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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第四章 北部都市群編

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影の刺客、北部都市群へ

夜の医療院を襲う、王家直属の影。

狙われたのはヒマリ女王。

 北部都市群の夜は静かだった。


 港の灯りが海面を淡く照らし、

 遠くから荷役の音だけが規則正しく響いてくる。


 その静寂を裂くように、一つの影が中央医療院の屋根を滑っていた。


 月光すら映さない漆黒の人影。


 人の姿をしていながら、人ではない。


 王家直属の隠密魔導士

 ――ジギスムントが最後まで温存していた切り札である。


 影は屋根の縁から壁へ溶け込むように染み込み、

 そのまま三階病棟へと潜り込んだ。


 狙う標的は、ただ一人。


 ヒマリ女王。


(目標確認)


 感情のない思考だけが流れる。


(対象を排除する)


 使命は、それだけだった。


     ◆


 同じ頃。


 病棟の廊下を、ヒマリとノリスは並んで歩いていた。


 アレクシスの病室を出た帰りである。


「少しずつ顔色も良くなってきたみたい」


「そう? 自分じゃ分からなくて」


 ノリスは照れくさそうに笑う。


 その笑顔を見て、ヒマリもようやく肩の力を抜いた。


 しかし、その直後だった。


 ノリスの足がぴたりと止まる。


 胸の奥で心臓が嫌な音を立てた。


 異界へ踏み込んだ時と同じ感覚。


 肌を撫でる冷気。


 世界そのものが歪むような違和感。


 間違いない。


 殺意だ。


「……ノリス?」


 ヒマリが振り返る。


 ノリスは返事をせず、静かに目を閉じた。


 風の流れ。


 魔力の揺らぎ。


 わずかな気配を探り、そして見つける。


「ヒマリ」


 張り詰めた声だった。


「隠れて」


「え?」


「早く!」


 叫ぶと同時に、廊下の石壁が波打つ。


 壁が黒い液体のように溶け、その中から人の形をした影が姿を現した。


 白い双眸だけが、不気味に闇へ浮かび上がる。


 ノリスの血の気が引いた。


(この術は……)


 王都で見た。


 王家直属の隠密術式。


 魔王だった頃の自分だけが知る、王家最強の暗殺魔導。


「ヒマリには触れさせない」


 考えるより早く身体が動く。


 ヒマリを背中へかばい、一歩前へ踏み出した。


 影は音もなく距離を詰める。


 殺気はない。


 あるのは任務だけ。


 だからこそ恐ろしい。


「……ジギスムント」


 その名を呟いた瞬間、影の腕から漆黒の剣が伸びた。


 月光すら飲み込む闇の刃。


 同時に医療院へ警鐘が鳴り響いた。


     ◆


「侵入者だ!」


「三階だ!」


「ヒマリ女王を守れ!」


 兵士たちが一斉に廊下へ雪崩れ込む。


 矢が放たれ、魔術が撃ち込まれる。


 だが、そのすべてが影をすり抜けた。


「効かない!」


「実体がないぞ!」


 兵士たちに動揺が広がる。


 北部都市群は交易国家だ。


 未知の暗殺術と戦う経験などない。


 その空気を断ち切るように、ペトラが鋭く叫んだ。


「落ち着け! 敵は一体だ!」


 兵士たちの視線が集まる。


「第一優先はヒマリ女王の護衛だ! アレクシス公子にも護衛を回せ!」


 続いてネリィが前へ出る。


 影を見た瞬間、その表情が険しく変わった。


「影術……」


「知っているのか?」


「ジギスムント直属の隠密魔導士よ。普通の兵では止められない」


 ネリィは影から目を離さないまま続けた。


「でも、ここでヒマリ女王を失えば、北部都市群の信用は終わる」


 ペトラは静かに頷く。


「その通りだ」


 そして兵士たちへ命じた。


「ヒマリ女王を守れ! これは一人の命を守る戦いではない。

 我ら商人国家の信用を守る戦いだ!」


 その言葉で兵士たちの表情が変わった。


 恐怖は消え、代わりに責任が宿る。


     ◆


 影の刺客はなおもヒマリだけを見据えていた。


 その時だった。


 ヒマリの錫杖が白く輝く。


(クルス)


『目標補足』


 無機質な声が響く。


『迎撃術式、展開』


 白銀の術式が廊下一面へ広がり、床と壁を幾何学模様で埋め尽くす。


 初めて影の動きが止まった。


『ヒマリへの接触を禁止する』


 感情はない。


 それでも演算だけで侵入を拒む強固な意志が術式には宿っていた。


 影は散開し、術式の隙間を縫うように動く。


 それでも狙いは変わらない。


 ヒマリを殺す。


 その命令だけが刷り込まれていた。


 だが、その前へノリスが立ちはだかる。


 足が震える。


 この影を見るたび、自分が何者だったのか思い出してしまう。


 すると影が、魂へ直接語りかけてきた。


『戻レ』


『魔王ハ影ノママ在レ』


 異界。


 血に染まった戦場。

 ヒマリへの憎しみ。


 封じたはずの記憶が一気によみがえる。


『光ハ喰ラウモノ』


 かつての自分なら、その言葉は真実だった。


 だから苦しい。


 影の腕がヒマリへ伸びる。

 今ここで身を引けば、すべて終わる。


 再び、魔王として生きる。

 そんな誘惑が胸をよぎった。


 その瞬間だった。


「ノリス!」


 ヒマリの声が響く。


 迷いのない、真っ直ぐな声だった。


 ノリスは振り返る。


 そこにはヒマリがいる。


 アレクシスがいる。


 北部都市群で出会った人たちがいる。


 ヒマリに生かされたからではない。


 自分は守りたい人ができたからこそ、

 影であり続けることを選んだのだと。


「信じて!」


 震える声で叫び、一歩踏み込む。


 影の腕を掴み、その奥に潜む術者の身体を力任せに引きずり出した。


「私は――私が選ぶ!」


 その瞬間、錫杖から白銀の術式が一斉に収束する。


『対象、捕捉』


『魔王城:拘束術式を開始』


 光が檻となって閉じ、影を床へ叩きつけた。


「なっ――」


 初めて影が動揺する。


 逃げようとするが、もう遅い。


「今だ!」


 兵士たちが一斉に飛びかかる。


 実体化した影を拘束し、やや荒っぽい武装解除が行われる。


 そして、静寂。


 ようやく戦いは終わった。


 膝をついたノリスの肩へ、ヒマリがそっと手を置く。


「もちろん、信じてる」


 たった一言だった。

 それだけで張り詰めていた心がほどけていく。


 ノリスは静かに目を閉じた。

 今だけは、誰かの影でも、魔王でもない。


 ただのノリスとして、その言葉を受け止めていた。

今回は北部都市群編、殆ど唯一の戦闘回でした。

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