↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴミとして捨てられた聖女、魔王と手を組み王国に復讐する  作者: ふりっぷ
最終章 魔神ベル・ブリュード編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
102/113

出立の朝、影は光に戻る

戦線が、ようやく静まった。

けれど、戦いは終わっていない。


魔王城の奥に待つベル・ブリュードを止めるため、

ヒマリは最後の決断をする。

 戦線が、静かになっていた。


 ジギスムント率いる旧第一軍が西方から突入して以来、

 城壁へ押し寄せていた黒い波は、目に見えて薄くなっている。


 蟻たちは徐々に砂漠側へ引き寄せられ、

 空を覆っていたハエの群れも散り始めていた。


 焦げ臭い風の中で、兵士たちがようやく呼吸を取り戻す。


「……押し返せてる」


 アレクシスは西壁の上から遠くを見つめたまま、低く呟いた。


 眼下では、まだ黒煙が立ち上っている。

 だが、先ほどまでの絶望的な圧力は消えていた。


 隣にはフェルマーが立っている。


 魔導眼鏡のレンズに、複雑な術式が流れていた。


「西方戦域の魔力反応を確認」


 淡々とした声。


「ジギスムント自ら、ベル・ゲラーテ分体を撃破したようです」


 その言葉に、周囲の兵士たちがざわついた。


「本当か……?」


「たった一軍で……」


「恐るべき強さだ……」


 畏怖と警戒。


 そして、僅かな安堵。


 敵であるはずなのに、

 その名が今は救援のように響いていた。


 アレクシスは苦く笑う。


「味方になると、これほど頼もしいとは――」


「まだ味方と決まったわけではありません」


 フェルマーは即座に返した。


 感情を交えない声だったが、その目は戦場を冷静に測っている。


「ですが……今のうちに動くべきだ」


 アレクシスが振り返る。


「動く?」


「ヒマリ様が、そろそろ決断される頃です」


     ◆


 王都・臨時指揮室。


 ヒマリは、机の上に広げられた地図を見つめていた。


 視線の先にあるのは、王都西方。


 黒い塔のように聳え立つ魔王城。


 その中心部では、今も赤黒い光が脈打っている。


 弱まってはいない。


 むしろ、戦場の犠牲を吸い込んで歓喜しているように見える。


「フェルマー」


 ヒマリは静かに顔を上げた。


「王都に来た魔物。あれは、分体だと名乗っていた」


 フェルマーはすぐには答えなかった。


 一秒。


 沈黙してから、ゆっくり頷く。


「はい」


 彼は地図へ視線を落とした。


「ベル・ゲラーテは、

 魔王城コアから供給された魔力による分体」


「先ほど撃破されたことで、

 クルス側の制御権は一時的に上昇してる」


『ああ』


 胸の奥で、クルスの声が響いた。


『少なくとも魔導砲は完全に抑え込めた』


 ヒマリは地図の上から指を滑らせる。


 王都の脅威が軽減し、西壁も押し返した。


 そして、沈黙する魔王城。


「つまり……今なら」


「コアへ干渉できる可能性がある」


 フェルマーは真っ直ぐヒマリを見た。


「魔王城内部へ入り、ベル・ブリュードを止める。

 それ以外に、根本的解決はない」


 沈黙が落ちた。


 ヒマリは、再び魔王城を見る。


 分かっていた。


 どこかで、この決断をしなければならないことを。


「……一人で行く」


「なりません」


 即答だった。


 珍しく、フェルマーの声に強い感情が滲む。


「今の魔王城内部は通常術式が歪んでいる。

 空間構造も安定していない。

 君一人だと、コア側へ引き込まれる危険がある」


『僕がそんなことさせない』

 クルスが即座に反論する。


「それでも、物理的な援護は必要だ」


 フェルマーの声は断固たるものだった。


 ヒマリが息を吐いた、その時。


 扉が開く。


「私も行きます」


 静かな声だった。


 ノリスが立っていた。


 黒衣を纏い、真っ直ぐこちらを見ている。


「ノリス……」


「魔王城の構造は、私が一番知っているから」


 一歩、前へ出る。


「それに――」


 僅かに視線を伏せる。


「あなたを、一人で行かせたくない」


 ヒマリの胸が小さく揺れた。


 だが。


「今のあなたでは危険よ。魔力だって――」


「あるわ」


 ノリスは懐から小さな魔石を取り出した。


 深い青色。

 それを静かに握り潰す。


 次の瞬間、空気が変わった。


 部屋全体に重い魔力が溢れ出す。


 ヒマリが息を呑み、フェルマーが目を細めた。


 ノリスの黒髪が、ゆっくりと白銀へ染まっていく。


 毛先から根元へ。


 夜が、朝日に塗り替えられていくように。


 瞳もまた、深紅へ戻っていく。


 背後に立ち昇る魔力の揺らぎ。


 圧倒的な存在感。


 ヒマリは言葉を失った。


 知っている。


 この気配を。


 ノリス・ヴァルターナ。


 かつて世界を恐れさせた魔王が、そこに立っていた。


「……ノリス」


 ヒマリの声が掠れる。


「ずっと、隠してたの……?」


「影でいたかったので」


 ノリスは穏やかに答えた。


「ヒマリが決断するのを、待っていました」


 その言葉が、胸へ深く刺さる。


 ずっと、彼女は力を抑えていた。

 影で居続けるために。


 ヒマリは唇を噛んだ。


「……ごめんなさい」


 ノリスが目を瞬かせる。


「あなたに、そこまでさせてたこと」


 王都に戻っても、気づかなかった。


 ノリスの痛みに。


 影として振る舞うことで、自分を消していたことに。


「その姿に戻った以上、もう王都には――」


「これでいいの」


 ノリスは静かに首を振った。


「私は、やっぱり魔王ノリスだから」


 その声は穏やかだった。


 諦めではない。

 受け入れた声だった。


「でも」


 少しだけ笑う。


「気づいてくれて、ありがとう」


     ◆


 医療棟。


 アレクシスは椅子に腰掛けていた。


 フェルマーが義腕の術式調整を行っている。


 淡い光が流れ、魔力回路が接続されていく。


「調整はここまでです」


 フェルマーが小さく息を吐く。


「無理をすれば破損します」


「動けばいい」


 アレクシスは短く返した。


 しばらく沈黙が続く。


 やがて、彼が口を開いた。


「ヒマリは、魔王城へ行くんだね」


「ええ」


「ノリスも」


「はい」


 アレクシスは目を閉じた。


 長い沈黙。


「……そうか」


 それだけだった。


 フェルマーは作業を続けながら、静かに言う。


「一つ、忠告があります」


「なんだ」


「もし、ジギスムント軍が王都へ向かった場合」


 フェルマーは淡々と告げた。


「無血開城を推奨します」


 アレクシスの目が細くなる。


「今の王都では、抗戦は不可能です」


「兵士は疲弊し、民も限界に近い。

 ヒマリ様不在の状態で戦えば、被害だけが増えます」


 アレクシスは黙って聞いていた。


「……それを、ヒマリは知っているのか」


「知っています」


「そう判断した上で、魔王城へ向かうのですか」


「はい」


 静かな返答だった。


 アレクシスは目を閉じた。


「……わかった。

 だが、今のジギスムントは来ない気がする」


 フェルマーが手を止めずに問い返す。


「根拠は?」


「以前、地下牢で話したことがある」


 アレクシスは天井を見上げた。


「王とは何かを」


 フェルマーが小さく息を漏らす。


「……私も聞きたかったですね」


「お前は王の器ではないと言われたよ」


 一瞬だけ、空気が和らいだ。


     ◆


 出立の準備が整った頃。


 朝日が石畳を斜めに照らしていた。


 ヒマリとノリスが並んで立っている。


 フェルマーはその後ろで術式確認を続けていた。


 そこへ、アレクシスが、ゆっくり歩いてくる。


 義腕はまだ完全ではない。


 それでも彼は、真っ直ぐノリスの前まで来た。


「……アレクシス」


 ノリスの肩が僅かに揺れる。


「行くんだろう」


「うん」


「勝てるか?」


「……わからない」


 一拍。


 アレクシスは、そのままノリスを抱き寄せた。


 ノリスが小さく息を呑む。


 言葉はない。


 ただ、静かに抱き合った。


 互いの存在を確かめるように。


 ヒマリは、その光景を見つめていた。


 目を逸らせなかった。


(……アレクシス公子との婚姻)


 ずっと考えていた。


 政治的には正しい。


 ロンデル復興の象徴。


 王都との絆。


 理屈では、理解している。


 それでも。


(ノリスは、この人が好きなんだ)


 ヒマリは唇を噛む。


(私は……)


 どちらも失いたくなかった。


 ノリスも。


 アレクシスも。


 傍に置いておきたかった。


 それは王としてではない。


 一人の人間としての、執着だった。


(これが最後になるかもしれないのに……)


 胸が、少しだけ痛んだ。


 その隣へ、フェルマーが静かに立つ。


 何も言わない。


 ただ、そこにいる。


 それが彼なりの支え方だった。


 やがてノリスが離れる。


 目元が、少し赤かった。


「これ、北部都市から持ってきた魔石よ」


 ノリスは小さな魔石を差し出した。


「異界魔力が入ってる。きっと役に立つ」


「君が持っているべきじゃないのか」


「あなたに持っていてほしいの」


 アレクシスは静かに頷いた。


 魔石を受け取る。


 ノリスは涙を拭い、それからヒマリの隣へ戻った。


 威風堂々の魔王の姿。


 それでも、その目は変わっていなかった。


「行こう」


 ノリスが言う。


「……うん」


 ヒマリは頷いた。


 三人が歩き出す。


 魔王城へ。


 朝日が、黒い外壁を照らしていた。


 赤黒い光は、まだ脈打っている。


 だが、その向こうには。


 確かに夜明けがあった。

ジギスムントの参戦によって戦線は一時的に落ち着き、

ヒマリたちはようやく魔王城へ向かう決断をします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。