表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第四章 北部都市群編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/88

北部都市群の灯り

地下牢を抜けた先。

ようやく辿り着いたのは、生きている世界でした。

 異界の霧が、ゆっくりと剥がれていく。


 濁った紫の空が消え、代わりに冷たい風が頬を打った。


 ノリスの膝が石畳へ崩れ落ち、硬く冷たい感触が伝わる。


 潮風と木材の匂い。


 魚と香辛料の混ざる市場の空気。


 異界には存在しない、生きた世界の匂いだった。


 遠くでは怒鳴り合う商人の声が響き、

 馬車の車輪が石畳を激しく叩いている。


(……落ちた、けど異界獣からは逃れた)


 小さく安堵しかけたが、腕の重みが現実を突きつける。


「……アレクシス公子」


 返事はない。


 抱きかかえた身体は熱かった。


 異常な熱だ。


 呼吸は浅く、時折苦しそうに喉が震える。


 右肩から先は失われ、止血された痕跡だけが残っている。

 包帯は乾いた血で黒く変色し、右目は布に覆われたままだ。


 地下牢では気を張っていた。


 だから動けた。


 けれど今、光の下で見る傷は、あまりにも重かった。


 ノリスは唇を強く噛んだ。


「……死なないで」


 掠れた声が漏れる。


 腕に力を込める。


 けれど、立ち上がろうとすると視界が揺れ、足元が傾く。


 異界を抜ける際、身体へ異界の残滓が入り込んだ。

 胃の奥から吐き気が込み上げる。


 足元も、もう覚束ない。

 でも、倒れるわけにはいかない。


 一歩。


 また一歩。


 石畳の上を、ふらつきながら進む。


 人々がこちらを見る。


 港町らしい喧騒の中で、

 傷だらけの青年を抱えた少女は、あまりにも異質だった。


「おい、誰か倒れてるぞ!」


 怒鳴り声。


 複数の足音が近づく。


 反射的にノリスの肩が強張った。


 ここにも追手。


 サンドランド兵。


 そう思った。


 だが現れたのは、厚い外套を羽織った男たちだった。


 腰に短剣。


 頑丈な革鎧。


 そして肩には、木と波を模した紋章。


 北部都市群。

 商隊護衛の印だった。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」


 先頭の男が足を止める。


 日に焼けた肌に低い声。


 警戒心はあるが、敵意ではない。


 ノリスは反射的に一歩下がった。


 腕の中のアレクシスを守るように。


 その動きを見て、男は少し眉を上げる。


「……警戒する元気はあるか」


 隣の護衛が、小さく息を呑んだ。


「待て」


 視線がノリスへ向く。


「この顔……」


 一瞬、空気が変わる。


「ヒマリ女王に似てないか?」


 心臓が跳ね、指先が冷える。


 まずい。

 だが、どうしようも出来ない。


「違うな」


 隊長格の男が首を振る。


「怯えている」


 一歩近づく。


「ヒマリ女王が護衛も付けず、他国に現れる訳が無い」


 ノリスは小さく息を吐いた。


 だが、その瞬間。

 男の視線が、腕の中の青年へ移る。


 空気が止まる。


「……こっちの男は、まさか?」


 男の顔色が変わった。

 周囲の護衛たちも目を見開く。


「ロンデル公国の……アレクシス公子か――」


 ざわめきが走る。


 (誤魔化しようがない……私じゃ守れない)


 ノリスの喉が震えた。


 説明する時間もない。

 ただ、目の前が暗くなり始めていた。


 限界だった。


 だから。


「お願い……」


 声が震える。


 こんな言葉を口にしたことはなかった。


 誰かに頼ることも。

 誰かへ縋ることも。


 それでも。


「この人を助けて。

 こんなところで死んでいい人じゃないの」


 視界が揺れ、腕の中の熱が少しずつ失われていく気がした。


 襲われても終わり、サンドランドに送られても終わり。


 短い沈黙。


 やがて隊長格の男が、小さく息を吐いた。


「馬車に二人分のスペースを開けろ」


 即断だった。


「男の方が重傷だ。急げ」


「隊長、でも身元が――」


「後だ」


 低い声が遮る。


「死にかけを見捨てるほど、北部都市群は落ちぶれちゃいねえ」


 その言葉に、ノリスの肩から少しだけ力が抜けた。


 大きな布に包まれて、アレクシスが慎重に運ばれる。


「医療院へ回せ!」


「ペトラ主席にも報告しろ!」


 怒号が飛び交うのを聞きながら

 馬車に揺られ、港の喧騒が遠くなった。


 ノリスの意識が薄れる。


 その寸前、誰かの腕が支えた。


「嬢ちゃんも限界だろ」


 隊長だった。


「女ひとりで怪我人を背負い、よく頑張ったな」


「……でも」


「安心しろ。

 少なくとも、ここじゃ簡単に死なせねえ」


 その言葉を最後に

 張り詰めていた意識が、ふっと途切れた。


 ◆


 目を覚ました時。

 最初につんとした薬草の匂いが鼻を突いた。


 くすんだベージュ色の石壁。

 簡素な木製天井。


 豪奢さはない。


 だが、不思議と落ち着く部屋だった。


(……ここ)


 身体を起こそうとして、眩暈が走る。


「おはよう」


 低い声。

 振り向くと、医療着姿の女性が立っていた。


「覚えてる?ここは北部都市群中央医療院よ」


 ノリスの呼吸が止まる。


「……アレクシスは?」


 女性は少しだけ表情を曇らせた。


「まだ、危険な状態」


 一瞬、世界が凍る。


「でも、手ごたえを感じたわ」


 その言葉に

 ノリスの張り詰めていた何かが、少しだけ崩れた。


「……助けてくれて、ありがとう」

 

 震える息が漏れ

 初めて、泣きそうに笑った。

北部都市群編、本格始動です。

そしてノリスは、少しずつ自分の気持ちと向き合い始めます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ