第二十三話 戦線維持
海は、まだ燃えていた。
終わらない。
どれだけ撃っても。
どれだけ沈めても。
黒い群れは押し寄せてくる。
第七機動艦隊。
第88機動艦隊。
第一機動艦隊。
全てが限界へ近づいていた。
だが。
誰も退かない。
退けば終わる。
それを、
全員が理解していた。
第88先行駆逐群。
島風。
雪風。
月影。
孤狼。
森風。
その全艦が被弾していた。
黒煙。
炎上。
損傷。
それでも。
速度を落とさない。
月影艦橋。
警報が鳴り続けている。
「左舷損傷拡大!」
「応急班追いつきません!」
若い艦長が短く言う。
「沈んでない。」
「なら走れる。」
部下が笑った。
疲れ切った笑いだった。
それでも。
誰も止まろうとしない。
孤狼。
敵群中央。
被弾。
火災。
それでもなお、
黒い群れへ食らいついている。
完全に牙だった。
森風はさらに酷かった。
回収。
護衛。
戦闘。
全部を同時にやっていた。
損傷艦を守りながら、
なお前へ出ている。
若い艦長が吐き捨てる。
「まだ拾える。」
「沈ませるな。」
その声にも、
疲労が滲んでいた。
だが。
折れてはいない。
その後方。
第二陣駆逐群もすでに限界が近い。
弾薬不足。
疲労。
損傷。
それでも。
誰も戦列を離れない。
理由は一つだった。
斬光。
そして椿。
あれだけは沈ませない。
その意思だけで、
全員が立っていた。
特務戦艦群。
重巡群。
巡洋艦群。
全て同じだった。
砲撃。
迎撃。
防衛。
受け止める。
ただひたすら、
壁として立ち続ける。
特務戦艦艦橋。
「正面敵群接近。」
重い声。
「受け止める。」
巨大砲塔旋回。
轟音。
黒海へ叩き込まれる一撃。
だが。
群れは止まらない。
押してくる。
うごめく。
終わりがない。
重巡艦長が呟く。
「……本当に海そのものだな。」
誰も否定できなかった。
その時。
右翼側。
岳陵。
被弾。
艦橋が揺れる。
警報。
通信途絶。
副官。
「飛行甲板損傷拡大!」
「着艦危険!」
岳陵艦長。
「発艦優先。」
「止めるな。」
第二世代だった。
空を止めない。
それだけは、
最後まで崩さない。
その後方。
斬光。
さらに異常だった。
航空甲板。
赤灯。
怒号。
工具音。
爆音。
整備員たちの目は死んでいた。
眠れていない。
食えていない。
それでも。
手だけは止まらない。
蒼刃航空隊。
発艦。
帰投。
補給。
再発艦。
循環。
止めない。
防御班も限界だった。
対空迎撃。
直掩。
防衛。
それでも。
斬光と椿へ近づけさせない。
それが全員の意地だった。
風間機。
空。
炎。
黒煙。
被弾した敵機が海へ落ちる。
その向こう。
また黒い影。
若手エース候補が息を荒げる。
「数が……減らない……!」
風間が低く返す。
「減らすな。」
「止めろ。」
それだけだった。
撃ち尽くす戦いじゃない。
持たせる戦いだった。
その時。
第一機動艦隊。
大狼型。
本土直衛艦隊。
ついに前へ出る。
巨大な艦影。
重厚な波。
その姿を見た第七艦隊通信士が呟く。
「……親父が前へ出てきた。」
空気が変わる。
第一機動艦隊。
本土最後の壁。
それが、
ついに戦線前方へ出てきた。
通信。
低い声。
『第七。』
『第88。』
短い沈黙。
続けて。
『あと十二時間だ。』
『そこまで持たせるぞ。』
それだけだった。
だが。
誰も下を向かない。
もう限界だった。
身体も。
精神も。
艦も。
空も。
全部が壊れかけていた。
それでも。
まだ戦線は崩れていない。
海の向こう。
夜のさらに向こう。
米太平洋艦隊先遣航空隊が、
こちらへ向かっていた。
あと十二時間。
それが、
果てしなく遠かった。




