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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第四章 北部都市群編

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盤面の亀裂 ― 消えた公子と、王の誤算

ずっと盤面を握ってきた男が、

初めて「後手に回っていた」と気づく瞬間の話です。

 翌日の夜。


 サンドランド王宮の執務室で、

 ジギスムントは一行だけの返書を静かに見つめていた。


『北部都市群は、広く各国の意見を求めている』


 あまりにも短い。

 だが、その一文から違和感を読み解く。


(……おかしい)


 ロンデル支配下だったギーレの港はサンドランド軍が接収し

 木材不足は、すでに北部経済の限界を削り始めている。


 造船は停滞し、橋梁補修も遅れ始めているはず。

 合理を取るなら、北部都市群に選択肢はない。


 サンドランドへ寄るしかない。


 それなのに、返答は保留。

 断るでもなく、受けるでもない。


 ペトラらしくない返書だった。


 ジギスムントは机へ指を軽く置いた。


 冷えた石材の感触。


 窓の外では白い砂風が王都を流れ、

 遠く離宮の灯りだけが淡く揺れている。


 アリシアは、もう眠っている頃だろう。


 昨夜の婚礼を思い出す。


 怯えながらも、王妃として振る舞おうとしていた少女。


 恐怖を隠しきれないくせに、逃げなかった。


(扱いやすい)


 王族としての価値も高い。

 両国融和の象徴として申し分ない。


 壊れやすい駒ほど、丁寧に扱う必要がある。


 だから昨夜は優しくした。

 それだけだ。


 婚姻とは契約であり、

 今必要なのは愛ではなく利益だった。


 ジギスムントは思考を切り替え、

 再び返書へ目を落とす。


 問題は、北部都市群。


 正確には――ネリィだった。


 ここ数日の報告、ここにも違和感がある。


『議会へ働きかけを継続』


『主席は慎重姿勢』


『独占契約は保留傾向』


 内容に不自然さはない。


 だが浅い。

 ネリィらしくなかった。


 あの女は合理で動く。

 利益を積み上げ、逃げ道を塞ぎ、

 最後に相手へ最適解を選ばせる。


 数字で世界を見る女だ。

 だから敢えて副主席を交渉相手に選んだ。


 なのに今回は、妙に足踏みしている。


(変数があるか)


 一瞬だけ考える。

 だが、すぐに切り捨てた。


 情報不足だ。


 推測に意味はない。


 条件を積み上げればいい。

 利益は最後に必ず人を動かす。


 そう考えた瞬間だった。


 扉が激しく叩かれた。


「申し上げます!」


 焦りを含んだ声。


「入れ」


 飛び込んできた衛兵の顔色は青かった。


「アレクシス公子が……地下牢より消失しました」


 空気が止まる。


 数秒遅れて、ジギスムントはゆっくり問い返した。


「……消えた?」


「はっ。確認時には既に――」


「鉄格子は」


「無傷です」


「錠前はどうだ?」


「施錠されたまま、破壊痕なし」


 沈黙。


 ジギスムントは椅子へ深く腰掛けた。


 地下牢は極秘区画だ。

 出入りできる者は限られている。


 しかもアレクシスの監禁場所は、

 王宮内部でも一部しか知らない。


 脱獄は不可能。

 内通も考えにくい。


(ならば、どうやって消えた)


「監視記録を出せ」


「確認済みです。出入りはありません」


「牢番は何をしていた?」


「異常なしと証言しています」


「役立たずだな」


 静かな声だった。

 だが衛兵の額に汗が浮かんで来る。


「報告を怠った者は全員処分しろ」


「はっ!」


 衛兵が退出しかけた、その時だった。


 部屋の灯りが揺れる。

 影が歪み、壁から黒衣の男が滲み出た。


 隠密魔導士。


「御前に」


「言え」


「地下牢周辺に、異界干渉の痕跡を確認しました」


 思考が止まる。


「……異界だと?」


「境界が一時的に薄くなった形跡があります」


 その瞬間、散っていた情報が繋がった。


 ペトラの保留。

 ネリィの違和感。


 止まる契約。

 そして、アレクシス消失。


「消えたのはいつだ」


「推定で十日前」


 十日前。


 ネリィの報告が鈍り始めた時期と一致する。


 ジギスムントはゆっくり立ち上がり、

 窓辺へ向かった。


 夜の砂漠が広がっている。


 白い月光が、砂の海を静かに照らしていた。


(……最初から後手だった)


 知らない場所で盤面が動いていた。


 自分の知らない誰かが、地下牢へ入り込み、

 アレクシスを奪い、北部都市群へ運んだ。


 だからペトラは契約を止めた。


 だからネリィは動けなかった。


 全て繋がる。


 ぱきり、と乾いた音がした。


 視線を落とす。


 手の中で羽ペンが折れていた。


 無意識だった。

 室内が静まり返る。


 衛兵も、魔導士も、誰一人動けない。


 ジギスムントは数秒遅れて理解する。


(……怒っているのか)


 珍しい感覚だった。


 静かで、冷たく。

 だが確かに胸の奥を焼いている。


 異界を渡れる者。


 地下牢を知る者。


 魔力痕跡を残さず動く者。


(フェルマーではない)


 あの男なら、もっと完璧に痕跡を消す。


 ならば、別の駒。


 盤外の駒。


 それが一番厄介だった。


「地下牢の資料を全て持て」


 低い声が落ちる。


「十日前からの北部都市群との通信記録もだ」


 蒼い瞳が細まった。

 冷たい光だった。


「……盤面を、取り戻す」


 沈黙。


 そして。

 ジギスムントは静かに笑った。


「――奪った駒は、必ず回収する」

ここから挽回できるのか。

ジギスムントも手札を切っていきます。

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