【第31話】川辺の終わり
手に残った温もりがまだ消えない。パインは無意識に自分の手を眺めながらアッシュのいる焚火まで戻った。
リンデルの座っていた丸太椅子の隣には巨獣の角があった。得体のしれないその物体は焚火の光を受け妖しく白く光っている。
アッシュはそんな物の存在すら忘れているように、なにやら考えているようだった。
パインは少し浮いてしまった足をどうにか静め、彼の隣の少し離れた位置にある丸太椅子に腰を降ろす。
焚火の炎の音だけが静寂した暗い川辺に響いていた。
パインはすぐそこにいるアッシュの存在をこの時は忘れ、ぼーと燃える焚き火を見つめる。その炎が彼の心の中の過去から今までの情景をゆらゆらと映し出していくかのようだった。
あの時、なぜ応援を呼ばずに彼女の後を追ったのか、それを行った自分がまるで現実ではないのではないのかと。
(勝手な行動だ あの時アッシュが自分らをつけていなかったら?)
ただ、それ以上に強く心に残ったシコリがあったのも思い出す。
前の職場で片腕を失ってしまった同僚の女性の事がその時頭によぎっていた。全部自分が悪いのではない。むしろ責任は他にたくさんある。でももっと自分がしっかりしていれば。そして彼女にも伝わるように言っていれば。「気をつけてください」と。たったその一言があれば彼女の腕を救えていたのかもしれない。
再度、ベットに横たわる哀れな女性の姿とその目が思い浮かんだ。
(もうあんな事 ・・・)
その気持ちがパインを動かしていた。
リンデルと同僚の姿の輪郭が心の中で変化して一致していた。彼女が自分にかける声が自分の心の中であの同僚の声に変換されていたのかもしれない。
(絶対に 同じような目に会わせることはできない)
逃げるとか焦るとかいう感情より強いものが湧いていたんだなと思う。結果、自分のこの謎の腕のおかげで前のようなことに、もしくはもっと悲惨な光景を目撃せずに済んだ。
驚きでしかないが、あの巨獣を葬ったのは間違いなく自分だ。
自分の右腕に殴られ大きく体を凹ました白い怪物が脳裏に浮かぶ。
(でも ・・・・・・ 本当に良かった ・・・・・・)
自分の行為が賞賛された。そんなこと今まで生きてきてあっただろうか?今回はリンデルにもアッシュにも褒めてもらえたんだ。それらが、ジワジワと心の硬い部分を溶かしていく感覚があった。
焚火の淡い光とその熱を浴び、思い浮かべる過去の情景が夢に移りかけていた。
( ・・・ )
「おめぇ どんな顔してんだよ」
パインは突然のアッシュの声で目を覚ます。口に出かかったヨダレを急いで拭う。
「ああ はい 少し考え事を ・・・・・・・」
パインは重くなった頭を横に振り、どうにか立て直そうとする。
「まぁ あいつと上手くやれよ あいつあれでもお前より経験積んでるからな」
「わ かりました」
たしかに、あの状況の中パインよりもかなり早くリンデルは判断をし、行動をしていた。そして、身のこなし方も自分よりもずっと早かった。
パインはアッシュとリンデルの姿を脳裏に焼き付ける。彼の今までのレールに敷かれた人生は広い「本当の世界」を知ることになる。彼はこれからの事を考えると胸が高鳴っていた。
パインがふと横を見るとアッシュが座りながらも体をくの字に曲げている。彼の頭髪が焚火で燃えようとしていた。
「あ アッシュさん 髪! 髪!」
寸での所でアッシュの髪は灰にならずに済んだ。




