【第23話】下山
魔の力は時間が経つにつれその濃度を薄める。
自然の浄化作用。
山の森は何も変わらぬ顔をして朝日を迎え入れていた。
(あれ ・・・)
パインの耳に川ののどかな水の流れる音が入った。
なぜか彼は昨日作った木の土台の下に自分の下半身が入り、土台の丸太にしがみつくように寝ていた。
「ぃテテ ・・・」
パインは半ば筋トレをしているかのよう。その姿勢をしているのもあって、彼の胸と肩は痛んでいた。
彼は事態を確認しようとテントまで行く。
テント付近に設置している焚火の周りには昨日の食事の残骸がある。
「あっ ・・・」
そこの切り株に体を小さくして座るアッシュの姿があった。彼は目尻を押さえている。見るからに苦しそうだ。
「うぅ ・・・ 気持ち悪りぃ」
パインが近づくとうめき声のような声をアッシュはあげていた。
「だ 大丈夫ですか?」
パインがそう声をかける。いつもなら、2人できれいに片づけてから寝る。しかし今焚火周辺は散らかり放題、パーティーをした跡のようになっている。ここまでそこを荒らした覚えは彼にはなかった。
(な 何が起きた?)
パインは上を見上げ、何故か空を確認した。
(時刻は ・・・ 昼すぎか ・・・)
「あ~まじごめん ぎもちわりぃ ・・・」
パインが不思議なこれらの惨状を見ていると、申し訳なさそうにアッシュが語りだす。「俺の方が強く中ったわ。」これが彼から出た最初の言葉だった。
どうやら昨日夕食前に2人で採ったキノコに、食べちゃいけないものが混ざっていたそうだ。
アッシュが本片手に毒の有無を判断していた。しかし珍しく彼は間違えてしまった。以上。
…。
(えぇ~~っと ・・・)
パインは少し記憶と時間を巻き戻し、一連の昨夜の行動とそのキノコの味を思い出してみる。
久々に食べるあのキノコは肉の荒々しさを和らげてくれた。確かに一種独特の鼻に抜ける香りが薬品っぽさを演出してた気がした。それでもそいつが良いアクセントとなり非常に美味であった。
「ああ あの香りの良いキノコ ・・・ ですかね」
あの香りが少しクセになるなぁとか思っていたのをパインは思い出した。そしてそこから先の記憶が彼には飛んでしまっていた。
(な ・・・ なるほど?ね)
「悪い 多分そうゆうことだろ ・・・ 俺もお前も食べちまったようだな」
アッシュはまだ座っていた。
パインは分が悪そうなアッシュの姿に動揺した。だがそれ以上にこの状況に彼は笑えてしまっていた。
「ぶ ・・・ ぶはっ!!」」
「なにお前笑ってんだよ!」
その後2人は昨日のこの宴会会場を片付けた。
…。
片付けが終わり、アッシュがおもむろにイボアのイボ骨を2つ手に持つ。そして不出来な切り株椅子の上に「こつん」と乗せた。
(ん? ・・・)
「手合わせろ」
パインはアッシュにそう言われた。彼は「はい」と返事をし、アッシュと一緒になって手を合わせる。
手を合わせることでパインは出会った2匹のイボアとその荒々しい肉の味を思い出した。次第に彼の心が満たされていく。
(ありがとうございました ・・・)
「うし ちと町まで戻るぞ」
アッシュがイボ骨をリュックにしまう。
パインがそのリュックを背負い、バイクの荷台まで持っていく。
そして2人は昼過ぎの川辺を後にした。
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2人は、作ったログハウスの足掛かり、それと彼らと別れを惜しむように手を振る森の木々を背にして山を下っていく。
「おまえのチャリまで案内しろ 覚えてるだろ? あとさここまでの道のりも覚えとけよ?」
「わかりました えっとぉ ・・・」
2人ははこの山を下りきる直前に差し掛かった。
パインは見覚えのある交差点を曲がるようアッシュに指示する。彼は記憶を頼りに自転車を乗り捨てた所までアッシュを誘導した。
「あった ありました」
水色のベースカラーに白とオレンジのラインが入った町乗り用の自転車。とても冒険者が乗る代物ではない。もし、そうしたいのであれば改良が必要であるはず。
舗装された道路から少し森の大地が盛り上がっている所に自分の自転車が横たわっていた。
「おまえさ ・・・ こんなチャリで冒険者業務まると思ってたのか?」
「はい」とパインは答えた。当時の、今でもそうかもしれない、彼は自分の甘さを思い出し目線を下にやった。
「とりあえずこいつ持って役所まで来い それから ・・・」
アッシュはイボ骨と簡易的な道具一式が入ったあの山でもお世話になったリュックを荷台から取り出し、パインに投げ渡した。
「・・・ っと」
このリュック自体中々の重量がある。正直重いはずだ。パインは両手と体でリュックを受け止めた。
「帰り際にピークックの羽根も回収しとけよ 日が落ちるまでにだ いいな?」
『『ブゥウウウウーーーン!!』』 「えええええぇ ・・・」
アッシュがそう言うとパインの返事も待たずにバイクを走らせて行ってしまった。
(帰るだけで夕方頃な気がする ・・・)
今日は昼すぎまで寝てしまったのでもう大分日が回っていた。
(あぁあ ・・・)
パインはそう思いながら晴天を眺め、彼の愛車のペダルに足をかけ、走らせた。
川辺でのアッシュとの訓練の成果なのか、2コのイボ骨の重量を背負っているのにも関わらず、彼の体は軽かった。
ついこの間の経験が遠い過去の出来事のように彼の頭の中で再生される。例え上りの坂道であっても以前よりも彼はスピードを出すことができた。
(むしろ こいつの方がキツそうだ)
パインが視線を後部車輪に向けると、長く伸びた彼の金髪が風になびいて彼の目に入っていた。彼の想定に反してかなり時間を巻くことに彼は成功していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(よし ここらへんか ・・・)
パインは役所の案内にあったピークックの生息域の平原まで来ていた。
(ここから役所までは15分ほどか ・・・)
そう彼は思い、自分の足と自転車と空を見る。
空はまだ青みがかっており、獲物を探す時間が彼にはまだありそうだった。
…。
ここの草原には何故か1〜2メートルもの大きな岩が点在している。遠くには海が、少し首を回せば降りてきた山が見える。そういった独特の景色を演出している。膝丈ほどの草が群生しており、整備こそされていないが、何人もの冒険者がここに入るためなのか地面が踏み固められており非常に歩きやすい。
この時、パインはあの森で培った体力ならすぐにでも目的の獲物を見つけられるだろう、そう思っていた。
このリュックはおそらく40〜50キロはあるだろう、だがそれでも前にここに来た時よりもスムーズに彼は体を動かすことができていた。そうした自分の体の変化に彼の心は晴れやかだった。
『ドーン ・・・』
風の音に交じって花火のような音がこの草原で鳴り響いている。
(季節が違い過ぎるけどな ・・・)
パインは自転車を降りた。彼はその音を無視し、目的の獲物を見つけようと必死に走った。
しかし…。
(ま まずいな ・・・)
行けども行けども目的とするピークックを探すことがパインにはできない。
(どうしてだ ・・・ 一番初歩の獲物なのに ・・・)
空がオレンジ色になってきたことがさらにパインを焦らせた。
そしてそれにさらに輪をかけてパインを焦らせる要因があった。
他の駆け出し冒険者達が獲物を探すのを諦め、町に帰り出すのがパインの目に入ったことだ。
パインがアッシュの待つ役所に行くにはまだ荷物が足りない。
(はぁ ・・・ やばいやばい ・・・)
パインは草原を走る足をさらに加速させた。
…。
「俺ら下っ端にゃ採る機会 ほぼねぇじゃん」
パインとは逆方向に歩く1人の冒険者がそうぼやくのが彼の耳に入った。
「すいません! どういうことですか? ・・・」
パインは彼に挨拶し、なぜかと聞いてみる。すると草原の「ある」方角を彼は指さした。
「あっちへ行けばわかるよ ・・・」
そう半分笑みを浮かべた顔でその冒険者は言った。
とりあえず、そっちに行って確かめてみるしかないとパインは思った。彼はその方角へと身を走らせた。
『『ドーン』』
なぜか花火のような音がパインの耳に入ってきている、それは先ほどから彼は気にはしているのだが。
パインがその方角へ向かえば向かうほどその音は大きくなっていった。
(ああ ・・・ そっか まぁ冒険者だから 銃くらいは持つよな)
(だけど 駆け出しで銃持つのはかなり厳しいはず ・・・ 高いし)
やっとパインはその音が銃声だと気がつく。
そして、次に銃声が聞こえた後にその方角から1組の2人の駆け出し風情の冒険者が慌てた様子でパインの所まで走ってきていた。その内の1人がどうやら負傷しているのか片腕を抱えているのがパインには分かった。
「おい おまえ あっちには行かない方がいい」
冒険者がパインの側を通った際ににそう言った。
銃の主があの傷を負わせたのであろう。普通ならその助言に従い、同じように彼らと町へと帰るのが得策なのだろうが。そうパインは思った。
(うぅーん ・・・)
パインの脳裏にアッシュの長身から自分を威圧し見下す顔が映る。
『どっちもどっちか』
パインはそうつぶやき銃の主に会うべく、そこに向け走った。
…。
(あ ・・・ あれかぁ ・・・)
すると、岩の上で大きめの鳥を解体している様子の女性がパインの目に映った。
背は小さい、見るからに華奢で何をしにこんな所にと思うほどの風貌であったが、その隣に置かれたバッグにはピークックとおぼしき羽根の束がみっしりと並んで入っていた。彼女の頭から生えた2つの丸い髪の団子がより一層彼の目を引いた。
解体するのに用いる刃物を持つ右手と、いつでも撃てるようにと左手には彼女の身長の半分ほどの黒々とした大きな銃が握られている。ピンク色に染められた髪をパインは生まれて初めて見た。夕日に照らされた彼女の異様な姿に彼は圧倒されていた。
パインは顔を振り、頭の中を切り替えた。さっきの冒険者の助言通り近づかない方が良さそうだと少し時間が経ってから思ったのだが。
(でも 逃げられないんだよなあ ・・・)
「あのぉ~~」
パインは逃げたい気持ちと、義務感とが混ざる中、なんとかそうピンク髪の女性に声をかけることに成功した。
声をかけられた女性は銃をさっとパインに向け、銃を構える。
「何よ コソ泥ね!」
「いや ちがぃ 『『ズドーーーーン!』』
違うとパインがいい終わる前に彼は彼女に引き金を引かれた。
『ッテェ ・・・』
パインの左腕を弾がかすった。彼がそこを見ると出血している。アッシュに買ってもらったパーカーも破けてしまっていた。
「「違いますって!」」
あまりの唐突な攻撃にパインは腹がたち、叫ぶようにして女性にその言葉を言ってやった。
「だったら何の用?」
声を荒げられても何食わぬ顔をしているその女性はまだ銃をパインに構えたままそう言った。
「えっとピークックの羽根を探していまして ・・・」
「じゃあやっぱコソ泥じゃないの!」」
『チャキ』
再度引き金を引こうとする女性。
「違います!ただ銃声を聞いて!来たんです」
パインはまた撃たれるのも嫌なので少し濁してそう言った。
「ふん 邪魔だからどっかいって ・・・・」
彼女の銃と彼女のバッグから覗かせる羽根の束がパインの目に映る。ピークックがいない原因を彼女の様子からパインは悟った。
(全部あの女の子が ・・・)
それに話ができる相手でないことも同時に悟り、彼は帰ろうとした。
「失礼しました では ・・・」
(あぁぁあぁ また叱られる ・・・)
「ちょっとあんたそれ」
背を向け、パインが諦めようとしたその時、彼女から声が発せられた。
「はい」とパインが応じる間に銃片手にさっとその女性は岩から降りていた。彼女はとっくにピークックの解体を終えていたようだった。
(はやっ ・・・)
一連の動作からかなりそれらに慣れている事をパインは感じた。すたすたと彼女は動揺するその彼に近づいてきていた。
「それ イボ骨じゃなぁ~い?」
パインは彼女の声色にさらに動揺した。
少女と思っていたが、醸し出す雰囲気が大人のそれに変わったのに彼は気がついた。
「そうですが ・・・ ?」
危険な場面に出くわしたと思い、パインは身を構えた。
「それと ・・・・ あたしのこの羽根1本と交換だったらいいわよ?」
その女性は自慢げに羽根を自分に向け掲げる。
パインはその羽に羨望の眼差しを向けたが、彼の口は閉じたままだった。
(イボ骨はアッシュと一緒に獲ったものだからな ・・・)
「すいません 私だけのものではないので 自分でピークック!探します 失礼します!」
パインは狂気じみた女性とはすぐにでも離れるのが得策だと思った。そう彼女に吐き捨てるように言い、その場を離れようとした。
すると……。
「何よ何よ せっかくあたしが交換持ち出してあげたのに! いいわよ! あげるわよ! 大した価値ないし ホレっ!」
女性は急に少女のように喚き、持っていた羽根をポイとパインの方めがけて投げ捨てた。
パインはあまりのその女性の豹変ぶりに面食らってしまった。そして、今まで彼が考えていた事が頭の中からさぁと抜けていく。
パインに危機感が抜けたと同時に彼に湧いてきた感情があった。それは彼女の好意を無下にするのが嫌だということ。
沈みかけたオレンジ色の陽が彼を急かすよう、旗から見ればそんな姿だ。おずおずとパインは彼女の投げ捨てた羽を拾おうとしていた。
「ありがとう ございます ・・・ すいませんでした」
パインはそう言いお辞儀をした。
しかし、彼女は何も言わずにパインのすぐ目の前に立ち尽くし、彼の動きを凝視していた。
『よいしょ ・・・ っと』
パインはしゃがみ込み、草の上に浮く羽を拾い上げる。パインはピークックの羽を拾った。
すぐさま彼は感謝を伝えようとしていたが、喉まで出た言葉を飲み込んでいた。その時、ピンク髪の女性はそんな彼に後ろ姿を見せるのみだった。
(ちゃんと挨拶できなかったな ・・・)
パインはそう思った。だが同時に、今こうしてやっと手にすることができた念願の羽根に感動を覚えていた。
普通に鳥の羽根なんてまじまじとパインは見たことはない。だがこの羽根の大きさは普通の鳥の数倍あるように彼は感じた。まぁ、でもそれ以外は色も形もこれといった特徴は無い羽だった。
彼自身、心が晴れていくのが自分で分かると彼はリュックの隙間に羽をさっさとしまった。
(よし! ラッキーだ! ってことでいいよね ・・・)
パインの事を陽も待ってくれたようだ。彼の駆け足は次第に歩きへと変わっていった。
…。
汗も引き、パインはゆっくりと草原を下る。
草原の景色が夕日によってさらに神々しく輝かせる。それを見ていると、ちょっと前の体験が嘘だったような気がしてくる。そう彼は思った。
パインは気が抜け、歩みの速度をかなり落としていた。
(あれ ・・・)
自然とリュックも軽くなった気がする。気が楽になると、こう、体も楽になるもんだと誰かが言っていたのを彼は思い出した。
「よし!」
パインが自転車まで戻るとそう言い、愛車にまたがり町へとペダルを漕いだ。
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少女のような見た目の女性はパインの姿が彼女から見えなくなると岩の上に再度よじ登っていた。
彼女は久々の大物を手に入れたことで笑いを抑えられずにいる。
「ぷふっ しばらくこの羽根採らなくていいかもしれない」
そう独り言をいい、重くなったリュックを彼女は背負った。
「てかあいつバカすぎ ・・・・ でしょ」




