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【第30話】リンデルとイボア その2 

『スチャ』


 ボロボロのTシャツの後ろ姿。短く切りそろえられた金髪。太い腕、手を強く握りしめている。その先に鈍器。


 ほんの少しの間しか一緒に居なかったのに、なんだか物凄い年月そばに居なかったような、そんな錯覚をリンデルは感じてしまう。


「えっ!? なんであんたここに?」

「もう 逃げたくないんです」

 鈍器を持つ青年は振り返りもせずこうリンデルに言った。


(いや 逃げてよ ・・・・)

 なんだかよくわからないことを言っている。


 だが、その背中から「ゴォォォォ」とでも音がなりそうな覚悟の気配がにじみ出ている。リンデルはそんな彼に何も言い返せない。


「「おいパイン! ハンマー捨てろ! 拳をあいつに叩き込め!」」

 今度はリンデルの背後からあの男の声が響いた。


(はっ?!冗談でしょ? ・・・・ てか)

 リンデルは助けをもとめるべく土壁の上を見上げる。

(何よ 居るじゃない ・・・・)

 平然とした顔のアッシュはリンデルにロープを投げている所だった。


『ドっ』


 鈍い音をたてハンマーが地面に突き刺さる。


 リンデルは何も言わずにパインとハンマーを見た。

 アッシュの言葉を無造作に信じ込むパインの後ろ姿は彼女を惑わせた。


 パインの拳は強く握りしめられている。まるで川の丸石のようだった。それはあり得ないほど丸くなっている。彼はその拳を体の後ろに引き、態勢を整えている。


(何よ あれ ・・・・)

 リンデルはロープにしがみつきながらパインの様子を伺った。


 彼の右腕に黒い模様が浮かび上がったのが見てとれた。そしてその周囲に不自然な影のようなものが波紋状に広がっていた。


//////////////////////////////////////


 またパインは窮地に立っているのにも関わらずあの事を考えていた。


 自分がなんでこのような冒険に手を出してしまったのか。静かに目を閉じた。


(・・・)


 病室のベッドで横たわる同僚の同い年の女性。彼女の悲しげなそして虚ろな目で彼女自身の腕、そこに「あったはずの」右腕を彼女は見つめている。


 パインの両親は身を小さく、本当にこんなにきれいに折れるのかと思うほど上半身を折り、同僚の両親に謝っている。自分は何も言うことができなかった。「自分のせいじゃない」そう言い聞かせていた。


(いや 全部 俺のせいなんだ ・・・)

 彼女の両親の怒りと悲しみの表情に、ただ狼狽えてしまっていた自分。彼女に何も言えない自分。逃げずに、ちゃんとあの時「説明しさえすればよかった」。


 そしてちゃんと。


( ・・・ )


 光を失った彼女の黒い大きな瞳がパインを見つめる。


//////////////////////////////////////


 リンデルはロープにしがみつき異様な様子のパインとそしてもうすぐ接触するであろう巨獣を交互に見ていた。


「ちょっ なんであいつ動かない ・・・・」


 巨獣の角がパインの腹部を捉えたかのように見えた。


(見てらんない)

 彼女が目をつぶった瞬間。


『『どっ ご ごごごごごごごぉぉぉぉぉーーーん !!』』


 凄まじい音。地面が揺れ、森が揺れ、木が揺られ、葉がこすれ合う音に鳥たちが勢いよく飛び去る声。

 そして。


 こげ臭いにおいがリンデルの鼻に入ってきていた。


…。


(な なによこれ)

 リンデルが再度目を開けた時、彼女にはあり得ない光景が目に飛び込んできた。口に出そうとしてもリンデルは声に出せない。


 「せいけんづき」をしたあの金髪の青年、こぶしは正面ではなく彼の右の土壁にむけられている。


 そこをリンデルが見ると巨獣が半分ほど土の中に埋もれていた。巨獣の目があったであろう部分の上部にできた大きなくぼみ。そのくぼみは彼女より大きな円状に深く沈んでいる。眼球はすでにどこへやら、そこを中心にあらゆる所から骨が飛び出し血や肉が飛び散っている。


 見るからに致命傷。


「あんたそれ ・・・・」

 せいけんづきの恰好のままの彼に声をかける。

「あっ ・・・ はい!」

 目が覚めたようにパインはそう答え、態勢をこちらに向け直している。


 彼はどこか寂しそうな顔を作っていた。


(・・・・)

 腕をみると、あの時の入れ墨のような黒い模様は消えていた。

(なんなの こいつ ・・・・)

 リンデルはロープを上るのを止め、いつの間にか彼の下まで駆け寄っていた。


//////////////////////////////////////


「こ ・・・ これ ・・・」


(俺がやったのか?)

 ありえない光景がパインの目に映る。


 このドでかいイボア、身動き一つしないそいつがすぐそこの壁に埋まっている。そいつの骨や血や肉があたりに散らばり、そしてなぜか焦げた匂いがする。これをしたのが自分だとはにわかに信じられない。しかし、足元を確認すると、自分が踏ん張ってできたであろう土がかなり深くえぐられているのがわかる。こんな事をしたら自分の体はどうにかなってしまうんじゃないかと思う。


 自分の体を確認していくが。


(どこも 痛くない 傷1つない)

 拳ですら、うっすら黒くなっているものの前と形状は変わっていないように見えた。


「おぉ~ すげぇすげぇ」

 いつの間にやら、上から降りてきたアッシュがパインに近づく。彼はからかう様に彼の肩を「ポン」と叩く。


「やりゃできんじゃねぇーの」


 まだパインはこれを自分がしたとは信じてない。とりあえず彼はアッシュに「ええ」と答える。

「そいつしばいて帰るぞ」

「ちょっと ・・・・ あたしにも説明してよね ・・・・」

 リンデルがパインのすぐ傍でアッシュに疲れた顔を披露していた。


…。


 3人は巨獣の角をはぎ取った。

 それに費やした時間は長かったはずである。いつも以上に疲労感がパインを襲った。彼の時間の感覚はその時麻痺していた。

 ただ、実際この大きな怪物を自分が仕留めたことは、アッシュとそれにこのリンデルという女性のはしゃぎっぷりから事実だとパインは気がつく。


 その剝ぎ取った角をリンデルが大きく手を回して抱きかかえるようにして持って帰ることとなる。本人と同じくらいか、いやもっと重いであろうそれを必死に抱えている姿がパインは可笑しく思えた。


 パインがその大きな角を持つと言っても彼女は「あたしが持つ」の一点張りであった。


「これは 大物よぉ!」


 そう言う彼女の目と額についた汗はキラキラと輝いていた。


…。


 夕日が北に位置する高い山々を赤く染めている。


 3人は川辺に帰ってきてからは夕食の支度、先ほど持って帰ってきた角の処理などを分担して行った。


「いやぁ まさかあんたがあいつ一撃で 仕留めるとはおもってなかったわよぉ」

 リンデルはおそらく相当疲れている。目は半分ほどしか開いておらず喋り方も今までと違ってゆっくりだ。

 だがおそらく今日の収穫が彼女に相当の興奮を与えていたようだ、目は半開きだが楽しそうだ。


 肉が焼け、3人とも無言でそれを頬張った。


 パインは口についた脂をさっと手で拭いた。そして自分の頭で整理しきれない疑問を確かめようとする。

「アッシュさん この 自分の腕のこと知っていたんですか?」

 その問いに対し、アッシュは「まぁな」としか答えない。


「なによ あんた知らなかったの?」

 リンデルがその話にくいつくように割り込んでくる。

「という事はあの穴にあった羽根と あの大きなカラスが関係してるんですか?」

 その疑問に対し、そうだとアッシュは言っていた。


 彼は持っていた肉を皿に戻し、めんどくさそうに自分を助けた時のことを打ち明ける。


「おれは 別にあのカラスしばいたわけじゃねぇ」

アッシュはそう話し始める。

「でけぇ声がするからあそこまで行った 遠目で見た感じおまえがあのカラスの首元掴んで殴り殺そうとしてたぞ?」

 「えっ?」と声を上げてしまったが話が気になるので次の言葉は出さないことにした。


「まぁ 実際はそうせず あのカラスを放して おまえがぶっ倒れた あの羽根その右手に持ってな」

「カラスは逃げるように穴に入ってったぞ」


(まったく覚えていない そんなことをしてたのか ・・・)

「まぁあの羽根が相当やばいものだってことは間違いないな」

 アッシュは他人事のようにへらへら笑っている。


 リンデルは重たい頭でなんとか話を聞いているといった感じだ。


「てっきりアッシュさんが助けてくれたのかと ・・・」


『『ばごっ』』


 アッシュのげんこつを再度パインはくらった。


「だから 実際おぶって持って帰ってきてやったんだぞ 得体の知れない奴をよ ・・・」

「あああ すいません ありがとうございます」

 パインに対して舌打ちで返すアッシュ。


(たしかにそんな危なそうな奴をわざわざ家まで送るって ・・・ いやまて なぜだ?)


「え~~と 話の途中で悪いんだけど この角はどうするの?」

 リンデルはその値打ちのことで頭が一杯だった。パインは彼女の無邪気な一面を知ってつい笑ってしまう。


 アッシュに聞くべき事はまだあったがその事は彼女の一言ですっとどこかへ抜けてしまった。

「ああ 知り合いのとこ持っていくが?」

 アッシュが冷たくそれをいなす。

「そうですか じゃあ明日にはそれの分け前をいただけ ・・・」

「ふぅん 歩いてお前1人でこれ持って帰れたらいいけどな それに君まだ何もしてないよね?」

 あっと声を漏らす彼女に2人で笑う。

「まぁ焦んなよ 明日からはこれだからさ ・・・」


 アッシュが紙をぴらぴらと2人の顔の前に掲げた。


(ああ こいつか ・・・)

 そこには先日役所で依頼を受けた魚の怪物の写真とその怪物の情報が載っていた。怪物というのは少しいい過ぎなような、やはり可愛い見た目をしている。そうパインは思った。


「いやぁああああぁぁ!! もう私帰りたい 帰ってもいい?」

 さきほどまで眠そうだったリンデルがいきなりそう叫びだした。何やらこの金魚のことを知っているようだった。


(そんなにやばいやつなのか?)

「だめだ また2人でこいつの玉とってこい」

「ええええぇ またこいつと!?」


(そんなに俺と一緒なのが嫌なのかな ・・・)

 パインはそう思ったが、彼女の顔に笑顔が浮かんでいるようにも見えた。気のせいかもしれないが。


 その後は3人ともあまり喋らなくなり、食事を終えるとリンデルは猫のように切り株の上で丸くなっていた。


「そいつ 昨日寝てないんだよ お前のことカモろうとして牛丼屋からついてってたからよ」

「ええええ そっか そうなんだ ・・・」

 アッシュの言う「カモる」に対して、おそらくそれは何かの間違いなんじゃないかと、今日の彼女とのやり取りでパインはそう思ってしまう。


(間違いであってほしい ・・・)

「おい そいつテントまで運んでやれ 俺らは外で寝るぞ」

 リンデルを抱えてテントまで運ぶことになる。


…。


 華奢なその体はとても軽く、今まで生きてきた中で持った何よりもやわらかく暖かかった。短い丈のオーバーオールから覗かせる厚い黒いタイツが、その腿から足さきまでの形をしっかりと残している。

 甘いシャンプーのような香りがパインの鼻の奥に入ってくる。アッシュと出会ってから今まで、そういった感情は必然的に彼は抑えていたのかもしれない。


(まずいまずい)

 頭を横にふり、雑念を払いのける。テントの中に入り布団に彼女を乗せる。乗せたと同時にまた猫のように丸くなり布団を、そして彼女はパインの服をぐっと握ってくる。

(相当疲れてるんだな ・・・)

 それを優しく外しアッシュの元まで戻ろうとする。


『ありがとう』

 後ろからそう声がしたのは気のせいだとパインは思うことにした。



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