石舞台
オサが過去を思い出していた頃、一方ワサビは宿の自室に居た。オサの言いつけを守っていたのだ。
しかし――
落ち着きなく部屋を歩き回り、明らかに暇を持て余していた。そろそろ日も沈む頃だ。歩き回ったのは昼であるから、これでもよく我慢したほうだろう。
「ヒマだなぁ。……でもオサが部屋に居ろって言ってたしなぁ……」
と、その時、ドアをノックする音がした。
「うん? 誰だろ? は~い」
ドアを開けると、そこに居たのは女将だった。
「あれ? 何か用ですか?」
「いやさ、今日は祭りがあるってことを教えるのを忘れていてね」
「えっ!? お祭り?」
目を輝かせるワサビ。
「そうさ。お芋様の祭りさ。折角だから案内してやろうと思ってね」
「案内してくれるの? でもオサが……」
「はぁ? 祭りに行ったら色んなおいしいものが食べられるよ」
「おいしいもの?」
言われて、おなかがぐう、と鳴った。よく考えれば、今日はポーチに入れておいた僅かな保存食しか食べていないのだ。
「わーい、行く行く~」
もう完全にオサの言いつけなど忘れていた。
「じゃあ行こうね」
女将は、どこか急かすように、ワサビの背中を押して部屋から出した。
ワサビは前を向いていたため気付かなかったが、女将の目には何かあやしい光が灯っていた。
石舞台に着いた頃には、すっかり日も暮れていた。
巨石群にもロープが張られ、それは町まで続いていた。もはやこの町でロープで結ばれていないところなどないと言える。
昼間ほとんど見かけなかった住民も、どこに隠れていたんだというくらいひしめき合っていた。
だが、とくに屋台のようなものはない。テーブルがいくつか並べられているが、めぼしいものはのっていなかった。
「あれ~? 食べ物は?」
「まだ準備中なのさ。そうさね……おーい、誰か飲み物持って来ておくれ」
女将がそう言うと、近くの町人が、コップを持って来た。女将はそれを受け取り、「ほれ、飲みな」と、ワサビに差し出した。中には白湯のような、やや白みがかった液体が入っていた。
「わーい、ありがとう!」
オサは水を取りに行ったっきりまだ帰っていない。喉はカラカラだった。
そのためワサビは、一気にそれを飲み干した。
すると直後、視界が歪んだ。
「あ……れ?」
急に、眠気が襲って来たのだ。
「おかしいな……まだ、眠りの日じゃない……はず……だけど……」
ふらふらと揺れながら、寝言のように呟き、最後には倒れた。
それを、女将はどこか嬉しそうに見ていた。いや、女将だけではない。周りにいた町人たちも、どこか希望に満ちたような眼で見ていた。




