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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第三章 ロンデル公国編

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公妃の憂鬱

今回は、ロナ・フォン・ブリューテの話です。

母として、公妃として。

二つの顔を持つ女性が、息子の決断にどう向き合うか。

 エルドラ王宮、執務室。

 西の空が夕暮れに染まり、

 光が窓から淡く差し込んでいた。


 フェルマーが去った後、

 執務室には、しばらく沈黙があった。


 ロナ・フォン・ブリューテは、机の上の書簡を見つめていた。


 ――婚姻。


 その二文字が、紙の上で静かに光っている。


 アレクシスの名も、ヒマリの名も、そこには書かれていない。

 ただ、政治の言葉だけが並んでいた。


(……あの子が、婚姻)


 ロナは、ゆっくりと椅子に背を預けた。


 怒りではない。

 驚きでもない。


 胸の奥に広がったのは――

 嫌な予感だった。


「お母様」


 扉がノックされ、アレクシスが入ってきた。


 ロナは、書簡を伏せた。


「……聞いたのね」


「はい。フェルマー殿から」


 アレクシスは、静かに頷いた。


「ヒマリ殿との婚姻。

 ロンデルと王都の同盟の証として」


 ロナは、息子を見た。


 その顔は、昨日と同じ穏やかさを保っていた。

 だが――その奥に、何かが灯っている。


(この子……)


 ロナは、胸の奥がざわつくのを感じた。


「アレクシス」


「はい」


「あなたは、どう思っているの」


 アレクシスは、少し考えてから答えた。


「……悪くない話だと思います」


 ロナの眉が、わずかに動いた。


「悪くない?」


「はい。

 ロンデルは小国です。

 ジギスムント王に従属する未来より、

 ヒマリ殿と並ぶ未来の方が、まだ息ができる」


「政治の話をしているのではない」


 ロナの声が、わずかに低くなった。


「あなたの話をしているの」


 アレクシスは、母の目を見た。


 その目は、公妃の目ではなかった。

 母の目だった。


「……ヒマリ殿は、強い人です」


「そうね」


「でも、壊れそうな時もある」


 ロナは、息を呑んだ。


「あなたは、あの子を支えられると思っているの?」


「はい」


 迷いがなかった。


 ロナは、机の端を指で叩いた。


(この子は……本気だ)


 アレクシスは続けた。


「僕は、ヒマリ殿を利用するつもりはありません。

 ただ、彼女と並んで歩きたいと思っただけです」


「……並ぶ?」


「はい」


 ロナは、しばらく息子を見つめた。


 その横顔は、幼い頃と同じだった。

 優しくて、弱くて、

 それでも誰かを守ろうとする時だけ、強くなる。


(ああ……)


 胸の奥に、痛みが走った。


 ロナは、ゆっくりと立ち上げた。


「アレクシス」


「はい」


「ヒマリ殿は、あなたを幸せにするとは限らない」


「分かっています」


「あなたを傷つけるかもしれない」


「それでも」


「あなたを置いていくかもしれない」


「……それでも、です」


 ロナは、目を閉じた。


 母としての心が、

 公妃としての理性とぶつかっていた。


 どちらも正しい。

 どちらも間違っている。


 しばらくして、ロナは目を開いた。


「……分かったわ」


 アレクシスが、わずかに息を呑む。


「婚姻の話、進めましょう」


「お母様……」


 ロナは、息子の肩に手を置いた。


「決めた以上、ヒマリ殿を傷つけたたら――

 私は、あなたも許さない」


 アレクシスは、驚いたように目を見開いた。


 ロナは、静かに言った。


「公妃としてではなく、

 母として言っているのよ」


 アレクシスは、ゆっくりと頷いた。


「……分かっています」


 ロナは、息子の顔を見た。


 その目は、もう少年のものではなかった。


(ああ……)


(この子は、誰かを愛してしまったのね)


 ロナは、胸の奥に広がる痛みを押し殺した。


「行きなさい」


「はい」


 扉が閉まった瞬間、ロナは椅子に座り込んだ。

 しばらく、ただ天井を見ていた。


(子どもというのは、なぜ、こんなにも勝手に育つのだろう)


 ◆


 ――机の上に積まれたもう一つの書類に、視線を落とす。


 報告書の最後には、こう書かれていた。

 ――ヒマリはロンデルを終わらせると宣言して光の刃を放ったと。


 老将軍が入ってきたのは、それから間もなくのことだった。

 苦々しい顔をしているのは、いつものことだ。


「公妃陛下、魔王ヒマリに公宮への滞在許可を出したそうですな……」


「私は、ヒマリがロンデル兵を虐殺したなどとは信じません」


 ロナはっきりと言った。


「そうであれば、単身でこの王宮に乗り込んでくるなど、

 できるはずがない」


(アレクシスが決断した以上、後押しする)


 老将軍が、ため息を押し殺し口を開いた。

「ですが、兵の家族は納得しませんぞ。公妃陛下」

「そうでしょう」ロナは静かに頷いた。


「ですが、それをヒマリに背負わせてはなりません。

 彼女を魔王と呼ぶことは禁じます」


 彼女の声は穏やかだったが、芯に強い意志が宿っていた。


 老将軍は躊躇いながら口を開く。

「ロンデルは今や私のような老いぼれが復帰せねば、国防も危うい。

 ――併合もやむ得ぬと?」


 ロナは窓の外に視線を移した。


 夕暮れ染まるエルドラの街並み。

 王都軍との戦闘の痕跡が、まだ西門付近に残っている。


「ヒマリは、婚姻の手を引く手あまたのはずです」

 ロナは静かに続けた。


「新たに誕生した王都ブリュードの女王として、

 どれだけ有力な貴族や王族が近づいても不思議ではない。

 その中で、ロンデル公子アレクシスを選んでくれた」


 彼女は小さく微笑んだ。

「アレクシスの気持ちも確認し

 ……ヒマリを拒む理由はありません」


「八千人の命をどうお考えか?」


 ロナの目が、鋭く細められた。


「それは、ジギスムントのやり方でしょう」


 彼女は立ち上がり、窓辺に寄った。

 夕暮れの光が、彼女の横顔を照らす。


「私は、ヒマリの方を信じます。少なくとも、今は」


 老将軍が、静かに頭を下げた。


「公妃陛下のお言葉、肝に銘じます」


 ロナは振り返り、穏やかだが力強い声で言った。


「これからのロンデルは、過去の恨みで動いてはなりません。

 ヒマリが私たちに差し伸べてくれた手を、

 拒む愚を犯してはならない」


 執務室の扉が静かに閉まる音が響いた。


 ロナ・フォン・ブリューテは、

 砂の方角を静かに見つめていた。


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