【第25話】役所 次なる門出
この日の役所は人、冒険者で溢れかえっていた。パインが1番最初にここに来た時よりも多い。やはり1日の仕事を終えてから役所に来る冒険者の方がはるかに多いのであろう。
人々の汗の匂いや獣の臭いがキレイな作りのこの建物に合っていなかった。所々で人々の昂った声が響き、彼の両親から聞かされた「冒険者像」が彼の頭の中で思い浮かび上がる。
アッシュはパインが見たことがない格好になっていた。キャップをかぶり、サングラスをかけている。小声でどうしたのかと問うと、人ごみの中、一々声をかけられたくないと彼が言った。
時間に厳しい彼ならではと「その時」パインは納得していた。
受付票を機械から出し、それを片手にもう二度とやるまいとリュックを腹に持ち変える。そして人の少ない、受付から少し離れた所で待つことにした。
アッシュとは一旦別れることになった。どうやらソファに座って本を読みたいようだった。
(自分の受付番号は316番 今対応しているのは280番)
なるほど、時間がかかりそうだとアッシュの様子にパインは納得した。
…。
待ち時間の間、パインは色々考え事をしていた。
冒険者は基本的に3〜4人のパーティーを組み行動する。1人でできることから始め、ある程度その生活ができるよう目処をつけることが第一目標。それができたら同じ意志を持つ者同士で組むのが定石だ。もちろん最初から組む者も居なくはないが。もし、その生活に慣れなければ足を洗い「低い評価値」のレッテルそのままに別の仕事を探すのがお決まりである。もしかすると自分はその後者を選ばざるを得なかったのかもしれない。今でもその不安は多少はあるものの、不思議と大丈夫だという「変な自信」があった。
(彼の お陰なのかな ・・・)
ふとアッシュの事が気になり、彼を遠目で探すとどうやらソファに座る事ができたようだ。静かに長い足を組み本を読んでいた。
…。
「よぉ 君は確か草原で会ったよな ・・・」
すると、先ほど草原であの女性から逃げてパインに「行かない方が良い」と声をかけてくれた駆け出しの冒険者2人組だ。
男2人はどちらともパインと年が近そうである。その中の背の低い細身で茶髪の童顔の男が声をかけてくれた方だ。もう1人は明らかに運動が苦手そうな体つきで長い黒い髪をしている。
「忠告したのにあっち行っちゃったから 腕のその傷やられたんだろ?」
茶髪の方がそう言ってきた。
「ああー」とパインは言い、もはや気にもとめていなかった腕の傷を触る。
「でも その羽根よく探せたね」
そう言われた。そして暇だったので、パインは彼らに事の顛末を話した。
「 ・・・ 」
「取られちゃいまして ・・・」
その説明を聞いていた黒髪の男の顔が引きつっていた。パインは気まずい話だったのかと少し考え、「自分がバカなだけです」と素直にそう言うと2人は少し安心していた。
「もう2週間も何も成果が上げれないので 僕らはもう別の仕事しようと思います」
茶髪の男がそう口にする。
それにパインはどう返事をしようかと迷っていた。
「あの その ・・・ 頑張ってください」
黒髪の男が小さな声でそう前に倣ってパインに言った。
どうやら2人とも冒険業に限界を迎えたようだ。「そうですか。残念です」とパインはそれに対して彼の本当の気持ちを言った。
(自分もこの選択肢がまだあるんだよな)
「では自分等はこれで ・・・・・」
パインが考えていると、2人はそう言い、そそくさと役所の出口に向かっていった。
…。
重たい目をこすりながら、パインは役所の喧噪を遠目で見ている。その時間は30分ほど。やっと電子掲示板にパインの「316番」の受付票の番号が電子音とともに書き出される。そしてのろのろと案内にあった受付まで彼は足を運んだ。
受付はこの前の女性ではなく、黒髪で背が高く細い目が印象的な女性であった。パインは彼女をきれいなお姉さんと認定した。だが、どちらかというとこの前会った人のほうが好みなようだ。
「うわっ」
いつの間にか今度はキャップを後ろに回したアッシュが背後にいる。その事に彼は驚き、声を漏らしてしまう。
(こわいからさ それ ・・・)
前もってパインはアッシュに羽根とイボ骨の交換をするように言われていた。アッシュは本を読んで待っているとばかり思っていたので彼は驚いてしまった。
「お疲れ様です ご用件をおっしゃって下さい」
まるで機械のように喋る女性だなと彼は思う。ふとその顔を見るとその声色と同様に無機質な表情がそこにあった。
(こうして何回も客の対応をしていると こうなるのか ・・・)
「えっと 交換してもらいたいものがありまして」
リュックの蓋を開け、パインは羽根とイボ骨を見せる。
「ではID証とそちらのお品物をこちらに」
受付の女性がそう言った。
「これと ・・・ これです」
パインは手作りのお盆なのか、どことなく見たことがあるようなその上に2つの依頼品を差し出した。
「え~~~~~っと はい IDカードをお願いします」
彼はついそのおぼんに目が行き、カードを出すのを忘れてしまう。
「すいません はい」
「ご用件は以上でよろしいでしょうか? 新しい依頼はお受けになりますか?」
彼女はそう言うとイボ骨の重さを知っているであろう、後ろのスタッフに運ぶよう指示をだしている。
後ろから『受けろ』と小さな声でそう言われる。
「受けます」
パインがそう返事をすると、この前に来たときと同様の書類のファイルが机の上に広げられる。
アッシュが待ってましたとばかりにその書類をパラパラと前かがみになりパインの後ろからめくる。そしてその中の1つで彼の手が止まる。
(これは獣というより魚か?)
それは可愛らしい目つきの金魚のような姿であった。
『これを受けろ』とまたさらに声のトーンを落としてアッシュはパインに指示を出した。断る理由も思いつかないパインはその依頼を受けたいと彼女に伝える。
「え~~~と こちらはまだパイン様の実績では難しいと思いますが それでもお受けしますか?」
(断る方が難しいんだよなぁ)
お願いしますとパインが言うと、女性は顔色1つ変えずに「かしこまりました」の一声。慣れた様子で機材に指を走らせる。そして業務的にこう話す。
「はい 依頼を発注いたしました こちらIDと受付票のお返しです」
「お次は換金所です また番号が掲示されますのでそれまで お手数ですがお待ちください」
「換金所はパイン様の左手 奥にお進みすると見えますのでそちらでお待ちください よろしくお願いいたします」
「ああ ありがとうございました では」
パインは早口で喋る女性に頭がついていけずどもってしまう。そう言ったあと、女性の言葉を思い起こし換金所付近まで足を運んだ。
(なんかさっぱりしてる人だったなぁ)
あっさりと1つの仕事を終えたこの受付の女。
実の所パインの後ろの男のことで少し動揺していた。
(ん~~ 気のせい 仕事仕事 ・・・)
嗅いだことのある匂いに無意識に彼女の鼻だけ動いていた。
パインが呼び出しを待つこと数分。
「「316番さぁ~~ん!!」」
掲示されているのにも関わらず、大きな声でそう呼ぶ男の声が役所の片隅で響く。
その声の主はこの役所の交換所の職員の男で、ぱっと見どちらが冒険者だよとツッコミを入れたくなるような風貌であった。がっちりとした体とオールバックの髪、体毛が所々にふさふさと無造作に生えている。自分達より前に呼ばれた冒険者もなんだか気まずそうにそこに赴くのを見るに、中々に厄介な人物という事が伺える。
「「は! はぁーい!」」
パインはその声に無駄に緊張してしまい、甲高い声を彼と同様に上げてしまう。アッシュがそれを聞くと「ちっ」と舌打ちし、どっかいけよとばかりに手でパインを払った。
『『ゲラゲラ バカがいんぞ ゲラゲラ』』
辺りから笑い声が湧いている。
「よぉ! らっしゃい! 316番さんねぇ 用意するから待っててくれ!」
パインが受付票を差し出すと気さくに男がそう言う。心なしか彼は安心していた。
名札を横目で見ると「スミス」と書かれていた。ここまで風貌と名前が一致するものなのかとパインは感心してしまった。
「へいお待ち!! いや兄ちゃん情けない顔によらず大したもん取ってくるんだなぁ! 感心感心!! あっはっは」
バカにされているのか褒められているのかよくわからないその言葉にパインは戸惑いを隠せない。
「しっかしこの羽根最近見てなかったな どこで採ったんだ?」
「すぐそこの草原です」
そうパインが答えると、スミスは険しい表情になる。
「だよなぁ おかしいよなぁ いつもならちらほらこれ採ってくる駆け出しどもがいるのによぉ」
「なぁ なんか変わった事なかったか?」
すぐにパインの頭にピンク色の髪の女性が思い浮かんだが、言ってしまうとアッシュにあとで怒られそうと彼は考えた。彼はその事を言わない事にした。
「いえ 特に ・・・ ただ探しにくかったです」
そう言うとスミスは濃いあごひげをごりごりと指でかく。
「そうか 数が減ってるなら依頼から外してもよさそうだな ありがとよ」
「いえいえ そんな ・・・・・・」
パインは知っている事を言わなかった事で少し気が重くなる。
「また待ってるからよ! 頑張れ!あんちゃん!」
パインはスミスにありがとうございましたと言い、その場を離れた。
(イボ骨てこんなに価値あるのか)
勘定された札束の入った封筒の中身をパインはまじまじと見つめる。前働いていた会社の1か月分ほどの報酬であった。そのほとんどがイボ骨の報酬で、羽根の報酬は1日分の食費程度であった。
「・・・ お待たせしましたぁ~」
受け取ったそれの額にパインの胸が躍った。アッシュに声をかけるが、どうやらまだ本を読んでいるようですぐに彼に返事が来なかった。
「うるせぇよ おまえ ・・・」
パインに返事をすると、彼を見ずに報酬が入った封筒をアッシュは強引につかみ取る。
「おまえの報酬は ・・・ これな」
パインが手渡された金額は2日分の食費くらいだろうか、99%ほどピンはねされてしまっていた。
「・・・ はぇ ・・・」
パインはアッシュに愚痴をこぼしそうになるが、彼に世話になっているのも確かなので口にたまった苦水を無理やり飲み込んだ。
「ちと野暮用できたから お前はそれで飯でも食って ・・・ そっからまたあの川辺までこい 別行動な」
「「えええええ 今からですか!?」」
今しがた飲み込んだ苦水を再度の苦言に思いっきりパインはアッシュに吐きこぼしてしまう。
「さっきから うるせえぞおまえ 文句あんのか?」
(・・・ ない けどさぁ ・・・)
パインは少しだけ休憩があるものだと思っていた。
「ないです ・・・」
ため息を抑えつつパインはアッシュに小さく言った。




