第十七話 噂
ハワイ。
戦闘終結から二日後。
港は、ようやく静けさを取り戻し始めていた。
まだ黒煙は残る。
損傷艦も多い。
だが。
人々の顔には、生き残った安堵があった。
第88機動艦隊も、一時停泊。
補給。
修理。
休養。
久しぶりに、艦隊へ“休み”が来ていた。
夜。
港湾区画。
簡易的な祝宴が開かれていた。
日米混合。
酒。
缶詰。
乾パン。
保存食。
それでも、皆笑っていた。
「生きてるだけで上等だ!」
米軍水兵が笑う。
整備班長も大笑いしていた。
「はっはっは!」
「お前らよくあの空で飛べるな!」
米軍航空兵も笑い返す。
『そっちこそだ!』
『あの空母どうなってる!』
『発艦止まらなかったぞ!』
風間は酒瓶片手に笑っていた。
「止めたら負けだからな。」
周囲が笑う。
若手エース候補も、その輪に混ざっていた。
最初は緊張していた。
だが今は違う。
米軍若手パイロットと地図を広げながら話している。
言葉は完全には通じない。
それでも。
空を飛んだ者同士だった。
その少し離れた場所。
美鈴は静かに酒を飲んでいた。
副長も隣にいる。
騒ぎには加わらない。
ただ。
艦隊の様子を見ていた。
さらに奥。
椿艦長は負傷兵たちを見回っていた。
「無理して飲みすぎないでくださいね。」
柔らかい声。
それだけで、兵たちが少し笑う。
その時だった。
酔った米軍海兵隊員が、美鈴たちの方へやってくる。
『おお!』
『日本艦隊の美女組だ!』
周囲爆笑。
整備班長が吹き出した。
「おいおい始まったぞ!」
海兵隊員は、美鈴へ陽気に敬礼した。
『提督殿!』
『ぜひ一杯!』
美鈴は小さく笑う。
「今は休暇中ですので。」
軽くかわす。
海兵隊員。
「おおー!」
「慣れてる!」
さらに別の海兵隊員。
今度は副長へ。
『あなたも!』
副長。
「酔っていますね。」
終了。
周囲爆笑。
「つえぇ!」
「冷たっ!」
さらに別方向。
椿艦長へも声が飛ぶ。
『あなたもぜひ!』
『一緒に飲みましょう!』
椿艦長は困ったように笑った。
「今日は皆さんを休ませる側ですから。」
優しい断り方だった。
すると。
風間が横から笑う。
「やめとけ。」
「椿艦長怒らせると補給止まるぞ。」
一瞬静止。
海兵隊員たちが青ざめる。
『それは困る!!』
大爆笑。
その空気を。
医務長が遠くから冷めた目で見ていた。
「騒ぐのは構わん。」
「だが倒れたら寝かせる。」
全員少し静かになる。
だが。
すぐまた笑い声が戻った。
その頃。
港の端。
少し離れた場所。
観測索敵士が、静かな海を見ていた。
その隣へ。
年老いた米軍水兵がやってくる。
皺だらけの顔。
疲れ切った目。
男は小さく言った。
『……お前さんたち。』
『南東へ行くのか。』
観測索敵士が振り返る。
「……どうしてですか。」
老人は海を見る。
黒い夜の海。
その先。
南東。
『あの海は、昔からおかしい。』
『船が消える。』
『飛行機も戻らん。』
『羅針盤も狂う。』
『黒い霧が出る。』
観測索敵士の表情が変わる。
老人は続けた。
『俺たちは昔、あそこをこう呼んでた。』
短い沈黙。
『ドラゴンシー。』
風が吹く。
遠く。
暗い海。
そこだけ。
夜の色が違って見えた。
その時だった。
風間の大声。
「おーい!」
「何暗い顔してんだ!」
「今日は生き残った日だぞ!」
港の空気が戻る。
笑い声。
酒。
騒ぎ声。
だが。
観測索敵士だけは、南東の海から目を離せなかった。




