ジギスムント視点:不穏な違和感と結婚準備編
王都では次なる一手が動き出す。
戦わずして国を手に入れる――婚姻という名の支配。
すべては計画通り。
王都ブリューテ。
今日の朝は、
いつにも増して整いすぎていた。
メイドに磨き抜かれた回廊。
衛兵の寸分の狂いもない儀礼。
揃った足音で進む文官たち。
それらは秩序の証であり、
同時に――支配が正しく機能している証拠でもある。
ジギスムントは玉座の肘掛けで綺麗に磨かれた爪を一瞥し、
報告書を流し読む。
「サンドランドより正式な返書です。
婚姻の件、前向きに検討すると」
宰相の声に、王は小さく頷いた。
予定通りだ。
砂漠国家は弱い。
だが、資源は豊富。
正妃として王女を迎えれば、
軍を動かすことなく服属させられる。
ロンデル公国の兵は第四軍として吸収した。
今は軍備を整える時。
兵を動かさず、
金も出さず、
制度と縁で縛る。
――それがフェルマーに教え込まれた、
彼の統治法だった。
「式典準備は急げ。半年も要らん。三か月でいい」
「はっ」
命令は淀みなく伝達される。
だが、その完璧な流れの底で、
ジギスムントは小さな違和感を覚えていた。
――静かすぎる。
ロンデル陥落で、ジギスムントの人気はうなぎ登りだ。
国内は安定している。
反乱の兆しもない。
それ自体は、
本来なら喜ばしいことのはずだった。
だが。
(……ノリスが、帰ってこない)
あの女は、力を失ってもなお策を巡らす存在だ。
捨てられるよりは側室を選ぶ――
それくらいの計算は、すぐにできる女のはず。
それなのに、
彼女の名は誰の口からも出ない。
それが、かえって不気味だった。
報告も気に入らない。
第二軍・シュルツ将軍の失踪。
地下ゴミ捨て場での魔力不明瞭化。
そして、魔物被害の沈静化。
「……老将軍にしては、消え方が綺麗すぎるな」
シュルツは現役を引退予定だった。
領地も欲しがらず、権力にも執着しない。
だが、縁を重んじる男だったはず。
いなくなり方が、あまりにも整理されすぎている。
胸の奥で、
見えない歯車が、わずかに軋む。
それは計算では測れない、
微細なずれ。
「……考えすぎだ」
ジギスムントは自分に言い聞かせる。
今は婚姻だ。
王としての正統性を固め、諸侯を沈黙させる儀式。
それが終われば、制度改革と軍再編。
――完全な独裁体制が完成する。
「小事に躓いている暇はない」
そのとき、
扉の外から控えめな声が響いた。
「殿下。
仕立屋より、婚礼衣装の最終案が届いております」
「通せ」
差し出された布見本は、
白と金を基調にした豪奢なものだった。
王族として完璧な意匠。
非の打ち所がない。
だが、
それを指でなぞった瞬間――
胸の奥に、微かなざらつきが走る。
(……なぜだ)
理由は分からない。
だが確かに、
この完璧な秩序のどこかに、
異物が混ざっている。
ノリスの沈黙。
シュルツの失踪。
報告書に残る説明不能の違和感。
それらが、
見えない糸でゆっくりと繋がり始めている。
「……式の準備は、抜かりなく進めろ」
そう命じながら、
ジギスムントは自分の掌が、
わずかに汗ばんでいることに気づいた。
彼はまだ気づかない。
この違和感が、
もう誰かの意思になっていることを。
そして、彼の築いた支配が、
内側から書き換えられつつあることを。
まだ表面化していませんが、すでに歯車は狂い始めています。
次回はヒマリの立てた陰謀が明かされます。




