魔王城の守護者
魔王城内部へ突入したヒマリたちを待っていたのは、
新世代の守護者《アラク=グレモラリス》。
転移、召喚、結界――
三つの能力を組み合わせた難敵を前に、
ヒマリたちは苦戦を強いられます。
魔王城の内部は、かつての見慣れた景色から一変していた。
昆虫の羽や甲殻などが壁にびっしり張り付いている。
三人の足音が、石の廊下に響く。
ヒマリ、ノリス。
そして、最後尾にフェルマー。
赤黒い魔法陣が、鈍く明滅していた。
コアの鼓動が、床を通じて伝わってくる。
ドクン。
ドクン。
巨大な血管のようなチューブが浮き出ては消えていく。
「既存の魔物たちがいない……」
ヒマリが周囲を見回した。
「防衛機構にやられた?」
『見くびらないでくれ』
クルスの声が響いた。
いつもより、明らかに感情が滲んでいる。
『システム本体は、まだ僕の制御下にある』
『魔物たちは地下の指令室へ逃がした。
――かつての、ゴミ捨て場だ』
「あそこに、みんなが……」
『浸食は早い。
でも、君を魔王城コアまで導くまでは持たせる』
ヒマリは汗ばんだ手で錫杖を握り直した。
「うん、進もう」
フェルマーが、廊下の壁の魔法陣を見ながら言った。
「魔法陣の構造は把握しました」
魔導眼鏡に、術式が流れている。
「この城の演算系は、クルスが管理している部分と、
ベル・ブリュードに浸食された部分が混在している」
「つまり?」
「どちらも既存の魔王城のシステムをベースにしている」
静かな声だった。
「これならば魔王城の干渉はすべて私が対処できる。
ヒマリは戦闘に集中して構わん」
ノリスが、廊下の奥を見ていた。
白銀の髪に深紅の瞳。
元の姿を取り戻し、圧倒的な魔力の揺らぎが
その身体から立ち上っている。
だが、その足取りは慎重だった。
以前の彼女なら、先頭に立ち、真っ先に踏み込んでいた。
あの夜、ヒマリに敗れて影となった。
力を取り戻しても、従うくせが抜けていない。
ヒマリには、それが分かった。
(ノリス)
ヒマリは声を掛けなかった。
ただ、隣に並んで歩くように速度を落とした。
◆
中層の広間に出た。
高い天井に柱が並んでいる。
魔法陣が床全体に刻まれていた。
かつては上位魔物と激闘を繰り広げた。
今は誰もいない。
その静けさが、嫌だった。
「待ち伏せするなら、ここだと思ったけど――」
『ヒマリ』
クルスの声が、低くなる。
『魔力反応。上だ』
ヒマリが天井を見上げた瞬間。
ドサリ。
何かが落ちた。
巨大な蜘蛛のようだった。
八本の脚、黒い甲殻。
人の背丈の何倍もある。
甲殻には赤黒い術式が刻まれていた。
見ただけで分かる硬度。
剣は通らないだろう。
「……来たか」
蜘蛛から低い声が響いた。
どこから出しているかわからないが、人の声だった。
「ベル様の客人とは、随分と早い到着だ」
八つの複眼が、ヒマリを見た。
それから、ノリスを見る。
「ほう」
少しだけ、声が変わる。
「銀の魔王、無様に生き長らえたか」
ノリスは答えない。
「ベル様は、お前が来ると仰っていた」
巨大な蜘蛛が、ゆっくりと動く。
足が石床を叩き、重い音に魔法陣が共鳴する。
「私は《アラク=グレモラリス》」
名乗りは静かだった。
「魔王城の守護者だ。
旧式を通すわけにはいかない」
ヒマリは白銀に輝く錫杖を掲げた。
「では――魔王城の主が命じる。
退きなさい」
「お前は私の王ではない」
即答だった。
次の瞬間、巨体が消えた。
「っ!」
ヒマリが咄嗟に後ろへ跳ぶ。
ドゴォン!!
直後、ヒマリがいた場所に巨大な脚が落ちた。
石床が、砕ける。
『左!』
咄嗟にヒマリが左へ転がる。
再び脚が落ちる。
「速い……!」
「短距離転移。眼では追えない」
ノリスが言う。
まだ、声は冷静だった。
「クルス、次の転移先の予測は?」
『やってる』
錫杖に、演算式が走る。
『次は……右後方、三メートル』
「ノリス、右後方!」
ノリスの背中から黒い羽根が盛り上がり、
右後方の空間を一閃する。
ギィン!!
影の刃が甲殻に弾かれた。
「硬い……!
魔力を練り込んだのに」
ノリスは目を細め、甲殻に弾かれた跡を見た。
傷一つない。
フェルマーが、広間の魔法陣を見ながら言う。
「甲殻に術式が刻まれている。硬化の付与だけではない」
魔導眼鏡に、細かい術式が流れる。
「対物理、魔法結界が、甲殻をコーティングしている」
「解呪できる?」
「私は天才だ。未知の術式でもやってみせるさ」
細身の魔導士は己を鼓舞するように言った。
「分かった。任せるわ」
アラクが八本の脚を広げた。
「降伏しろ。ベル・ブリュード様は寛大なお方だ。
体に虫を入れて生かしてやる」
廊下の壁に黒い糸が走り、広間全体を囲い始める。
「冗談じゃないわ。気持ち悪い!」
『ヒマリ、結界が完成する前に動け。
逃げ場がなくなる』
「どこへ?」
『次は正面、五メートル先』
「正面か、なら――」
ヒマリは錫杖を構え、光を収束させる。
(当たるっ!)
アラクが現れた。
「強制浄化」
ヒマリの光が、正面から炸裂する。
ビキビキビキビキッ!
蜘蛛の巨体が白銀の光に包まれ振動する。
だが、アラクは動じなかった。
「見えたぞ……ただの結界ではない」
フェルマーが言う。
指がせわしなく印を結び、激しく術式を流している。
「影と異界の二重構造、座標マーキングから削除に入る」
「素晴らしい演算速度。だが――」
アラクの声がどこか楽しそうに響き、八つの複眼が光る。
「この戦闘中には間に合わない」
姿が消えた。
気配ごと、完全に。
「……どこ?」
『転移反応なし』
クルスの声が、珍しく焦りを帯びる。
その時。
カサ。
カサカサ。
カサカサカサカサ――。
「上!!」
ノリスが叫んだ。
天井から、小さな黒い点が降ってくる。
無数の集合体。
百匹。
いや、それ以上。
子蜘蛛だった。
アラクの配下、同じ八つの複眼。
「っ!!」
すべての子蜘蛛がヒマリに狙いを定め殺到する。
錫杖が反応し、ヒマリを光の膜で包んだ。
だが、多すぎる。
一匹を払えば、三匹が迫る。
四方から白い糸が吐き出され、
光の結界を締め上げていく。
「っ……!」
ヒマリの足が、止まった。
次回、魔王城の守護者との戦いは決着へ――。




