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【第29話】リンデルとイボア その1

 パインと小柄な女性、リンデルが森に入っていく。


 彼女は1人で冒険者業を行ってきた経験もあり、急な事だったがそれに相反して平然と足を動かす。パインのほうがまだほとんど口を聞いていない女性と一緒になったことで緊張していた。


 そんな気持ちはさておき、パインはここ数日しかこの森に世話になっていない。しかし彼はここに慣れ親しんだような、そんな感覚が湧いてきていた。


 パインが少し進むペースを彼女を気遣い緩める。だが後ろを振り返り彼女を見てもまったく息を切らした様子がなかった。逆に彼の後ろで煽るように走っている。


 パインは彼女が後ろにいることがいつの間にか楽しくなってしまっていた。そんな彼はアッシュと同じくらいのペースで走ってみた。


(なんなのこいつ 森に入ったとたん動きが良くなった もしかして「できる」の?)

(それに 今気が付いたけど あいつの腕やばくない?)


 リンデルは男の後ろ姿に少しの安心感を覚えてしまった。


「なんかすいません」

 パインが唐突にそう口にする。


「いいわよ どうせ ・・・」

(アンタのせいじゃないし)


 リンデルはつい余計なことまで喋ってしまいそうになった。なんとか口を抑えた。


「あたしが足止めするから あんたがそれ使ってトドメでいいわよね?」

 最初はパインの持つ武器、とは言い難い得物も、こうして彼の腕を見ると、そこからにじみ出る「危険性」に彼女は気が付いた。そんな事に気が付かないほどリンデルは馬鹿じゃない。

「わかりました」 

 パインがそう言う。


「あっ」

「あっちの方向です」

「どこよ」


(なんなのこいつ ・・・・)

 パインがそこまで敏感にイボアの気配を察知するようには見えない、あたしだってそうして走っているのに。だけど彼の表情は本当の事を言っているように見える。リンデルはそう思い、銃を背から腹に持ってこようとした。


…。


(うそ いるし ・・・・)

 しばらく走ると、そこに狙う獲物がいた。


 2人は木の影に隠れ、数10メートル先にいるイボアを見ていた。


「ちょっとあんた近すぎ」

「わっ すいません」


 木に身を寄せ合うように2人は隠れていた。それをリンデルは注意したのだ。


(無神経なやつ ・・・)

「あいつが向かう先の木で待ち伏せよ」

 木の実などを食むイボアに気づかれぬよう、2人は遠回りでイボアの正面に回り込むことにする。


…。


『来ますよ』

『ん~あんたほんと頼むわよ~?』

『はい』


 2人は作戦通りイボアの正面に回り込んだ所に来ている。


(まだこいつの実力を見ていないのよ ・・・・)

 リンデルに不安が再度つのる。一々怪我でもされたらアタシがアイツに怒られる。

(私1人でできるのは やつの足止めまでなんだから ・・・・)


『かさっ』


 リンデルはすぐそこまで来ているイボアを足音で確認し、背を木に、ショットガンを胸元まで引き寄せた。小さな彼女の体と手にはかなり不釣り合いのその武器だ。その不釣り合いな光景とは裏腹に彼女の今までの経験から汗は1つその手にはない。


 彼女が一息入れると同時に木の影から転げこむように「サッ」とイボアの正面に降り立ち、片膝をつく。

 それを見たイボアが驚きの表情を作ろうとするが、その前に銃が鳴った。


『『ズドーーーーーン』』


(よし!)

 銃弾はイボアの前脚の足首付近を見事にとらえ、毛を剥き、肉を割き、所々骨を露出させている。

 イボアは突然の痛みに耐えかね、重いその身を地面へと転ばせる。銃声がしてほんの数秒で、イボアの体と地面が接触した。


「「今よー!」」

 リンデルの声とほぼ同時にパインがハンマー片手に地面を蹴った。

『『ブギィイイイイィ』』

 パインの耳にも地鳴りにも似た獣の低い音が入る。


(頼むわよ ・・・・)

 リンデルの仕事はここまで。彼女は祈ることしかできなかった。


 パインは動揺していた。今までとは違う狩り方が彼をそうさせてしまった。


(うっわ ・・・)

 パインは前と同じようにイボアの正面に立った。彼は獣と目が合う、人間のそれとは違う一種の生命のやり取りだけの会話。アッシュとの狩りでこの経験はしていない。


(そんな事 初めから分かっていたつもりだ だから)

 パインの握るハンマーの柄が「ギ」と音を立てる。そして前と同じように彼は腕を振り上げ、獣の額めがけてハンマーを振り下ろす!!



『スカッ』


『カサカサッ!』


 パインが目を開けるとイボアは身をよじって立ち上がろうとしていた。


「「ちょっとぉ!!!」」


 その後すぐにパインの耳に入ってきたのは後ろにいたリンデルの甲高い声だった。彼が気を取り直しもう一度手を振り上げようとしたとき、獣はすでに立ち上がり彼と目線を平行にさせた。


 状況を察したのか獣2人に背を向け、走って逃げていった。


(あっれ ・・・)

「「ちょっと何あれ! 逃げてるじゃないのぉ!」」

 リンデルが目を釣り上げ再びパインに叫ぶ。


「いつも 動かない所を打っていたので ・・・ スイマセン」

「なによそれ 最悪じゃない」


 リンデルはパインに失望し目線を下に向けた。


「次はいけます」

「いや無理よ 一旦作戦を立て直すのよ 帰って・・・・」


 そうリンデルが言っているその時。

 明らかにイボアの作り出す空気。それとは異なる別次元の得体のしれない重い空気が2人に流れ込んできていた。


--------------------------------------


『『ズゥゥーーーーーン』』


 2人して振り返り、そこに目をやる。


(えっ ・・・)

 今の奴の一回り。いや下手をすると二回りか。4tトラック並みに大きな、巨大なイボアが2、30m先に居たのにパインは気がついた。


(全く気が付かなかった ・・・)

(なんなのよあれ ・・・・ 聞いたこと ないわよ)

 2人して見たことも聞いたこともないその姿に小刻みに震えた。


 毛は白色で長く伸び毛先が金色に輝いている。年季が入ったイボアで済ますことができればそれの方が良いのだが絶対に違う。それの持つイボすら違う。そのイボはもはや巨大な角のようになっており、前に大きくそそり立っていた。


『『ぐほっぐほぐほぐほっふぉっは』』


 巨獣は2人を睨みつけた。鼻息が彼らの耳に入る。


(あわわ ・・・)

 パインは「まずい」と感じた。明らかにあれから敵意がにじみ出ているのに気がついた。


「「木の上よ!」」

 リンデルが状況を立て直すべく咄嗟に声を上げる。彼女はパインの焦りに気がついていた。


 幸いにもパインはリンデルの高い声のお陰で気を静める事に成功。彼女の言葉の意味も理解した。そしてパインは近くの木の高い枝まで一気に登る。


「掴まってください」

 手を差し伸べ、軽いリンデルを「ひょい」とあの巨獣の角が届かないところまで引き上げることに成功する。


『これでこっちにわざわざ来ないはずよ ・・・・ はぁ』

 彼女がそう言う。彼女の小さな肩は震えていた。

 2人とも木の上から距離が縮まり大きくなっていく巨獣の顔を見た。

 リンデルのその考えは甘かったと2人して気がついた頃にはもう遅い。

 巨獣は彼女をあざ笑うかのように2人に目を向け突進を開始していた。


『『ドドドドドドドドド』』


 今まであの巨獣は歩いていたのだ。それが走り出したとたん物凄い地響きが森に響き渡った。

 一瞬で距離を縮めるほどの猛スピードだった。彼が走ることで小さな木々は爪楊枝のように宙に浮かぶ。


「うそでしょ」

 リンデルがそう言う間にその巨獣の角と体が2人がいる木に衝突する。


『『バッゴーーーーーーーン ペキペキ』』

「「うわぁあああああ! きゃああああああ!!!」」


 ショットガンのそれより鈍く大きな音の後に木が折れていく嫌な音が2人の耳に入ってくる。またその衝撃は彼らが今まで味わった事のないものであった。


 2人が乗っているこの木が収縮したバネとなり、彼らを突き飛ばそうとしていた。


(ぬぅううううん!)『ミッシ』

 どうにかこの初撃はパインが幹を強く握ること、そして彼の腰をリンデルが両手で掴むことで2人は木から落ちることは免れた。


 しかしその後は。

「「いやぁぁぁぁ!!」」

 リンデルの叫びと同時に木が「メキメキ」と音を立て地面に向かって落ちていく。

 パインは次第に立っていられなくなる。重心が変わってゆく枝の上での身のこなし方は彼には難しかった。ついに彼は投げ飛ばされるように木から転げ落ち、思いっきり尻餅をついた。


(いてて ・・・)

 リンデルはいつの間にかパインの腰から手を離し、彼の傍にうまく着地していた。


 この状況の中、リンデルが「ドジ」とパインに笑ってみせていた。


 2人と巨獣の距離はちょうどさきほどまで彼らが乗っていた木の高さ分あるかないか。10mもない。

(ど どうするよ? ・・・)

「2手に別れるわよ あいつが追ってこない方がアッシュにこのこと伝える!」

「いいわね!」

「はい!」

 リンデルは頭が回っていないパインに無理やり行動を促した。


//////////////////////////////////////


(さて ・・・・ どっちにくるかしら?)

 一睡もしていないリンデルはあながちこの状況を楽しんでいた。普段から計算高い彼女からしたらわざわざこんな窮地を望んだりしないのだが。


『『ドドドドドドドド』』


(ふふ やっぱあたしに来るのね なんとなくそんな気がしたわ)

 今までの行いがそうさせて当然と、リンデルは変に納得していた。

(でも大丈夫 小さい私なら 木の多い所通って進めば躱せる)

 普段なら、そう、昔の狩りではこんな事は起きなかった。それに私は大物を狩る時は司令塔ではなくあくまで補佐。なんら責任もなく、そして上が優秀な事もあってか自分の身を危険になんか晒した事なんてただの一度もない。

(大物 ・・・・)

 あいつらでさえこんなの無理よ。

(ほんと笑える ・・・・)

 背後の気配と音から14、5メートルは距離を保っているように思われる。速度は奴の方が上だけど、木を 倒す手間が足を緩めさせてる。

(このまま引き離せば いずれ諦めるはず)


 今一度あの巨獣の姿とその目を思い出し「ゴクリ」と生唾を飲み込む。大きな黄色い目と黒い瞳。


(いけるいける ・・・・)

 そう自分を励ますが、彼女の体力は意外なところで限界を迎えようとしていた。

 一瞬のスキが今、こうしてやってくるとは夢にも彼女は思っていなかった。


「うそっ ・・・・ でしょっ !」


 リンデルがそう口に出した時すでに遅く、森の泥に足を滑らせ態勢を大きく崩し腹を空に向ける。

 何が彼女をこうさせたのか。

 彼女はさらに運が悪い。こうして足を滑らせた先が下り坂になっていたのだ。


「「いやああああぁぁぁ ああああ」」

 リンデルは滑り台よろしく泥の斜面を仰向けにしてすべり落ちていった。


「もういや ・・・・」

 泥で汚れたお気に入りのバッグとショート丈のオーバーオール。手元にあったはずのショットガンが今はない。


「はぁ ・・・・」

 リンデルはお尻と肘をぬれた大地につき、深くため息を漏らす。


 彼女の一瞬楽しんでいると思っていたあの感情はどこへやら、深い泥沼にこのまま沈んでしまいそうな暗い気持ちに一気に転じていった。


(体力剤2本も使って ・・・・ 今 切れたのか ・・・・)

(もう1本使うか いや ・・・・ 使う暇なんてないなあ)

 あの巨獣の足音がこちらに迫るのがわかった。

(こんなタイミングで良く切れてくれるよ 運が悪いな)

(ああ うそでしょ ・・・・)


 不運は彼女の生きる気力すら奪っていく。彼女の滑り落ちた場所は3方コの字、3~4メートルの土壁に囲まれている。行き止まりだ。

 とてもじゃないが1人で登れるものじゃない。何者かに案内され、自然の迷路の行き止まりに彼女は来てしまっていた。


……。


『『ドドドドドドド ・・・ ドッ』』

リンデルはさきほど滑った斜面の上部に目をやる。巨獣が立ち止まりこちらの様子を伺っている。


(ぁーーーーん ・・・・・)

 あの白い、なんだか神々しさまで感じるイボア。いくらなんでもでかすぎる。動きを止めたそいつが私を睨むとそいつの口元が不気味に吊り上がる。その口元からでる牙もまたイボアのそれより大きいのが今になってわかる。


 こうしてあいつが止まっているのは最後の疾走で私を押しつぶすか又はあの角でどうにかしようって考えているのね。


(はぁ ・・・・)

 リンデルはまだ濡れた大地に仰向けで伏していた。


『ドッ ドドドドドドドドドドド』』


 ついに、巨獣の足がぬかるんだ土を一気にかき上げリンデルに迫る。

 その体重と大きな足は泥の斜面に深くくいこみ、自身のバランスを崩すことはない。そして物凄いスピードを出すことに成功している。彼の長い年月をかけて伸ばしたであろう体毛は白、金色に輝き自身の動きによってできた風により後方に美しくなびく。


…。


 それを見ているリンデルは別のことを考えていた。


( ・・・・ )

 今まで生きてきた記憶が彼女の脳内をコマ送りで流れる。

(ぷっ ・・・・)

 あまりいい光景が再生されないので逆に笑えてくる。もう少しマシな生き方ができたかもしれないな。いや、無理でしょ環境が無理だったのよ。

(あはは ・・・・)

 でも、最後になぜかあいつの私を見つめる瞳が出てきて。

(なんでかねぇ ・・・・)


…。


 巨獣がすぐそこまで迫り、まもなく私の体が宙に浮くかあるいは地面にのめり込むかあるいは角の先にぶら下がるか。


 そんな自分の最後の光景をリンデルは考えていた。


『スチャ』


 聞き覚えのある足音が彼女の耳に入った。


( ・・・・ )

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