第一話 顔合わせ
戦争が終わったわけではない。
ただ。
防衛線が、
ようやく止まっただけだった。
日本本土防衛戦終了から数日後。
第88機動艦隊。
通称《斬光艦隊》は、
再編と修理のため、
外洋大型艦用修理区画へ停泊していた。
巨大海上施設。
浮遊ドック。
海上へ幾重にも広がる整備区画。
巨大クレーン群。
補修艦。
作業艇。
通常艦隊用ドックとは、
明らかに規模が違っていた。
その中央。
斬光。
静かだった。
あれほど空を埋めていた航空甲板は止まり。
回転循環甲板も、
今は完全停止している。
砲火も。
発艦音もない。
ただ。
鈍い金属音だけが響いていた。
修理。
溶接。
整備。
巨大な異形艦は、
まるで眠っている生物のようだった。
だが。
近づくと分かる。
傷だらけだった。
装甲は焼け。
飛行甲板は裂け。
各所へ応急補修痕が走っている。
それでも。
沈まなかった。
その事実だけが、
異様だった。
浮遊ドック上層通路。
台湾士官が、
呆然と上を見上げる。
「……これが。」
「斬光……。」
その隣。
中国技術士官は、
巨大修理設備群を見ていた。
視線が止まる。
回転甲板固定設備。
大型支持アーム。
循環甲板補修レール。
通常艦には存在しない設備。
技術士官が小さく呟く。
「最初から……。」
「存在していたのか。」
整備班長が煙草を咥えたまま答える。
「そりゃそうだ。」
「じゃなきゃ修理できねぇ。」
技術士官が眉を寄せる。
「いや、そういう意味ではなく。」
視線は、
海上へ並ぶ巨大設備へ向いている。
「第三世代艦専用浮遊ドックなど、
普通は先に作らない。」
短い沈黙。
整備班長が肩をすくめる。
「作ったんだよ。」
「最初から。」
その時。
米軍士官が低く言う。
「……狂ってる。」
整備班長が笑った。
「設計した奴がな。」
全員、
何も言えなくなる。
そうだった。
斬光。
回転循環甲板。
空を止めない思想。
そして。
この巨大浮遊ドック。
全部、
あの狂人設計者が残したものだった。
通常港湾では、
斬光は修理できない。
大きすぎる。
重すぎる。
特殊すぎる。
だから。
最初から、
専用修理区画まで設計されていた。
中国技術士官が、
ようやく理解したように呟く。
「……艦ではない。」
「一つの兵器体系だ。」
整備班長が笑う。
「今さら気づいたか。」
その時。
巨大修理アームが動く。
鈍い駆動音。
斬光外装装甲を持ち上げる。
停止した回転甲板。
眠る蒼刃航空隊機。
焼けた飛行甲板。
座ったまま眠る整備員。
その全てが、
異様だった。
台湾士官が小さく呟く。
「戦場では、
化け物に見えました。」
そのあと。
少し迷って続ける。
「でも今は……。」
言葉が止まる。
代わりに。
椿艦長が静かに言った。
「疲れてるだけですよ。」
柔らかい声だった。
その瞬間。
台湾士官の表情が少し変わる。
初めて、
化け物ではなく、
人の艦隊に見えた。
その後。
浮遊ドック上層会議室。
第88主要艦長たちが並ぶ。
美鈴。
副長。
風間。
整備班長。
特務戦艦艦長たち。
椿艦長。
全員疲れ切っていた。
それでも席には着いている。
その時。
国際統合会議所属士官が前へ出る。
「第88機動艦隊を、
特殊外洋機動艦隊として再編します。」
「外洋脅威対応、
深海域行動、
国際共同作戦権限を付与。」
「また各国協力士官を正式派遣。」
短い沈黙。
続けて。
「監視協力体制も同時に敷かれます。」
監視。
その単語だけ、
少し空気が変わる。
だが。
誰も否定しなかった。
当然だった。
斬光は、
常識外だった。
米軍士官が敬礼する。
「ハワイ戦線では世話になった。」
「今回は連絡将校として来た。」
「……借りを返しにな。」
風間が小さく笑う。
「義理堅ぇな。」
中国技術士官。
「第三世代艦理論。」
「理解はできる。」
短い沈黙。
「だが、
実運用が理解できない。」
整備班長が吹き出す。
「俺たちも時々わからん。」
部屋に、
少しだけ笑いが起きる。
久しぶりの空気だった。
最後。
台湾士官が静かに敬礼する。
「本土防衛戦、
共に戦えて光栄でした。」
そして。
窓の向こう。
静かに眠る斬光を見る。
まるで巨大生物だった。
その時。
美鈴が静かに言う。
「第88は再編されます。」
短い沈黙。
続けて。
「ですが。」
「やることは変わりません。」
外洋。
未知海域。
深海域。
ドラゴンズシー。
まだ誰も知らない海が、
その先に広がっている。
美鈴は静かな斬光を見ながら、
小さく告げた。
「空を止めません。」
止まっているはずの斬光が。
その瞬間だけ、
また動き出しそうに見えた。




