私の足で選ぶ 前編
王都へ辿り着いたアリシア。
彼女が求めたのは、夫・ジギスムントの救済でした。
王都ブリュードが見えた頃、アリシアは息を呑んだ。
「……え」
王都の空を、黒煙が覆っている。
遠くでは悲鳴が響き、城壁の上を兵士たちが慌ただしく走っていた。
戦争というより、災害だ。
馬車が速度を落とすと、護衛の一人が険しい表情で振り返った。
「殿下。これ以上は危険です」
門前は混乱していた。
避難民、負傷兵、物資を運ぶ兵士。
怒号と泣き声が入り混じり、誰もが必死に動いている。
その中で、サンドランド王家の紋章を掲げた馬車は、あまりにも目立っていた。
当然だった。
今のサンドランドは、王都ブリュードにとって敵国なのだから。
「止まれ!」
「所属を名乗れ!」
門兵たちが一斉に武器を構える。
護衛が前に出た。
「サンドランド王家直属護衛だ! 敵対する意思はない!」
一瞬で、周囲の空気が凍りついた。
「……サンドランドだと?」
「捕縛しろ!」
剣が抜かれる。
その瞬間、アリシアは馬車の扉を開いた。
「殿下!」
護衛の制止を振り切り、自ら地面へ降りる。
冷たい風が外套を揺らした。
足が震えている。
それでも、アリシアは前へ進んだ。
「武器はありません」
小さな声だった。
だが、震えながらも真っ直ぐに門兵を見つめる。
「私は、サンドランド王女アリシアです」
一拍置いて、頭を下げた。
「王族としての礼を受けることと、ヒマリ女王への取次ぎをお願いします」
門兵たちが顔を見合わせる。
「王女……?」
「サンドランドの王女が、なぜここへ……」
疑念と警戒が入り混じる。
それでも、アリシアは逃げなかった。
「お願いです」
もう一度、深く頭を下げる。
「疑惑が消えぬのであれば、捕虜としての扱いでも構いません」
その言葉を聞いた年配の兵士が、小さく息を吐いた。
「我々では判断できん……フェルマー様に確認を取れ」
◆
しばらくして、慌ただしい足音が近づいてきた。
現れたのは、フェルマーだった。
アリシアの姿を見た瞬間、その表情が止まる。
「……驚きました」
珍しく、本音が漏れた。
「まさか、自ら来られるとは」
アリシアは小さく頭を下げた。
「非礼は承知しております……。
ですが、夫、ジギスムントの軍勢が明日にも到着してしまうのです」
「よく知らせて下さいました」
フェルマーは感謝の意を示し、門兵を下がらせる。
「今、ヒマリ様は医療棟にいらっしゃいます」
そして、静かに歩き始める。
「ついて来てください」
一瞬だけ、アリシアの様子を伺う。
「……刺激が強いかもしれませんが、こちらも非常時なのでお許しを」
◆
医療棟は慌ただしかった。
負傷兵のうめき声が溢れ、治療師たちの指示が飛び交っている。
夜半を過ぎても、血と薬品の匂いが途切れない。
王都が何かによって脅かされていることは、言葉を交わさずとも分かった。
それでも、一室だけは少し静かだった。
フェルマーが扉を叩く。
「ヒマリ様」
「何?」
疲れの滲んだ声が返ってくる。
「来客です」
「今?」
扉が開いた。
そして、ヒマリの目が止まる。
「……アリシア王女?」
そこに立っていたのは、砂埃にまみれたアリシアだった。
連夜の強行で疲れ切っている。
髪も乱れている。
それでも、自分の足でここまで来た。
「礼儀もわきまえず、申し訳ございません」
アリシアはスカートの裾をつまみ、ぎこちなく一礼した。
「謁見の許可をいただき、ありがとうございます」
顔を上げる。
泣きそうな顔で、それでも微笑もうとした。
「ジギスムントを……助けていただきたく参りました」
ヒマリの瞳が揺れた。
目の前の王女を、じっと見つめる。
敵国の王女。
それでも一人でここまで来た。
その姿を見て、ヒマリはすべてを察したように小さく息を吐いた。
「……そう。そういうこと?」
そして、優しく笑った。
「よく来たわ」
アリシアが、初めて自分の意思で王都へ向かいました。
そんな彼女を、ヒマリはどう受け止めるのか。




