#5
「最初から出来レースだったんですか!? 俺たちは最初から当て馬だったんですか!?」
「落ち着いてください、セイレン様。断じてそんなつもりはありません」
掴みかかるような勢いで叫ぶ勇者を、ミルは営業スマイルで押しとどめる。
「相手がドラゴンじゃ、勝ち目なんてないでしょう! 単独で上位種ドラゴンよりも強い人間なんてどこにいるんですか!」
「ですが、王女様は……」
ミルの視線の先で、ツェレミアとドラゴンが戦っている。元の姿に戻ったドラゴンに比べれば、ツェレミアの体躯など豆粒のようだが、それでも彼女は怯むことなく剣を構え、ドラゴンの攻撃をかいくぐっては一撃を入れようとする。ドラゴンの爪がツェレミアの剣を受け止め、火花が散る。
「……いい勝負をしていらっしゃいますよ」
「さ、さすがは殿下……」
「いやホントすげーっすねあの王女様。どうなってんすかアレ」
頬杖を突いた次期魔王が呆れたように言う。
ドラゴンとツェレミアは、まるでダンスでも踊るように打ち合っては離れ、かいくぐり、空を舞い、炎を散らす。
「なんつーか……すげーお似合いっすね、あの二人」
「お、俺は断じて認めないぞ!」
「別にあんたの許可いらないっすよね?」
「む……」
やがてブラックドラゴンの尾がツェレミアの身体を掬い上げ、空中に投げ飛ばす。
それからドラゴンはやおら羽を広げて魔法を詠唱。その身体が光り、人間サイズへと縮小していき――
「あ」
――人型になったドラゴンは、空中でツェレミアの身体を捕まえ、その唇にキスをした。
◇
「は、破廉恥ですわぁ……」
そんなことを言いながらもツェレミアの頬が赤い。少年の姿に戻ったブラックドラゴンは、にこにことそんな彼女の様子を眺めている。
「や、やっぱりこんなの反則です! こういうとき、殿下のお相手は普通、パーティーメンバーから選ばれるものじゃないんですか!?」
「そんな決まりはありません」
ミルの身も蓋もない返事に、セイレンはがくりと肩を落とす。
「別に、ご希望があれば戦っても構いませんよ。ボクより強いことを証明できるのなら、お姫様も考えを変えるかもしれません。……ただし」
目を細めて、ドラゴンは男たちの顔を見る。
「あなた方との模擬試合は、お断りさせてもらいます。この強く麗しいお姫様を賭けて戦うということであれば、ボクはあくまで、全力で戦わせてもらいますよ。そうなれば命はもちろんのこと、遺品が残るかどうかも保証できません」
笑顔で告げるドラゴンだが、手を挙げる者はいない。ここで手を挙げたら最後、本当に消し炭にされそうだと判断したのだろう。こんなところまで来ている時点で、みな危機管理能力には優れている。
「ありがとうございます、ミル。話を聞いたときは半信半疑でしたが、素晴らしい女性との出会いの場を設けてくれて感謝しています」
ドラゴンに声をかけられ、ミルはぺこりと頭を下げる。
「ハッセ様の婚活のお手伝いができたこと、大変嬉しく思います。それでは、交際開始ということでよろしいですか? 交際期間中は、月会費の支払いは不要です」
「ええ。それでいいですよね、お姫様?」
「勿論ですわ」
戦っている間に何かが通じ合ったのか、まるで積年の伴侶を見るような瞳でツェレミアは頷いた。セイレンがハッと何かに気付いた顔をする。
「……そっちのドラゴンも結婚相談所の客かよ! 卑怯な!」
「まあ、会員を人間に限るなんて規定はないっすからねえ。オレ魔族だし」
「くそっ……俺も会員になれば、殿下のような素敵な女性を紹介してもらえるのか!? 俺を足蹴にしてくれる美しい人を!」
真っ先に出てくる条件がそれか! と言いたいのを、ミルはぐっとこらえた。結婚相手に求める基準は人それぞれであり、たとえそれがどんなに突飛なものであっても、それを否定してはいけない――というのがダリアの教えだ。
「我がエルヴィラ結婚相談所は国内外の二十以上の結婚相談所とも提携しておりますので、セイレン様がご入会いただけるのでしたら、もちろん全力でご希望に沿う方をお探ししますよ」
まずは面談させていただいて、お客様のご希望をお伺いいたします、とミルは明るい笑みを浮かべる。
「そういや、あのドラゴンさんにも、譲れない条件があったんすよね?」
「ええ。まず、同居婚をしてみたいので、上位種ドラゴン以外の知的種族がいい――というのがご要望でしたね。上位種ドラゴンは土地の魔力を根こそぎ食らってしまうので、別居婚が基本ですから。子供とも一緒に住めませんし」
あ、これ他の方には内緒ですよ、とミルが人差し指を立てると、次期魔王とセイレンは神妙な表情で頷いた。
「それでいて、自分に怯えない女性がいい、とのことでした」
「ああ、じゃあ魔族は無理っすね。こんなビリビリくる魔力の中で、怯えるなってのが無理な話っすよ。魔力に鈍感な人間がふさわしいわけだ」
「そうですね。でも普通の人間は、ドラゴンと聞いただけで怯えてしまいますから……なかなか難しい案件でした」
これまでドラゴンに引き合わせた女性たちの反応を思い出す。麺料理の店でドラゴンと親しくしていた女性でさえ、彼の正体を知ってしまっては平静でいられなかった。あれは見ていて辛かったな、とミルは思う。
「あれ、そういや子供って話をしてたっすけど、人間とドラゴンって子供は」
「最近の高度医療を使えばどうにかなるらしいですよ。すごいですね」
「マジすか……いや人間と魔族でも子供はできるし、そんなもんっすか……いや、でも寿命の差はあるっすよね!?」
「異種族と結婚するというのはそういうことですよ。他にも色々と大変なことはあるかと思いますが、それをお二人で乗り越えていくのが結婚ですから……」
「……そう言われると何も言えないっすねえ」




