第十話 異常性
空が燃えていた。
第88機動艦隊。
そして模倣体艦隊。
両軍航空隊が激突した瞬間。
南東外縁海域は、一気に戦場へ変わった。
「直掩隊、上だ!」
「艦爆隊は抜けろ!」
風間の怒声が無線へ響く。
空戦。
機銃火線。
爆炎。
通常航空戦と変わらない。
だが。
相手だけが違った。
「落ちねぇ!?」
味方戦闘機の叫び。
敵機へ直撃。
通常なら空中分解してもおかしくない。
だが。
黒い敵機は姿勢を崩さない。
滑る。
そのまま空を裂いて迫ってくる。
「化け物かよ!」
風間は即座に旋回。
背後を取ろうとした敵機へ撃ち込む。
命中。
敵機体表面が歪む。
だが。
燃えない。
煙も薄い。
まるで鋼鉄そのものが飛んでいるようだった。
「気味悪ぃ……!」
その頃。
斬光艦橋。
「敵機群接近!」
「右舷上空!」
観測索敵士が叫ぶ。
対空防御長が即座に命じた。
「撃て。」
次の瞬間。
斬光全対空砲群が火を吹いた。
対空砲。
機銃。
火線。
巨大空母そのものが要塞へ変わる。
「近づけるな。」
低い声。
だが。
殺気に満ちていた。
敵機が突っ込んでくる。
通常機なら回避不能の対空弾幕。
だが。
敵機は滑るように火線を抜ける。
「軌道が異常です!」
観測索敵士が叫ぶ。
「通常回避ではありません!」
対空防御長の目が細まる。
「……人間の動きじゃない。」
その瞬間。
一機の敵機が弾幕を突破した。
「来る!」
艦橋が緊張する。
だが次の瞬間。
横合いから直掩機が割り込んだ。
風間隊。
機銃火線。
敵機へ直撃。
敵機は空中で歪み――
消えた。
爆発ではない。
炎上でもない。
まるで影が霧散するように。
空から消失した。
一瞬。
全員が言葉を失う。
風間も目を見開いた。
「……は?」
敵機は消えた。
残骸がない。
煙もない。
何も落ちてこない。
だが。
考える暇はなかった。
次の敵が来る。
「第二波!」
「上空!」
再び空戦が激化する。
その頃。
海上では随伴艦隊も交戦へ入っていた。
敵艦隊接近。
巡洋艦主砲発射。
駆逐艦群が左右へ展開する。
固定しない。
止まらない。
流動防御。
斬光を守るための機動陣形。
「右舷敵艦接近!」
「距離六千!」
艦長が笑う。
「近ぇな。」
その目は完全に戦場の男だった。
「巡洋艦、撃ち方始め!」
砲撃開始。
海面へ巨大水柱が立つ。
敵艦隊側も反撃を開始した。
だが。
おかしい。
被弾しても。
敵艦は炎上しない。
煙が薄い。
そして。
波を殺したまま進んでくる。
「何なんだ、あいつら……!」
駆逐艦側から悲鳴混じりの通信。
次の瞬間。
敵砲撃。
一隻の駆逐艦艦尾付近へ着弾。
爆炎。
艦橋が揺れる。
観測索敵士が叫ぶ。
「味方艦被弾!」
その瞬間。
美鈴の心が止まりかける。
被害。
負傷。
沈没。
提督としての最悪が頭を過る。
だが。
次々と報告が飛び込む。
「火災軽微!」
「航行維持!」
「戦闘継続可能!」
美鈴は一瞬だけ目を閉じた。
ほんの数秒。
その間にも戦場は動き続けている。
艦長が低く呼ぶ。
「提督。」
美鈴は目を開いた。
艦長は笑っていた。
「止まったら終わりですぜ。」
その言葉で。
美鈴は戻る。
「航空隊、敵空母型優先。」
「雷撃隊、左翼群へ。」
「駆逐群は防御線維持。」
命令が飛ぶ。
斬光が動く。
循環甲板が回る。
被弾機帰還。
整備。
再装填。
再発艦。
止まらない。
止まれない。
整備班長が怒鳴る。
「流せぇ!」
「空を止めるな!」
損傷機が甲板へ降りる。
穴だらけの機体。
血まみれの搭乗員。
だが。
整備員たちは即座に次機を押し流す。
「次行け!」
「止まるな!」
「まだ飛ばせる!」
医務室では負傷者搬入が始まっていた。
医務長は淡々としている。
「次。」
「止血。」
「重傷者後ろへ。」
静かな声。
だが。
そこには既に戦場の現実があった。
そして。
数時間後。
模倣体艦隊は後退を始めた。
敵機群も消えていく。
海域へ静寂が戻る。
だが。
誰も勝ったとは思わなかった。
観測索敵士が呟く。
「……数が合いません。」
艦橋が静まる。
「敵撃墜数と……消失数が一致しません。」
副長も静かに海を見ていた。
「残骸もない。」
海には何も浮いていなかった。
撃墜したはずだった。
撃沈したはずだった。
だが。
そこには何も残っていない。
静かな海だけが広がっていた。
まるで最初から。
何も存在していなかったかのように。




