎようとしていた。




