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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第四章 北部都市群編

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立ち上がる公子

人は誰かの隣で生き直せるのかもしれません。


今回はノリスとアレクシス、静かな夜のお話です。


 すぐ近くで二人の去就を決定づける

 議論が行われていることなど知る由もなく


 医療院の廊下は静まり返っていた。


 窓の隙間から潮風が入り込み、

 遠くで波の音が聞こえる。


 ノリスは眠れなかった。


 昼間、アレクシスが無理に起き上がろうとしていた姿が

 頭から離れない。


 少し様子を見るだけ。

 そう思って病室の扉を開けた。


 そして、足を止める。


 ベッドが空だった。


「……え?」


 胸が跳ねる。

 慌てて視線を巡らせると、窓際に人影があった。


 アレクシスだ。

 壁に手をつきながら、片足で立っている。


 顔は真っ青で、額には脂汗が浮かんでいた。


「何してるの!?」

 思わず声が出た。


 アレクシスが振り返る。


「……ノリス」


「何してるのって聞いてるの!」

 ノリスは駆け寄った。


 アレクシスは苦笑する。


「歩く練習です」


「そんな体で!?」


「王都へ戻る前に、少しでも……」


 そこまで言った瞬間だった。

 足元がふらつく。


「あっ――」


 身体が傾く前に、ノリスが飛び出した。

 反射的に身体を支える。


 だが、体格差がある。

 二人はそのまま床へ崩れ落ちた。


「っ……!」


「アレクシス!」


 慌てて身体を起こす。


 アレクシスは申し訳なさそうに笑った。


「大丈夫です」


「大丈夫じゃない!」


 思わず声が強くなる。


「死にたいの!?」


 アレクシスは静かに首を振った。


「違います」


「だったら!」


「時間がないんです」


 その言葉に、ノリスの声が止まった。


 アレクシスは窓の外へ視線を向ける。


「ロンデルは崩れました」


「……」


「僕は守れなかった」


 握った左手が震えている。


「せめて立てるようにならないと、

 もう二度と誰も守れないままになります」


 ノリスは何も言えなかった。


 その顔を知っている。

 自分も同じだった。


 魔王城を失い、それでも強がっていた。


 だから分かる。

 この人も苦しいのだ。


 公子だからではない。

 一人の人間として、失うものの大きさを知ったから。


 ノリスは小さく息を吐いた。


「……一人でやらないで」


 アレクシスが顔を上げる。


「え?」


「歩くなら付き合う」

 自分でも驚くほど自然な言葉だった。


「転んだら支える」


「でも……」


「でもじゃない」


 少しだけ睨む。


「今のあなた、一人じゃ三歩も歩けないでしょ」


 アレクシスは苦笑した。

 反論できなかった。


 ノリスが肩を差し出す。


「ほら」


 少し迷ってから、

 アレクシスはその肩に体重を預けた。


 思ったより重い。

 温もりが肩へ伝わる。


 重症での異界渡りでこんなにも弱っていたのか。


 二人はゆっくり歩き始める。

 廊下に足音が響く。


 途中で何度もふらつくたび、ノリスが支えた。


「……すみません」


「謝らなくていい」


 ノリスは前を向いたまま答える。


「私も、たくさん支えてもらったから」


 アレクシスは少し黙ってから笑った。


「では、お互い様ですね」


 ノリスも少しだけ笑った。


 ◆


 翌日の昼。


 医療院の個室には、

 北部の柔らかな光が差し込んでいた。


 アレクシスは椅子に座り、

 左手だけで食事をしている。


 ぎこちない動きだった。


 スープを掬い、少しこぼす。

 パンを取ろうとして皿を揺らす。


 それでも手を止めない。

 ゆっくり、一人で続けていた。


 そこへノリスが入ってくる。


「また無理してる」


 アレクシスが顔を上げた。


「無理ではありません」


「見れば分かる」


 ノリスは椅子を引き寄せる。


 そして自然な動作でスプーンを手に取った。


「貸して」


「え?」


「私がやる」


 アレクシスが固まる。


「いや、大丈夫です」


「そう言うのいいから」


 ノリスは当然のようにスープを掬った。


「口、開けて」


 沈黙が落ちる。


 アレクシスが苦笑した。


「ノリス」


「早く」


「ノリス」


 少しだけ声が低くなった。


 ノリスの手が止まる。


「……何?」


 アレクシスは少し表情を引き締める。


「僕は怪我人ですが、子供ではありません」


 空気が静かに止まる。


 ノリスは瞬きをした。

 そして、自分のしていたことに気付く。


 慌ててスプーンを下ろした。


「ご、ごめんなさい」


 顔が熱くなる。

 なぜこんなことをしたのだろう。


 ただ、倒れそうになるアレクシスを見るたびに放っておけなくなっていた。


「私は……」


 言葉が続かない。


 アレクシスは小さく息を吐いた。


「怒ったわけではありません」


「でも、僕にも出来ることはあります」


 ぎこちなく左手が動く。


 遅い。

 それでも続ける。


「怪我に甘えていたら、出来ない言い訳を探してしまう」


 その言葉は、自分自身に向けたものだった。


 だが、不思議とノリスの胸にも刺さった。


 自分もいつの間にか、

 王都へ帰らなくて済む、理由ばかり探していた。


 アレクシスは再びスプーンを持つ。

 少しこぼすしたが、それでも続ける。


 ノリスは、その姿を静かに見守っていた。


「……ごめんなさい」


 もう一度言う。


「私、少し勘違いしてた」


「勘違い?」


「看病と……世話を焼くことは違う」


 アレクシスは少しだけ笑った。


「そうかもしれませんね」


 ノリスも微かに笑う。

 そして椅子に座り直した。


 今度は手を出さない。

 ただ隣にいる。


 アレクシスがパンを落としそうになる。


 反射的に身体が動きそうになる。

 けれど、止めた。


 本人が拾う。

 少し時間はかかったが、ちゃんと出来た。


 ノリスは何も言わない。

 ただ、それを見守っていた。


 窓の外から海風が入り込み、カーテンが揺れる。


 傷はまだ消えていない。

 失ったものも戻らない。


 それでも、二人は少しずつ前へ進んでいた。

次回、舞台はサンドランドに移ります。

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