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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第四章 北部都市群編

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地下牢の約束

静かな地下牢で交わされる言葉が、

二人の関係を大きく変えていきます。

 地下牢に、静寂が落ちた。


 水滴の音だけが、遠くで響いている。


 ノリスは動けなかった。


 心臓だけが、うるさい。


(……今、なんて言ったの)


 今ここにいるのはノリス。

 その言葉が、頭の中で何度も反響する。


 もう、呼ばれることはないと思っていた。


 王都で敗れてから、ノリスは死んだのだから。

 ここにいるのは、ヒマリの器。


 アレクシスに必要なのはヒマリで、自分ではない。


 だから。


「……困る」


 気づけば、声が漏れていた。


 アレクシスが少し首を傾げる。


「困る?」


「だって……」


 喉が詰まる。


「許されると思ってないから」


 視線が落ちる。


「私は、ヒマリみたいに強くない。

 嫉妬深くて、優しくもない。

 だから、何回も間違えた」


 言葉が続かない。


 魔王だった頃のこと。

 間違え続けた日々。

 全部が、一度に押し寄せた。


「……はっきり言うわ」


 震えながら、それでも続ける。


「魔王だった頃、こんな目に遭うことなんて

 考えてもいなかった。だから……責めてほしかった」


「責めても、腕は戻らないしね」


 アレクシスは、小さく笑った。


 冗談みたいな言い方。


 だけど、その笑顔の奥に、確かな疲れが見えた。


「痛いでしょ、惨めじゃないの?」


 思わず出た声。


 アレクシスは片目しかない青い瞳を閉じた。


 そして、正直に言った。


「辛いよ」


 地下牢の空気が、少しだけ変わる。


「母上を救えなかった」


 一拍。


「理由を付けて、自分だけ逃げ出した」


 ノリスの呼吸が止まる。


 初めてだった。

 この人が、弱音を見せたのは。


「結局瓦礫に押しつぶされ――目が覚めた時」


 アレクシスは静かに続ける。


「右が見えなくて」


 失った肩へ、左手を置く。


「腕もなくなってて」


 少しだけ笑った。

 泣きそうなくらい、弱い笑いだった。


「最初に思ったんだ」


 静かな声。


「――ああ、もうロンデル公子アレクシスは終わったな、って」


 胸が締めつけられる。


 この人も、怖かったのだ。

 壊れない人なんて、いなかった。


「でも」


 片方だけの瞳が開き、真っ直ぐノリスを見る。


「君が来てくれた。

 それ、すごく嬉しかった」


 ノリスは言葉を失う。


「ヒマリじゃなくても」


 少し笑う。


「かつて国を攻めて来た魔王でも」


 また、胸が痛んだ。


 優しすぎる。

 そんな言い方、ずるい。


「……なんで」


 声が震える。


「なんで、そんなに優しいの。馬鹿みたいよ」


 アレクシスは困ったように笑う。


「優しいかな」


 少し考えて。


「たぶん、全部失ったわけじゃないから」


「……え?」


「まだ、生きてる」


 あまりにも自然な声だった。


「右目も腕もなくなったけど」


 冗談みたいに肩をすくめようとして、途中で止まる。


「半分くらいは残ってる」


 ノリスの目が潤む。


「笑い事じゃない……!」


 思わず声が強くなった。


「もう剣だって握れない!

 ロンデルだって……!」


 全部。

 全部壊れた。


 自分のせいで。


 なのに。


「うん」


 アレクシスは否定しない。


「辛いよ」


 穏やかな声だった。


「でも、本当の絶望はもっと深いところにある」


 少しだけ視線を上げる。


「僕は生きてる。

 終わりじゃないって、思いたい」


 ノリスの胸が、静かに痛む。


 この人は。

 こんな状況で。

 まだ前を向こうとしている。


 だから、きっとヒマリも、助けたかったのだ。


「……ずるい」


 ぽつりと零れる。


「そんな言い方されたら」


 涙が落ちる。


「私が悪者のままじゃない……」


 言った瞬間、固まった。


(……何言ってるの私)


 終わった。

 助けに来たのに自分のことばかり。


 顔が熱い。


 逃げようとした、その時。


「顔が赤いよ」


 アレクシスが、小さく笑った。


「……え?」

 ノリスは頬に手をあてる。


「魔王も人と同じだった」


 少しだけ安心した顔。


 その無防備さに、ノリスは余計に困る。


 アレクシスは、少しだけ表情を変えた。


 笑みではない。


 何かを、決めた顔だった。


「ヒマリのこと、大事だと思ってる」


 胸が、小さく痛んだ。


 当然だ。

 分かっていた。


 最初に救ったのは、ヒマリ。

 自分は、その影。


 だけど。


「でも」


 アレクシスはゆっくり言う。


「今、ここにいる君も、ちゃんと見たい」


 静かな言葉だった。


 だけど、逃げ場を奪うには、十分だった。


 "影"ではなく。

 "ノリス"として。


 見られている。


 そんなこと。

 もう二度とないと思っていた。


 だから、怖い。


 少しだけ――嬉しい。


 その時だった。


 ――ガシャン。


 遠くで、鉄扉の音が響く。


 続いて、重い足音。


 牢番たちの怒声。


「地下だ!」


「侵入者を探せ!」


 空気が変わる。


 ノリスの表情が、一瞬で冷えた。


「……来た」


 アレクシスも息を呑む。


 だが。


 次の瞬間。


 ノリスは立ち上がった。


 震えていた指が、止まる。


 黒い指輪を強く握る。


「今度は」


 低く呟く。


「間違えない」


 ヒマリの代わりじゃない。

 影でもない。

 贖罪だけでもない。


 ノリスとして、自分の意思で。


 守りたいと思った。


 それが、初めてだった。


「アレクシス」


 振り返る。


「……私は魔王じゃなくなった。以前の力はない。

 それでも、私に付いて来てくれる?」


「ああ、僕のなけなしの命を預けよう」


 アレクシスは残った片手で、ノリスの手を握った。


 地下牢の闇に。


 静かに異界の揺らぎが滲み始めた。

二人の距離はまだ曖昧で、

恋愛とも違う、でも確かに温かいものが芽生えています。

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