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ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
最終章 魔神ベル・ブリュード編

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終われなかった者

魔神ベル・ブリュードとの戦いが終わった。

けれど、すべての者がそこで終われるわけではない。


ヒマリの前に現れたジギスムントが選ぶ、最後の道とは――。

 夜明け前だった。


 魔王城の周囲は、ようやく静けさを取り戻していた。


 黒い霧は消え、空を覆っていた異形の気配もない。


 終わった。


 そのはずだった。


 だが、ヒマリは王錫を握りしめ、その場から動けずにいた。


 膝が痺れる。


 気を抜くと倒れてしまいそうだ。


 今さらになって、全身の傷が存在を主張し始めていた。


 戦わなくていい。


 その事実が、どこか現実味を持たない。


『……無理をするな』


 胸の奥で声が響く。


 クルスだった。少し呆れたような声音。


『王様にも休息は必要だ』


 ヒマリは小さく息を吐いた。


「そうね」


 少しだけ笑う。


 いる。


 ちゃんといる。


 それだけで不思議なほど安心できた。


 その時だった。


 砂塵の向こうから、一頭の馬が現れた。


 真っ直ぐこちらへ向かってくる。


 鎧が砂と血で汚れていた。


 魔物の群れをくぐり抜けた傷の跡が、外套に滲んでいた。


 ヒマリは目を細めた。


(来たのね)


 馬が止まる。


 男は静かに地面へ降り立った。


 崩れた魔王城を見上げながら、男は言った。


「……終わったか」


「ええ」


 短い返答。


「あなたが王都を守ってくれたからよ」


 ジギスムントはそれに答えず、崩れた尖搭に目をやった。


「魔物は?」


「……封じたわ」


「そうか」


 風だけが吹く。


 かつては復讐の気持ちだけだった。


 王となって。


 幾度も戦って。


 互いに譲れないものを抱えていた。


 だが今は違う。


 ヒマリには分かっていた。


 この男は戦いに来たのではない。


 終わりを探しに来たのだ。


「決着をつけに来た」


 ジギスムントが腰の剣に手をかける。


「私と、お前の」


 ヒマリは首を振った。


「違う」


 ジギスムントの顔を見た。


 その蒼く透き通った瞳を見た。


 (殺意がまったくない)


 王である誇りだけは捨てずに、ヒマリの前に立っている。


「あなたは決着をつけに来たんじゃない」


 ジギスムントが視線を向ける。


「終わりを探しに来たのよ」


 沈黙が落ちた。


 否定はなかった。


「……そう見えるか」


 笑い方を、あまり知らない人の笑い方だった。


 口の端が微かに上がって、それで終わる。


「あなたの望むものと、私の望むものは違う」


 ヒマリは静かに言った。


「どちらかが間違っているわけじゃない」


 そして、ジギスムントを見る。


「でも、一つの場所には立てない」


「ああ」


 ジギスムントは頷いた。


「王というものは」


 ジギスムントは遠くを見た。


「終わりを選べん」


 朝焼け前の空を。


 そして、自分が守り続けた国を。


「壊れるまで進むしかない」


 ヒマリは王錫に体重を預けたまま、ジギスムントを見た。


 まるで、自分に向けた忠告のようにも聞こえた。


「アリシアは戻らないわ」


 ジギスムントの指先が剣の柄から胸元に移る。


 ほとんど無意識の動作だ。


「……知っている」


 懐から一枚の紙を取り出した。


 何度も開かれた跡がある。


 端は擦り切れ、折り目は白くなっていた。


 返書だった。


 ヒマリには分かる。


 どれほど繰り返し読み返したのか。


「私には理解できない」


 低い声だった。


「王妃とは役割だと思っていた」


 紙を見つめる。


「だが……あいつは違った」


 一瞬だけ目を伏せる。


「自分で選んだ」


 その声に怒りはない。


 悔恨とも少し違う。


 ただ事実として受け止めようとしている響きだった。


「あなたも選べるわ」


 ヒマリは言った。


「終わり方を」


 ジギスムントは黙っている。


「私は、あなたの終わりにはなれない」


 朝日が崩れた魔王城を照らし始める。


「だって、あなたはまだ生きてる」


 長い沈黙。


 やがてジギスムントは小さく笑った。


「ああ」


 そして初めて。


 一人の人間として。


「……ヒマリ」


 その名を呼んだ。


 最初は無価値だった。


 そして、敵となった。


 今は、ブリュードの女王だ。


「お前は、大した王だ」


 ヒマリは答えられなかった。


 言葉にしてしまえば、この時間が終わってしまう気がしたからだ。


     ◆


「――少々、お待ちを」


 静かな声が割って入る。


 瓦礫の向こうにフェルマーが立っていた。


 外套は裂け、顔には煤が残っている。


「生きていたか」


「簡単には死ねませんので」


 フェルマーは歩み寄った。


「ひとつ、訂正があります」


「何だ」


「以前、貴方は教え甲斐のない生徒だと言いました」


 一拍。


「訂正します」


 真っ直ぐジギスムントを見る。


「私が、貴方を教育できなかった」


 ジギスムントは何も言わない。


「強さしか教えられなかった」


 静かな声だった。


「弱る方法を教えられなかった」


 風が吹く。


 長い沈黙の後。


「……俺に弱くなれと言うのか」


 珍しく迷いのある声だった。


 フェルマーは小さく笑う。


「それがよろしいでしょう」


 ジギスムントもわずかに口元を歪めた。


「面倒な教師だ」


「今さらです」


 ほんの少しだけ、二人とも笑った。


 やがてジギスムントは返書を懐に戻した。


「時が来たら」


 ジギスムントは言う。


「アリシアを……サンドランドへ戻してやってくれ」


「他には?」


 フェルマーが問う。


 逃がさない声音だった。


 長い沈黙。


 やがて。


「……すまなかった、と」


 それだけだった。


「愛している、とは?」


 フェルマーは静かに続ける。


 ジギスムントは返書を見た。


 しばらく見つめた後。


 ゆっくりと首を振る。


「その資格はない」


 そして薬指へ視線を落とした。


 ひび割れた指輪が朝日に光る。


 魔力が抜けた指輪は輝きを失い、驚くほど簡単に抜けた。


 ジギスムントはしばらく掌の上の指輪を見つめる。


 ヒマリの胸が、少しだけ締めつけられる。


 ああ、この人は――


 ようやく、気づいたのだ。


 失ってから。


 全部、遅すぎる形で。


 フェルマーも何も言わず指輪を受け取った。


 それが、彼が教師として、最後に出来ることだった。


 ジギスムントは馬へ向き直る。


「行くの?」


「ああ」


 短い返事。


 そして。


「……まだ終われんらしい」


 諦めでも決意でもない。


 ただ受け入れた声だった。


 ヒマリは、その背中を見送った。


 もう、呼び止めなかった。


 彼はまだ生きている。


 そして――


 王であることだけは、まだ捨てられなかった。


 ヒマリは王錫杖を握り直した。


 自分もまた、ここから歩いていくために。

強さしか知らなかった王が、最後に選んだ道。


次回、エピローグです。

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