利益を選ぶ商人たち
北部都市群――。
商人たちが選ぶのは、利益か、それとも未来か。
北部都市群・中央議事堂。
海を見下ろす丘の上に建てられた白亜の建物には、
朝だというのに重たい空気が沈んでいた。
巨大な円卓を囲み、
八都市の代表者たちが顔を揃えている。
北部都市群は交易で成り立つ都市国家連合。
流れを止めれば、国は死ぬ。
だからこそ、この場の空気は戦場に近かった。
「サンドランドの新造船団、どうやら本当らしい」
海路都市の男が低く唸る。
「北方海域の木材航路まで押さえ始めてる。
完成すれば、海運は向こう主導だ」
「笑えんな」
ざわめきが広がる。
だが、誰も否定しない。
冗談では済まない話だからだ。
「王都ブリュード経由では遅すぎる」
戦争被害も大きい」
「対してサンドランドは港直結だ」
利益と合理。
商人国家において、それこそが正義だった。
感情より数字を優先するからこそ、
北部都市群はここまで栄えてきた。
議論が続く中、一人の巨体が静かに腕を組んでいる。
陸路代表主席――ペトラ。
深く刻まれた皺。
鋭い鳶色の眼光。
老獪な商人でありながら、
獣じみた威圧感を持つ男だった。
その対面では、
海路統括補佐のネリィが脚を組んで座っている。
海色の髪。
切れ長の瞳。
冷えた海のような合理主義者だ。
やがてネリィが立ち上がった。
「結論から言うわ」
地図が広げられる。
南方海域。
西の山脈。
そして海を越えた南西のサンドランド。
「私たちはサンドランドに乗るべきよ」
一瞬、議場が静まった。
「理由は単純。勝つ側だから」
海沿い都市の賛成の声が上がる。
この結末が自らの進退に直結するからだ。
「新造船団が完成すれば海域支配は確定。
木材航路も既に押さえられている」
「十年後には港がサンドランド船で埋まり、
私たちは運ぶ側ではなく、運ばせてもらう側になる」
議場の顔色が変わる。
未来の数字が見えてしまったのだ。
貿易国家にとって、それは死刑宣告に等しい。
「ブリュードは?
ロンデルを抑えたのは王都ではないのか?」
誰かが問う。
ネリィは即答した。
「遅い、高い、弱い」
容赦がない。
「山脈を越えるのは、一部の命知らずな商人だけ。
戦争損耗からも立ち直っていない」
「私たちが最も嫌う要素ばかりよ」
肩をすくめる。
「悪いけど、本命じゃない」
内陸の都市からも数人が頷いた。
空気が少しずつ傾いていく。
利益。合理。
商人国家では、感情よりも重い価値基準だ。
だが、その流れを断ち切るように低い声が響いた。
「……ジギスムントを信用できるか?」
ペトラだった。
議場が再び静まる。
ネリィが薄く笑った。
「商人国家が信用なんて言葉を使うの?」
「利益があるなら危険も飲み込む。それが商売でしょう?」
「違うな」
即答だった。
ペトラは微動だにしない。
「商売ほど、裏切りで死ぬものはない」
空気が変わる。
「そもそもジギスムントはサンドランド王ではない」
「ブリュードの僭王でありながら、ロンデル公子を捕らえていた男だ。
次のロンデルはどこだ?」
ペトラが暗に侵攻を仄めかすと、沈黙が落ちる。
ネリィの眉が、わずかに動いた。
「弱い国が消えるのは当然よ」
「そうだ、飲み込まれる側が悪い」
すぐに海沿い都市から合いの手が入る。
「では聞こう」
ペトラの目が鋭くなる。
「独占契約の次は何だ?」
返答はない。
「価格支配か……」
代表の一人が呟く。
「その次は港湾利権だな」
「護衛船契約まで握られる」
ざわめきが戻る。
気づけば、議題は利益の話から支配の話へ変わっていた。
ネリィが静かに息を吐く。
「それでも、生き残るには乗るしかない」
「私たちは理想家じゃない。
勝つ側につく。それだけ」
誰も否定しきれない。
ペトラは静かに口を開いた。
「……もう一つの議題に移る」
代表たちが顔を上げる。
「保護した二名についてだ」
「一人は、ロンデル公国正統継承者――アレクシス公子の可能性が高い」
議場がざわつく。
「本物か!?」
「サンドランドが保護声明を出していたはずだ!」
「外交カードになるぞ!」
熱量が変わる。
国益と戦争の匂い。
そして、ペトラが続けた。
「もう一人いる」
「ヒマリ女王に酷似した少女だ」
空気が張り詰めた。
「ただし、魔力がない」
一斉に視線が集まる。
「……どういう存在だ?」
「異界の残滓だけを纏っていた」
「そして、アレクシス公子を抱えて現れた」
沈黙が落ちる。
生身で異界から現れたヒマリに似た少女。
そもそも人なのか?
不確定要素の塊だった。
その時、ネリィが静かに言った。
「危険ね」
冷たい声だった。
「排除すべきよ」
議場が止まる。
「密命を帯びた影武者でしょう。
擬態の能力を持った魔物かも知れない」
「不確定要素は切るべきよ」
冷酷だが、商人としては正しい判断だった。
ネリィは続ける。
「それに、ヒマリ女王は来ないわ」
空気が凍る。
「国を優先する王が、たった二人のために山脈を越える?」
王とは国を選ぶもの。
感情では動けない。
それが常識だ。
「そうでしょう?」
静まり返った議場で、ペトラがゆっくり息を吐いた。
「……お前は、商いを数字でしか見ていない」
「感情論?」
ネリィが笑う。
「違う」
ペトラは窓の外へ視線を向けた。
「経験則だ。
それに、あの少女は公子を抱えて震えていた」
「魔物が命がけで人を運ぶか?
俺が直接見て、彼女の顔を確かめた」
そして、海の向こうを見ながら続けた。
「商売は数字だけじゃない。
人間一人が、市場をひっくり返すこともある」
「なぜ、ブリュードに肩入れする?」
いくつかの都市からは、疑いの声が上がった。
その疑念が、ネリィの主張を後押しする形になり
議場は、再びサンドランド寄りへ傾き始めていた。
合理は正しい。
でも、それだけでは動かない人たちもいます。




