第十九話 日本外縁防衛線
日本外縁防衛線。
第七機動艦隊。
そこは、すでに戦場だった。
海が見えない。
黒。
黒。
黒。
艦影。
機影。
砲煙。
炎。
その全てが重なり合い、
水平線そのものが消えていた。
それは艦隊ではなかった。
群れだった。
海を埋める黒い何か。
うごめくもの。
生物のように。
波のように。
黒い群れが、本土へ向かって押し寄せていた。
第七機動艦隊旗艦《岳陵》。
艦橋。
「右舷前方、敵航空群!」
「対空迎撃継続!」
「天陵中破!」
「飛行甲板損傷拡大!」
怒号。
警報。
着弾音。
艦橋が揺れる。
それでも。
誰一人、持ち場を離れない。
第七機動艦隊損耗率二割。
だが。
それは“まだ二割”ではなかった。
無理矢理。
持たせている。
それが正しかった。
中破した《天陵》は、それでも発艦を続けていた。
飛行甲板各所炎上。
誘導灯半壊。
煙が風に流れる。
その中を。
無理矢理戦闘機が飛び立っていく。
艦橋士官が呟く。
「……まだ飛ばすのか。」
天陵艦長は前を見たまま答えた。
「止めたら終わる。」
短かった。
だが。
誰も否定できない。
その時だった。
通信士。
「第88機動艦隊索敵群接近!」
岳陵艦橋の空気が変わる。
さらに。
「護衛戦闘機群確認!」
「総数四十!」
空。
黒煙の向こう。
別編隊。
最初、一瞬だけ緊張が走る。
敵か。
違う。
「識別信号一致!」
「第88機動艦隊!」
その直後だった。
別方向から、さらに機影。
岳陵通信士。
「新編隊接近!」
「数十!」
艦橋が張り詰める。
副官。
「敵増援か!?」
識別。
一瞬遅れる。
そして。
「中国航空隊です!」
誰かが息を吐いた。
黒い空へ。
中国航空隊がそのまま突入していく。
第七艦隊士官が呆然と呟く。
「……来たのか。」
さらに通信。
「台湾支援艦隊急行中!」
「航空支援先行!」
世界が動いていた。
だが。
まだ、この場を支えているのは。
第七機動艦隊だった。
索敵隊隊長機。
風間。
その視界の先。
海が消えていた。
黒い群れ。
重なり合う敵影。
動いている。
うごめいている。
その密集は、生物じみていた。
若手エース候補が息を呑む。
「……なんですか、あれ。」
風間が低く吐く。
「地獄だ。」
その一言だけだった。
風間が通信を開く。
「第88索敵隊より入電!」
「敵群、本土方面へ突破継続中!」
「第七機動艦隊、現在も戦闘継続!」
一瞬、沈黙。
その後。
風間が続けた。
「……まだ持っています。」
その報告が。
第七。
第1。
そして後方を進む第88本隊へ飛ぶ。
その時だった。
海面。
白波。
一直線。
五隻。
速度を落とさない。
敵砲火の中へ、そのまま突っ込んでくる。
雪風。
島風。
森風。
月影。
《孤狼》。
第88先行駆逐群。
まるで槍の穂先だった。
黒い群れを食い破るように突撃してくる。
月影艦橋。
若い艦長が前を見据える。
「針路固定。」
「敵群中央突破。」
部下が振り返る。
「中央ですか!?」
「危険すぎます!」
月影艦長。
「だから先行なんだろ。」
静かだった。
森風は左翼側へ進路変更。
「左翼側生存艦多数。」
「回収支援に入る。」
こちらは冷静だった。
孤狼はさらに前へ出る。
牙のように。
敵群へ食らいつく。
その瞬間。
第七艦隊側通信。
「第88駆逐群、到達!」
「先行艦隊戦闘開始!」
空。
海。
砲火。
全てがさらに激しさを増す。
だが。
まだ崩れていない。
第七も。
第1も。
世界も。
まだ踏み止まっていた。
その直後。
別回線。
低い声が入る。
『第一機動艦隊健在。』
短い沈黙。
続けて。
重く。
腹の底へ響く声。
『……後ろは任せろ。』
それだけだった。
だが。
第七艦隊艦橋の空気が変わる。
誰かが小さく笑った。
「親父がいる。」
その言葉だけで。
まだ戦える気がした。
そして。
後方海域。
巨大な航跡。
黒い海そのものを切り裂くように。
異形艦が迫っていた。
第88機動艦隊旗艦。
《斬光》。
本隊到着まで、
あとわずかだった。




