フェルマーとの再会 ~ ヒマリの新たな問い
北部都市群での一件を終え、一行は王都ブリュードへ帰還します。
再会、そして新たな決意。
それぞれが抱えた想いが、少しずつ未来へと動き始めます。
王都ブリュード
黄昏時。
王都ブリュードの上空へ、ドラムの影がゆっくりと差しかかった。
戦場の危機を救って以来、
飛行魔物は民衆の味方だと認知されつつあった。
城門の兵士たちが驚いたように夕闇に染まる空を見上げる。
「ヒマリ様だ!」
「お戻りになられた!」
歓声が広がる。
ドラムは王城の中庭へ静かに降り立った。
翼をたたむと、ヒマリたちはゆっくりと地面へ降りる。
そのまま王城の執務室へ向かった。
◆
侍女が扉を軽く叩く。
「どうぞ」
フェルマーの落ち着いた声が返ってくる。
扉が開かれると、
机へ向かっていたフェルマーが、ゆっくり顔を上げる。
ヒマリ。
ノリス。
そして、アレクシス。
三人の姿を見た瞬間、その表情がわずかに和らいだ。
「……無事で何よりだ」
静かな一言だった。
だが、その言葉には本心からの安堵が込められていた。
「ただいま」
ヒマリが笑う。
「それから――」
胸に抱えていた黒い木箱を差し出した。
「早速だけど、これ。
アレクシスの義眼と義手、作れる?」
フェルマーは両手で受け取ると、すぐには蓋を開けなかった。
重さを確かめるように静かに持ち上げ、魔力の流れへ意識を向ける。
やがて、小さく頷いた。
「……保存処理は完璧だな」
木箱へ優しく手を添える。
「これなら魔術的な再接合も十分可能でしょう」
ヒマリの表情がぱっと明るくなる。
「本当?」
「ええ」
フェルマーは穏やかに微笑んだ。
「アレクシス公子ほどの魔力量があれば、
義眼も義手も限りなく本来の身体に近づけられます」
アレクシスは思わず息をのむ。
失ったものを取り戻せるかもしれない。
その希望だけで胸が熱くなった。
「……よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。
するとフェルマーの眼差しが静かに鋭さを帯びた。
「礼は女王陛下に言いなさい」
一拍置いて続ける。
「私は、あなたのことを亡国の公子としか思っていません。
ジギスムントに捕らわれたままであったら、
廃嫡して別の王を立てる道もあった」
その口調は厳しかったが
アレクシスが無事に戻ったからこそ出て来る言葉でもあった。
「ヒマリ女王には、言葉では言い尽くせない感謝があります」
そして真っ直ぐフェルマーを見つめる。
「その恩に報いるためにも、ロンデル王国の復興へ全力を尽くします」
フェルマーは静かに頷いた。
「まだ、気力は衰えていないようで何よりです。
改めて、王都ブリュードへようこそ、アレクシス公子」
「ありがとうございます」
短いやり取りだったが、それだけで十分だった。
フェルマーは続いてノリスへ視線を向ける。
アレクシスへの予想より厳しい対応に
ノリスは少しだけ肩を強張らせる。
フェルマーは何も問いたださなかった。
北部都市群に保護されたことを責めもしない。
ただ静かに頷く。
「異界へ送り出した際、生存率は低いと思っていた。
――よく、戻って来た」
その一言だけだった。
ノリスは胸の奥の力が少しだけ抜けていくのを感じた。
「……ただいま、戻りました」
自然と言葉がこぼれる。
その笑顔を見て、ヒマリも小さく微笑んだ。
ようやく全員が、帰ってきたのだ。
◆
その夜。
王都ブリュード――執務室。
執務室にはヒマリとフェルマーだけが残っていた。
窓の外では王都の灯が静かに揺れている。
「……北部都市群でのことを聞かせてくれ」
「ええーっ」
ヒマリは椅子へ腰を下ろした。
「さっき話したじゃん」
「概要だけだろう。王錫杖の使い心地、姿を見せなかった暗殺者の残党、
ペトラ主席との会談内容、派遣する使節団の規模もまったくわからん」
「えぇ……それ全部?」
ヒマリの声が小さくなっていく。
「最初から、すべて話してください」
フェルマーは静かに微笑んで圧力をかけた。
「長くなるから覚悟してね」
ひとしきり話し終えると、二人の間に穏やかな沈黙が流れる。
やがてヒマリが口を開いた。
「フェルマー」
「はい」
「ノリスとアレクシス公子のこと、どう思う?」
フェルマーは少しだけ考えた。
すぐに答えを出さない。
二人の歩みを思い返すように目を閉じる。
そして静かに言った。
「あの二人は――互いを選び始めている」
穏やかな断言だった。
「……そうだね」
ヒマリは窓の外へ目を向ける。
夜風がカーテンを揺らす。
「私は――」
言葉が止まる。
もう一度、小さく息を吸う。
「私は、二人とも手放したくない」
ぽつりと漏れた本音だった。
フェルマーは否定しない。
ただ静かに耳を傾ける。
「……ずるいかな」
ヒマリは苦笑する。
フェルマーは首を横へ振った。
「ずるくはないだろう」
即答だった。
「ただ、ヒマリはまだ、
自分が本当に望んでいるものを整理できていない」
ヒマリは反論できなかった。
アレクシスへの想い。
ノリスへの想い。
王としての責任。
一人の少女としての感情。
どれも嘘ではない。
だからこそ、一つに決められない。
(私の本当に望んでいるもの
……フェルマーはわかってても、教えてくれないんだろうな)
しばらく窓の外を見つめたあと、小さく呟く。
「まだ、分からない」
フェルマーは黙って頷いた。
急かさない。
答えを押し付けもしない。
ヒマリはゆっくりと微笑んだ。
「でも、近いうちに決着がつく気がする」
迷いながらでも進む。
それがヒマリの選ぶ道だった。
フェルマーは静かに微笑む。
「いつもの調子が戻ってきたな」
窓の外では王都の灯が夜空を照らしていた。
まだ答えの出ていない問いが、いくつも残っている。
それでも、今夜はそれでいい気がした。
次回、いよいよ最終章へと入ります。




