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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第四章 北部都市群編

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ヒマリ、山脈を越えて北部都市群へ

山脈の向こうは遠い。

王が動くには重すぎる距離。


それでも――

迎えに行くと決めた者にとって、

その距離はもう障害ではなかった。

 ロンデル東部山脈。


 北と南を隔てる巨大な岩壁には、なお雪が残り、

 強い風が雲を流していく。


 だが、空を渡る者にとって、それは越えられない境界ではない。


 慎重さを要する空路――それだけだった。


     ◆


 飛行魔物ドラムが、白い雲を裂いて飛ぶ。


 大きな翼が風を掴み、一定の高度を保ちながら山脈を越えていく。


 背に乗るヒマリは、錫杖を抱くように握り、遥かな先を見つめていた。


 眼下には、雪をまとった尾根がどこまでも続く。


 飛行魔物で山脈を越えること自体は、不可能ではない。


 だが、安定した魔力供給。


 人を襲わないほどの高い忠誠心。

 

 長距離飛行に耐える個体。


 安全な着地点。


 多くの条件が揃わなければ成立しない。

 だからこそ、誰も試そうとはしなかった。


 ヒマリは、そっとドラムの首筋を撫でる。


「ありがとう、ドラム」


 低く穏やかな鳴き声が返る。


 胸の奥では、焦りだけが静かに渦巻いていた。


 ノリスの消息が途絶えた。


 ようやく届いた知らせは、

 アレクシス公子と共に北部都市群で保護されているという報告。


 本来なら確認すべきことは山ほどある。


 フェルマーによる異界残滓の測定。


 ジギスムントの脅威。


 ロンデル公国の警備。


 王が軽々しく城を空ける状況ではなかった。


 それでも、待てなかった。


 ノリスは助けを求めない。

 苦しくても、一人で抱え込む。


 だからこそ――迎えに行かなければならない。


『ノリスは無事だと何度も言っている。君が動く必要はどこにもない』

 クルスの声が響く。


「あなたは、たまに嘘を付く。大事なことは自分で確かめる」


(直接会って、話さなきゃ)


 王として正しい判断なのか。


 そう問われれば違うのかもしれない。


 もっと個人的で、感情的だ。


 それでもいい。

 自分は、そういう王でありたい。


『北部都市群がサンドランドと協定を結んだ確率82%

 場合によっては、敵地に飛び込むことになる』


「二人が無事なら、それでいい」


 ヒマリは顔を上げる。


 雪の稜線の向こうで景色が変わる。


 白銀は深い緑へ。


 やがて、海に面した白い街並みが姿を現した。


(……着く)


 北部都市群。


 ノリスと、アレクシスが待つ場所。


     ◆


 同じ頃。

 北部都市群・議事堂前。


「王都側からの返答は」


 ペトラが静かに尋ねる。


「まだ届いておりません」


 補佐官が頭を下げた。


「そうか」


 短く答えたペトラは、遠くの空を見つめる。


 隣で腕を組んだネリィが、小さく肩をすくめた。


「まだ来ないでしょう」


 冷静な声だった。


「仮に王都を出発したとしても、ギーレの港で足止め。

 山脈越えを選ぶ商人だって滅多にいない」


「普通ならな」


 ペトラは即座に返した。


「まだ言うの?」


 迷いはない。


「あの王は来る」


 ネリィは苦笑する。


「たった二人のために?」


「ああ、だがその言い方は正しくない」


 ペトラは静かに頷いた。


「ノリスとアレクシス公子は女王の一部だ、

 困難があろうと、山を越える」


「……信頼しすぎよ」


 ペトラは穏やかに答えた。


「見誤っていないだけだ」


 ネリィが何か言い返そうとした、その時だった。


 ふっと、議事堂前に影が落ちる。


「……何だ?」


 護衛たちが一斉に空を見上げた。


 遥か彼方。


 空の一点に、小さな黒い影が見える。


 鳥ではない。


 ゆっくりと。


 だが確実に。

 こちらへ近付いてくる。


「飛行魔物だ!」


「総員、警戒!」


 次の瞬間。

 轟音とともに突風が広場を吹き抜けた。


 巨大な翼が空を打つ。


 砂塵が舞い、人々は思わず腕で顔を覆う。


 ドラムだった。


 巨体がゆっくりと議事堂前へ降下する。


 翼を広げれば、正門を覆い隠すほどの大きさ。


 だが、その飛行は少しの乱れもない。


 長距離飛行に慣れた個体だと、一目で分かった。


 重い着地音が石畳を震わせる。


 誰も言葉を失った。


 やがて、一人の少女がその背から降り立つ。


 長い黒髪。


 旅装束。


 だが、手には一目で王とわかる刻印入りの錫杖。


 迷いなく一歩を踏み出す。


 乾いた靴音だけが広場へ響いた。


 風が静まる。


 ヒマリは顔を上げ、まっすぐペトラとネリィを見つめた。


 二人とも飛行魔物の着地に微動だにしていなかった。


 ネリィは眉をひそめる。


 女王が、本当に山脈を越えて来た。


 型破りな手段で。


 しかも単身で。


 ペトラだけが、小さく笑う。


「言っただろう」


 ネリィは何も言えなかった。


 計算外だった。


 しかし、それは無謀ではない。

 実現可能な手段を見つけ、実際に成し遂げてみせた。


 その行動力こそが、彼女の衝撃だった。


 ヒマリは護衛たちの間をゆっくり歩き、議事堂の前で立ち止まる。


 そして、深く頭を下げた。


 異国の地で。


 王である自分から礼を示す。


 誰もが息を呑む。


「北部都市群の皆さま」


 静かで、よく通る声が広場に響く。


 ヒマリは顔を上げた。


 迷いなく。


「影と、公子を迎えに来ました」


 沈黙が広場を包む。


 取引でもない。


 同盟でもない。


 王が最初に口にしたのは、たった二人を迎えに来たという言葉だった。


 ネリィは静かに息を呑む。


(……信じられない)


 利益ではなく。

 ただ、人を迎えに来た。


 そのためだけに山脈を越えてきた。


 だからこそ――


 誰よりも王らしかった。


 ペトラが静かに微笑む。


「ようこそ、ヒマリ女王」


 ヒマリは静かに微笑み、もう一度だけ深く頭を下げた。


 朝風が広場を吹き抜け、旗を揺らす。


 ネリィは、衛兵にドラムを預けようと話し出すヒマリの背中を、

 しばらく見つめていた。


(私より十歳は若い娘が、こんな決断を下すのか)


 小さく溜息が漏れた。

ヒマリは合理ではなく、

ただ迎えに行くという感情で山脈を越える。


それは王としては愚かかもしれない。

だが、誰よりも王らしい行動だった。

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