ワサビ
そこは、うっそうと生い茂る森の中。つたが幾重にも絡まった木々。森というよりはジャングルに近いかもしれない。
その中でもひと際巨大な樹がある。オサはその枝にとまって瞑想にふけっていた。
その彼を呼ぶ者がいた。
「賢者どのー」
彼は声のした方――下方――を見た。
そこに居たのは二人の人間だった。
一人は熊のようながっしりとした体格をした男。もう一人は13歳あるいは14歳ほどの少女だった。
「賢者どの、話を聞いてくだされ」
男はオサに向かって呼びかけ続ける。
「なんじゃそうぞうしい」
瞑想を遮られ、オサはやや不機嫌そうに言った。
「私はヤクミ村のカラシという者です」
「ヤクミ……近くの集落じゃったな。で、何の用じゃ?」
「それが……この子の事で相談があるんです。ホレ、おめぇも挨拶しねぇか」
カラシは、少女の背中を押した。
「あ、うん。わたしは、ワサビ、えーと1、2……じゅうさんさいです!」
少女――ワサビは幼子のように指折り数えながら、自分の年齢を言った。
「む……」
「賢者どの、もうおわかりかも知れませんが、この子は体と心の年齢がちぐはぐなんです。それというのも……この子は週の半分は寝てしまうのです」
「どういうことじゃ?」
「原因はさっぱりわからんのですが、この子は3日間眠り続けるのです。かと言って残りの日に起きっぱなしてぇわけじゃないんです。そうして人の半分しか起きてねぇせいか、心も年の丁度半分くらいしか成長してねぇんです」
「ふむ……」
「このままじゃ、この子は悪い奴に騙されたりとかするかもしれねぇ。賢者どの、何とか治せませんか……?」
カラシは懇願の視線をオサに向けた。
オサは目をつむり、何やら考えて
「……ううむ。儂も長いこと生きてきたが、そのような症例は知らぬ」
と言った。
「そんな……」
カラシは肩をがっくりと落とす。
「しかし、じゃ。心が幼いのが、人の半分しか体験をせぬのが原因ならば、人より豊富に経験をすればよい。例えば――旅じゃな」
「なるほど……」
「で、お前さんはこの子を旅につれていけるかね? つまり、地理には明るいかね?」
「……お恥ずかしながら、おらはこの森を出たこともねぇ。地理はさっぱりでさぁ」
頭をかきながら、カラシは言った。
「よかろう。ならば儂が引率してやらんこともない」
「えっ……?」
「人の足では行ける場所は限られておるし、時間がかかりすぎる。それではおそらく経験が足りぬ。儂の背に乗り旅をするならば解決できるじゃろう」
「いいの……ですか?」
「じゃが、儂の背に乗れるのは一人じゃ。娘を儂に預ける覚悟はあるか?」
オサの言葉を受け、カラシは唸りながらしばらく考え込み……
「……わかりました。お任せします」
と絞り出すように言った。
「重畳。ならば、あとは本人の気持ちだけじゃ。ワサビと言ったか? 父と離れて、旅が出来るかね?」
オサの言葉を、ワサビはじっと聞いていた。
そして、ゆっくり口を開いた。
「……あたしは頭がよくないから……それでお父さんにメイワクをかけてるから、行くよっ」
元気よく言ったが、瞳には涙が浮かんでおり、やせがまんをしているのは明白だった。
「……ふっ……カラシよ……。この子はお前が思っているより賢いかもしれぬぞ」
オサがひどく愉快そうに言った。
「……へ?」
何が何だかわかっていない親子を尻目に、オサだけが楽しそうに笑っていた。




