第二十話 到着
黒い海だった。
炎。
砲煙。
沈みきらない残骸。
その全てを呑み込みながら、
黒い群れが本土へ押し寄せている。
第七機動艦隊。
損耗率二割。
だが実際は、
とっくに限界だった。
飛行甲板は穴だらけ。
消火班は休む暇もない。
弾薬も尽き始めている。
それでも。
誰一人、退かなかった。
『左舷敵群接近!』
『迎撃継続!』
『第三防衛線維持!』
怒号。
爆音。
衝撃。
空が赤く染まる。
その時だった。
後方海域。
巨大な航跡。
海そのものを切り裂きながら、
異形艦が現れる。
第88機動艦隊旗艦。
《斬光》。
その姿を見た瞬間。
第七艦隊艦橋の空気が変わった。
「……来た。」
誰かが呟く。
その直後。
斬光艦橋。
副長。
「戦域到達。」
「第七機動艦隊との連携回線接続完了。」
「敵群、本土方向へ突破継続中。」
美鈴は短く言った。
「全機発艦。」
即答だった。
航空甲板。
赤灯。
怒号。
蒼刃航空隊。
次々と発艦していく。
戦闘機。
艦爆。
雷撃機。
空が埋まる。
さらに。
一航戦三隻。
《蒼嵐》。
《蒼山》。
《岳陵》。
残存航空隊も一斉発艦。
直掩最低限十機のみ残置。
残り全て。
戦域投入。
空が変わった。
それまで押し潰されていた防空圏へ、
蒼い刃が突き刺さる。
第七艦隊通信士が呟く。
「……止まらない。」
発艦。
着艦。
補給。
再発艦。
斬光だけが異常だった。
中国航空隊指揮官が低く言う。
「あの艦……。」
隣の士官。
「空母か?」
違う。
航空機。
護衛艦。
対空砲火。
発艦。
着艦。
全てが一体化している。
「……艦隊か。」
だが。
黒海を切り裂きながら進む異形艦を見続けた後、
誰かが小さく否定した。
「いや。」
「違う。」
海上を移動する戦場。
砲火そのもの。
「あれは……。」
「動く要塞だ。」
その時だった。
第88先行駆逐群。
雪風。
島風。
森風。
月影。
《孤狼》。
五隻が敵群中央へ突入。
白波。
砲火。
爆炎。
その全てを突き破る。
槍の穂先だった。
黒い群れを食い破るように、
一直線に突っ込んでいく。
その裂け目へ。
今度は重巡群が食い込む。
砲撃。
雷撃。
近接戦。
海面そのものが爆発していた。
さらにその後方。
特務戦艦二隻。
重厚な艦影が前へ出る。
巨大砲塔旋回。
敵群正面。
完全に受け止める構え。
艦橋。
低い声。
「防衛線を抜かせるな。」
それだけだった。
重い。
城壁そのものだった。
そのさらに後方。
《椿》。
補給。
修理。
救護。
傷ついた艦を飲み込みながら、
なお艦隊を支え続けている。
そして。
その椿を守るように、
《紡》。
《水源》。
護衛駆逐群が展開。
第88機動艦隊。
通称《斬光艦隊》。
それは艦隊ではなかった。
一つの巨大な戦争機構だった。
空では蒼刃航空隊が乱舞する。
雷撃。
急降下。
迎撃。
撃墜。
だが。
落としても。
落としても。
黒い群れは減らない。
うごめいている。
増えているようにすら見える。
若手エース候補が息を呑む。
「終わりが……ない。」
風間が低く吐く。
「だから止め続ける。」
短い。
だが。
それしかなかった。
その時。
別回線。
『第一機動艦隊健在。』
続けて。
重く。
腹へ響く声。
『第七、持たせろ。』
『第88、暴れろ。』
『後ろは俺たちが止める。』
親父の声だった。
その言葉だけで。
第七艦隊の空気が変わる。
誰も諦めなくなる。
その瞬間。
第88航空隊。
第二波発艦開始。
空が再び埋まる。
蒼い刃が。
黒い群れへ向かって、
再び突き刺さっていった。




