ヒマリ視点:ジギスムントの恐怖を観測する
ヒマリ視点に戻ります。
作戦は順調です。
……順調、なんですよね。
魔王城下層。
淡い光の魔方陣が床に展開され、複数の投影像が宙に浮かんでいた。
王都の構造図、魔力循環の流れ、人心反応ログ。
その中心に、ひときわ細い波形が明滅している。
「……出た」
ヒマリは小さく呟いた。
フェルマーが即座に反応する。
「ジギスムント王の精神反応だ。
恐怖由来の揺らぎが、初めて境界を越えた」
投影には数値が並ぶ。
ヒマリは腕を組み、クルスが投影してくる数値を読み込む。
思考反復率の上昇。判断遅延の発生。
外部同調率の増加。
「作戦通りね」
ヒマリは静かに画面を見つめた。
「……やっと気づいた」
彼女は椅子に腰を下ろし、指先で光の管をなぞると、
別の投影が展開する。
そこには、王城内に配置された調整済み人員の配置図が映る。
「仕掛けた恐怖反応のトリガーは三つ」
「静寂の過剰化。
忠誠の均質化。
意思決定プロセスの不可視化」
フェルマーが頷く。
「人は支配されていると理解するより先に、
理解できないほど整っている状態に恐怖を抱く」
彼女の視線が、王都全域を示す光図へ向く。
人々はよく働き、争わず、効率的に動く。
承認欲求は満たされ、恐怖もない。
けれど――
「ジギスムントだけが、そこから弾かれてる」
ヒマリは静かに言った。
「彼は支配する側であることで自我を保ってきた。
でも今は、支配しているはずの世界が、彼を必要としていない」
フェルマーが記録を読み上げる。
「恐怖反応、発生時刻23:17。
王は単独だった。
執務室から寝室に向かうところで立ち止まり
自己同一性が揺らぎを確認、手すりを握りしめ
何かを呟く……」
ヒマリは小さく息を吐いた。
「ふぅん……かわいそうに」
フェルマーは何も言わなかった。
ヒマリも、しばらく画面を見つめたまま動かない。
投影の中で、ジギスムントは一人だった。
やがて、静かに続けた。
「強さを積み重ねてきた人間が、
強さの外側に出た瞬間に何もできなくなる。
……よくある話よ」
ヒマリは投影を操作し、過去ログを重ねる。
ジギスムント王が命令を下す場面。
ノリスを使い、他国を踏みつけ、勝利を当然のものとしてきた記録。
「彼はずっと、力がある側に立っている自分が好きだった。
出来上がった支配の構造に乗っかているだけ」
フェルマーが静かに補足する。
「ゆえに、自分が支配される構造に組み込まれた瞬間、耐えられない」
「そう」
ヒマリは頷いた。
「恐怖ってね、死よりも、自分が不要になる感覚から生まれるの」
画面の波形が、わずかに震える。
恐怖指数が、再び上昇。
「今の彼は、こう思い始めてる」
ヒマリは淡々と読み上げる。
「誰かが自分の代わりに判断している。
――でも誰なのかわからない
見える敵なら戦えるのに」
彼女は少しだけ目を細めた。
「……完璧な初期恐怖反応」
フェルマーが言う。
「次の段階に進めるか?」
ヒマリは一瞬、沈黙した。
投影の中で、ジギスムントが一人、寝室でベッドに座っている。
その表情は見えないが、肩の強張りから動揺が伝わってくる。
「まだ」
そう答える声は、一見、冷静だった。
「今は気づかせる段階。
彼には、もっと自分が壊れつつあると理解させないと」
フェルマーが疑念を抱く。
「時間をかけるのはいい。だが、かけ過ぎるのは良くない」
「……苦しみを味わわせたいの」
フェルマーが、わずかに表情を変えた。
「それは……戦略か? それとも」
「両方よ」
ヒマリとクルスの声とダブる。
「逃げ道があると思わせると、抵抗する。
だから――自分の内側に原因があると信じ込ませる」
(あの、ゴブリンを従えて震えていた少女が
ここまで変わるとはな――)
「今の状況は恐怖に怯えているとも言えるが
君の存在に気付き始めたとも取れる。ジギスムントは有能だぞ」
フェルマーの進言に、ヒマリは少し考えてから答えた。
「予定を少し早めましょう。
サンドランドからの外交団と祝福で、疑念を打ち消すように…」
「ノリスも焦れてる」
「彼女は怒りの象徴。
恐怖が十分に熟成してからじゃないと、効果が薄い」
ヒマリは最後に、王都全景を映す投影を見つめる。
静かで、平和で、よく管理された王城。
その中心で、ただ一人、王だけが眠れずにいる。
「……ふふっ」
小さく、独り言のように笑う。
「ジギスムントが何度も寝返りを打ってる。
胸がぞくぞくして、気持ちがいいわ」
捨てられた聖女は、少しだけ頬を赤らめ、吐息をつく。
光が収束し、観測が終了する。
ヒマリが部屋を出た後、
フェルマーはしばらく投影の残像を見つめていた。
「……シュルツ、お互い何をするかわかっているな」
「ヒマリ殿は自分に酔い始めている、
保険が必要だ」
「ああ…」
短い返答。
それだけで、二人には十分だった。
振り子のように二人の視点を挟みながら進めて来ましたが
次回で陰謀の結末が出ます。




