第二軍将軍シュルツ、処刑か任命か
シュルツの話です。
処刑されるかもしれない場で、
最初の出会いを語ります。
玉座の間は、嵐のあとの砂漠のように静まり返っていた。
ジギスムント王に仕えていた貴族たちは、
誰一人として無関係ではなく、
次の犠牲者が自分になる可能性を、肌で理解していた。
王都を去ったジギスムントの代わりに、ヒマリが玉座に座る。
決戦時、無断で離反した上に、第二軍を率いて王都を目指したシュルツ。
一歩間違えば、王座に座っていたのは、この男だった。
貴族たちの視線が、一斉に一人へと集まる。
シュルツ・フォン・ライヒベルク。
第二軍団長。
彼は逃げなかった。
背中に、死の予感が張り付いているにもかかわらず、
ゆっくりと、玉座の前へと進み出る。
「何故、第二軍を連れ戦場を離れた?」
フェルマーの冷徹な声が、静寂を切り裂いた。
「――まず、ジギスムント王から戦力を削ぐこと。
その後、王都防衛に充てるためです」
「そのまま離反し、漁夫の利を得ようとしたのでは?」
ざわめきが走る。
ここにいる誰もが胸に抱いていた疑念を、
フェルマーは、何のためらいもなく言葉にした。
だが、シュルツは目を伏せなかった。
まっすぐに、ヒマリを見つめる。
「亡命して日が浅い身ながら、
断じてそのようなことはございません!」
彼は、右膝を床に突いた。
「第二軍をもって、王都の全防衛を引き受けさせてください。
この命に代えても、必ず守り抜きます」
重たい沈黙。
処罰を待つ姿勢でありながら、
その言葉は、願いではなく、命令を待つ覚悟を帯びていた。
ヒマリは、玉座で指を組み、彼を見つめる。
「……ずいぶん、都合のいい申し出ね」
「承知しています」
シュルツは、わずかに口元を緩めた。
「ですが、私は――
ヒマリ様に亡命した日のことを、今も忘れられません」
場の空気が、わずかに揺れる。
「警戒して、何も口にしなかった私を、
ただの兵士として迎え、温いお茶を差し出してくださった」
ヒマリの目が、かすかに揺れた。
「『選び直すことは嫌いじゃない』と、
笑っておられた」
彼は、静かに視線を落とす。
「その時、私は決めたのです。
この方に、命を預けようと」
沈黙が、柔らかく、しかし確かに場を包み込む。
ヒマリは、ゆっくりと立ち上がった。
「……あなたは、自分が処刑されるかもしれない場で、
そんな昔話をするの?」
「はい」
シュルツは即答した。
「それでも、私は王都を守りたい。
魔物を住まわせてしまえば、
これまで積み重ねてきたすべてが、逆転してしまう」
ヒマリの胸に、あの日の光景がよみがえる。
魔王城。
フェルマーに無断で面会し、
ただ、お茶を注いで歓迎した。
――それだけで、柔らかく笑い、
忠誠を誓ってくれた男。
「……内情を知るジギスムントが、
再び侵攻すれば、王都は簡単に崩壊するわ」
「だからこそ、私が、ここにいます」
ヒマリは、しばらく沈黙した後、静かに告げた。
「シュルツ・フォン・ライヒベルク」
名を呼ばれ、彼は顔を上げる。
「あなたの申し出を、聞き届けます」
一拍。
「王都の全防衛を命じます。
第二軍を、私の盾として預けましょう」
聞き届ける、という言葉を選んだのは、
意図的だった。
命令ではなく、約束として。
ざわめきが、驚愕へと変わる。
「……感謝いたします」
シュルツは、深く頭を下げた。
ヒマリは、その背をまっすぐに見つめ、心の中でつぶやく。
(この人は――
権力ではなく、約束で、この国を守ろうとしている)
それこそが、
いまの魔王軍に、最も欠けていたものだった。
◆
フェルマーは、玉座の間を出たヒマリの後を追う。
「シュルツはともかく、第二軍は、
君に忠誠を誓ったわけではない。
いざという時のため、魔王城から護衛を呼ぶべきだ」
「もう、決めたの。
王都ブリュートは、人の手で治める」
「……わかった。ならば、
シュルツの名を最大限に利用する策を立てよう」
ヒマリは、眉をひそめる。
「利用、って」
「ジギスムント王に付いていかなかった貴族を、懐柔する。
あのシュルツが許されたのなら、
自分たちも許されると考える者は、必ず出る」
「財産接収と追放で、十分じゃないの」
「これまでは、な」
フェルマーは、淡々と告げる。
「だが君は、シュルツを許した。
その“例外”は、最大の武器になる」
「……あなたと話していると、
自分の頭がおかしくなりそうよ」
「君の信頼を、最大限に生かすための現実論だ」
ヒマリは、小さく息を吐いた。
「では、貴族のリストアップと、
実行の施策を急がないとね」
「残してきた魔王城の魔物、
ジギスムント王の動向、
北のロンデル公国……」
フェルマーは指を折る。
「やることはいくらでもある」
「戴冠式も、やるんでしょ」
「もちろんだ」
ヒマリは、ほんのわずかに苦笑し、
次の戦場へと、思考を切り替えた。
「温いお茶」のエピソード、
実は最初から決めていた場面でした。




