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【第26話】夜に駆ける+α+β

 パインは役所から少し離れた場所の牛丼屋まで自転車を引き歩いていた。彼は牛丼が好きなのか、ただ単に慣れ親しんだ味を求めているのか。自転車を止め、吸い込まれるように店内へと入る。


 そして彼は先ほどもらった報酬の4分の1の値段の定食を頼み席に着いた。


(はぁ ・・・)

 店に入る前に見たこの店のガラス戸に映る自身の恰好を彼は思い出す。


(ボロボロじゃないか ・・・)

 ここから自転車であの坂道、山道を愛車で漕いでいかなければならない。頑張って飛ばしても6時間はかかる。


「お待たせしました~」と店員の声。

 それに会釈彼はする。相変わらずの早い提供に考える暇もない。


 ため息と咀嚼を交互に繰り返す。


(うまい)


//////////////////////////////////////


 その頃アッシュは木の上に居た。


 ビル3階程度の高さから彼は電子端末を耳にはめ、双眼鏡を覗き込んでいる。


「あのさぁ 聞きたいことがあるんだけど」

『は はぁ~い』


 どうやら話し相手は羽根を預けた主、あのミラーガラスを貼った質屋、超黒屋の店主のようだ。


『ええ なんでしょアッシュ様』

「お前んとこに ピークックの羽根 多量に持ってきてる奴いるか?」

『えーと うちには来ていませんね』

「 ・・・ 」

 アッシュは無言の圧力を相手にかけていた。

『・・・ ですが 他店から羽根は回ってきていますよ』

「どこだ?」

『え~ と それを簡単に答えてしまいますと ねぇ ?』

「あいかわらずだな おまえ」


 アッシュは割と本気でイライラしていた。彼は見る方角を市役所からパインの入った牛丼屋に視界を移す。


「!」

 その時、アッシュは狙っている獲物を発見した。


「あいつ モテるな ははっ」 『えっ どうしましたか?』

 アッシュは仕事が減った喜びで、つい声を漏らす。


 軽そうなバッグを背負うピンク色の髪の女。彼女はパインの自転車の前で「靴紐を結ぶような仕草」をしていた。


『あ~ でも ・・・ アッシュ様でしたら特別に! 教える事も可能ですよ!』

「ああ やっぱいいや じゃあな」 『ぇ...』 『ブツっ』


//////////////////////////////////////


 パインはものの数分で定食を食べ終え、水を飲み干す。


(なんで俺 こんな事してんだろ ・・・)

 彼はそう思い傷跡が残った自身の左耳を触る。

(あの川辺じゃなくて 自分の部屋に帰っても ・・・)

 ここ数日の苦行とまだまだ満たされていない腹の具合、それにポケットに入った報酬。それらのバランスをパインはボサボサの髪が生えた頭で考えた。


 またそうじゃない選択肢も彼は考える。山に戻ってしまうと、またあの灰色の髪の男にああでもないこうでもないと言われる。そもそも山に今から自転車を漕いで来いというのもおかしい。絶対頭がおかしい人だ。どこぞの青春ドラマだか映画だか、そんな理想的なシチュエーション(何かを達成するために奮闘するドラマ)に自分はいないはずだ。


(俺には ・・・)

 特に目立った目標もない。

 何かを成し遂げた経験すらない。

(わざわざ苦労する必要がどこにあるんだよ ・・・ )


(はぁ ・・・)


 パインはそれらの疑問になんの答えもないまま席を立った。


…。


 パインが店を出るとボロボロに使い古された愛車が目に飛び込んだ。


(この姿が俺ら ・・・ お似合いなのかもな)

 それを彼が見た瞬間、落ちていた気持ちが元の位置に戻ろうとしていた。


(そうだな ・・・ 帰ろう ・・・ !)

 パインが自転車の前輪を自宅への道とは180度別の道に切った。あの山へ。


 彼は心に強く何かを決意し、勢いをつけ、走った。


『『プス ガゴ ガゴッ ガゴガッ ガっ』』


 そのパインの決意に古い友は良い返事をしてくれないようだった。


「パンクかいっ!」

 そんな青年のツッコミに行く人々は誰も気づかずにいる。


(もういいや 走ろう とことんやってやる ・・・)

 そう決めポッケに手をやる。


 次に目に飛び込んできたのは青と白、赤にくるくると渦巻き回るサインポール。理容院だった。


…。


 彼は有り金を全額使い果たし、短くなった自身の髪を夜風に向かってかき上げる。


 短く切ったのはいつだったかと彼は考えるものの、思い出せなかった。しかし想像に反して引き締まった自分の顔に今切ったばかりの髪型は似合っていた。


(自転車は置かせてもらおう ・・・)


…。


「余裕 ・・・ だ」

 息も上がらず、ただひたすらに慣れ親しんだ町を彼は自らの足で走った。


 車は数多く、せわしなく横を通り抜ける。歩く人々はまばら。その光景が何度も何度も彼の目の前を過ぎていく。街灯が彼の走る道を優しく照らす。


 まるでパインの選んだ道が正解とでも言ってるようだった。


 何分彼は走っただろうか。街灯の数が減り、車の逆光で彼の足元は暗くなった。すると今度は少し先の大きな看板から放つ光が彼を応援していた。


 町は彼の背の後ろ。小さくなっていく。


…。


 真冬の夜道に青年の激しい呼吸と足音が鳴り響く。彼の行く道を大きく膨れ上がった月がその灯りを落とす。


 パインがあの女性と会った海沿いの草原は静まり返り、そこにもまた月の光が草原を白く反射させていた。


 彼の頭からじんわりと額に汗が落ちていた。


「はぁ はぁ」

 パインはこぶしを強く握った。勾配がついてきたその道をさらにスピードをあげて駆け上がる。


(やってやる ・・・)


//////////////////////////////////////


 パインの後方50メートルにピンク色の髪の女の走る姿がある。足取りは速く、彼女の白い顔の頬は赤くなっていた。辛そうな中に見せるどこか楽しんでいる表情。


(ちょっとぉ どこまで走るのよぉ~)

 なぜか彼女はパインの背中を追っていた。


//////////////////////////////////////


(ああ だりぃ)

 そしてそのさらにその後ろに中年の長身男がいた。

 中年の体にこの坂道は中々にきついはずである。

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