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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第三章 ロンデル公国編

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冷たい手の温度

前話の続きです。

冷たい口づけのあと、アリシアの心に小さな変化が生まれます。

 ジギスムントと別れ、

 回廊の角を曲がった瞬間、足が止まった。


 息がうまくできない。

 胸が、まだ熱い。


 その時――

「王女様っ……! さっきの……!」

「きゃあ……!あの距離、あの腕っ……!」


 後ろから、ネイを始めとする侍女たちが小声で騒ぎながら追いついてきた。

 アリシアは、ぴたりと振り返った。


「……あなたたち」

 ネイはビクリと肩を震わせた。


「回廊で跳ね回るなんて、はしたないわ。

 王宮の者としての自覚を持ちなさい」


 叱責の声は静かだったが、芯があった。

 侍女たちは一斉に頭を下げた。


「も、申し訳ありません……!」

「つい、嬉しくて……!」

 アリシアはため息をつきかけて――

 ふと、ネイの手元に目を落とした。


 指先に、衣装の残布がまだ少しだけ付いていた。

 昨夜、灯りが消えなかった理由を思い出す。

 針を持つ手。

 小声で相談し合う声。

 自分が眠った後も、続いていたはずの時間。


(……この衣装を、私のために)


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。

 さっきとは違う種類の温かさだった。


「……でも」


 アリシアは、少しだけ声を和らげた。

「この衣装、とても綺麗よ。

 あなたたちが丁寧に仕立ててくれたのが分かるわ」


 ネイは顔を上げ、目を丸くした。


「お、お気に召しましたか……?」

「ええ。

 ジギスムント陛下も……綺麗だと、言ってくれて……」

 言いかけて、アリシアは慌てて視線を逸らした。


「と、とにかく……ありがとう。

 あなたたちの仕事は、ちゃんと伝わったわ」


 侍女たちは、今度は静かに、深く頭を下げた。


「王女様のお言葉……励みになります」

「次は、もっと素敵な衣装をお作りします」

 アリシアは小さく頷いた。


「期待しているわ。

 でも、回廊ではしゃぐのは……本当にやめてね」


「は、はいっ……!」


 侍女たちはネイに纏められ、頬を赤らめながら散っていった。


 ◆


 一人になった。

 アリシアは、そっと壁に背を預けた。


 石壁の冷たさが、火照った体にゆっくり染み込んでいく。


 さっきまで、ジギスムントの腕の中にいた。


 冷たい指が顎を持ち上げ、

 逃げられない距離で落とされた口づけ。


 逃げようと思えば、逃げられた。


(逃げなかった)


 その事実を、アリシアはしばらく見つめた。

 言い訳を探したが、見つからなかった。


 足が動かなかったわけではない。

 声が出なかったわけでもない。


 ただ――動かなかった。


 衣装の胸元に触れる。

 銀糸の刺繍が、指先に柔らかく引っかかる。


(この衣装を着て、あの人の隣に立っていた)


 ジギスムントの横顔が戻ってくる。

 冷たい蒼の瞳。

 誰も寄せつけない、静かな孤独の色。


 なのに。


(私を見た時だけ)

 ほんの一瞬だけ、何かが揺れた気がした。


 錯覚かもしれない。

 でも、見逃したくなかった。


 その一瞬を、見逃したくなかった自分が、

 もう答えを出していた。


 『私の妻になる者が、不安になるのは当然だ』


 あの声が、耳に残って離れない。

 優しいのに、温度がない。

 甘いのに、どこか冷たい。


 それなのに――

(あの冷たさに、触れていたいと思ってしまう)


 自分でも理解できない。


 できないのに、足だけが正直だった。

 アリシアは、衣装の裾を少しだけ握った。


 砂漠の花は、乾いた風の中で咲く。


 誰にも守られず、誰にも寄りかからず。


 でも今、その花は――

 冷たい手の温度を、覚えてしまった。


 砂漠の風が吹き抜け、

 薄いヴェールがふわりと揺れた。


「あの人はもう、次の戦へ……」


 アリシアは、その揺れをただ見ていた。

 胸の奥に、静かに燃えるものがある。


 それに名前をつけるのは、

 まだ、怖かった。


次回はヒマリ側に戻ります。

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