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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
第二章 王都決戦編

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砂上の王権

舞台は一度サンドランドに移ります。

 砂は、血を吸わない。


 どれほど兵が死に、どれほど王国が崩れようと、

 サンドランドの大地は何事もなかったかのように乾いている。


 王都ブリュードから南へ。

 敗走と呼ぶにはあまりに整然とした軍列が、砂のラグナへ流れ込んでいた。


 ジギスムントは、その先頭に立つ。


 顔色は変わらない。

 敗北の影もない。


 ――撤退ではない。

 これは、戦場の移動だ。


 そう信じているからだ。


 ラグナ王宮、砂岩の玉座の間。


 サンドランド王族と重臣たちが、ジギスムント王を迎えていた。


 彼らの目には、警戒と欲望が同時に宿っている。


 北方最大国家の王。

 だが今は、魔王に追われて逃げ込んできた男。


「……歓迎しよう、ジギスムント殿」


 サンドランド王が、慎重な笑みで言う。


「我が国は中立を重んじる。

 だが、婚姻はお忘れなきよう」


 ジギスムントは、一礼する。


「はい。国を追われた身となりましたが、

 改めて貴国の王女を正妃に迎えたい」


 場が、わずかにざわめく。


 ジギスムントは続ける。


「見返りとして、北方四万の軍事力。

 そして――魔王軍を排した後の交易独占権を」


 王族たちの目が、光った。


 これは、救済ではない。

 投資だ。


 サンドランドにとって、

 敗走中の王に賭けるのは、あまりにも危険で――

 あまりにも、甘い話だった。


「魔王ノリスと、聖女ヒマリ」


 ジギスムントは、二人の名を出す。


「彼女たちは、強い。

 だが、国家運営を知らない」


 砂の都の空気が、わずかに変わる。


「私が負けたのではない。

 私は、次の戦場を選んだだけだ」


 その言葉に、サンドランド王は目を細めた。


「……その次の戦場が、この国だと?」


「いいえ」


 ジギスムントは、静かに首を振る。


「貴国は、私の背後になる」


「魔王軍の主力は魔物だ。

 魔物では、国は治められない」


 一拍。


「それが――彼女たちの、唯一の弱点だ」


 沈黙。


「私は、その裏側で、

 兵站と外交と婚姻で包囲する」


「勝つのは、いつも――」


 ジギスムントは、断言する。


「剣ではなく、制度だ」


 その夜。


 ジギスムントに会いに扉を開けた瞬間、

 王女アリシアは思わず息を止めた。


 薄橙色の流れるような髪に、翠の瞳。

 美しいと言われながら育った。


 それでもこの男の前では、

 自分がひどく平凡な気がした。


 砂漠の夜風が吹き込む窓辺に、彫像のような男が立っている。


 金糸のような淡い銀髪が肩に落ち

 乱れは、一筋もない。


 顔立ちは、整いすぎ。

 人が「美しい」と呼ぶものを、

 すべて計算して配置したような顔。


 蒼い瞳が、静かにアリシアを見た。


 感情がない、品定めもない。

 ただ、存在を確認するだけの目。


(こんなに近くで見たのは、初めて)


 そして、すぐに思った。


(……なんて、顔をしているの)


 アリシアは、胸の奥の動揺を、

 即座に苛立ちに変換した。


「傷一つない綺麗なお顔……」


 声が、わずかに尖る。


「あなたは、本気で戦ったのですか?」


 ジギスムントは、微笑した。


 その笑みすら、完璧だった。

 温度がなく、計算もなく、

 ただ――美しいだけの笑み。


「アリシアも王女ならご存じでしょう。

 戦いとは剣を突き合わせるだけではない」


「戦わずに兵を捨て、王都を捨てて?」


 歩み寄りながら、アリシアは目を逸らさなかった。

 逸らしたら、負けな気がした。


「なにか誤解しているようだ」


 ジギスムントは、涼しい顔で言う。

 磨き抜かれた爪が、窓枠をわずかに叩いた。


「もう戦いの決着は付いている。

 何もせずとも崩れると思うが、私にも時間が欲しい」


 アリシアは、しばらく彼を見つめた。


 近い。

 気づけば、思ったより近い距離に立っていた。


 銀髪が、夜の光を受けて白く輝いている。


 (胸が高鳴るのに……腹が立つ)


「……魔王と聖女は、あなたを憎んでいるでしょうね」


 自分でも気づかないうちに、

 声が少し低くなっていた。


「憎しみは、最も扱いやすい感情だ」


 ジギスムントは口角を上げ、

 アリシアの手を取った。


 冷たい指だった。


 なのに、離せなかった。


「彼女たちは、私を倒しに来る。

 だが、その間に――」


 彼は、サンドランドの夜景を見た。


「私は、世界を私の形に整える」


 アリシアは、小さく息を吐いた。


 自分の鼓動が、少しだけ速いことに気づいていた。


「……一つだけ、聞いていいですか」


「どうぞ」


「あなたは、誰かを守るために戦っているの?」


 ジギスムントは、一瞬だけ間を置いた。


「制度が、人を守る。

 私はその制度を守っている」


 アリシアは、何も言わなかった。


 それは、答えではなかった。


 でも――


(この人には、答える気すらない)


 そして、それがまた。


 どういうわけか、目が離せない理由になっていた。


「……怖い人」


「よく言われます」


 ジギスムントは、手を離した。


 冷たさが、すっと消える。


 アリシアは、自分がその冷たさの残滓を

 まだ感じていることに気づいて、


 静かに、拳を握った。



 遠く、魔王城。


 ヒマリは、砂の方角を見つめていた。


 胸の奥で、クルスが囁く。


『次の最適解はわかるね』


『反乱未遂のシュルツの処分だ』


 ヒマリは、ゆっくりと拳を握る。


 シュルツは正しかった。

 保険として、第二軍を動かした。

 それがなければ、今日の勝利はなかった。


 それでも――


「……弁明の機会を与えるわ」


 ジギスムント王は、砂に逃げた。


 だが――


 戦争は、より冷たく、より残酷な形で続いていく。

次回、ヒマリまたも難しい判断をする話です。

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