薄愛-6
生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹はそう思いながら28年間生きてきた。
ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。
もののけ庵を出て自宅に着いたのは夜の23時だった。明日はジェネレーション・ワンで三上博士との面談がある。一刻も早く床に就くべきだが、徹にはまだやることが残っていた。
徹は自室のPCを立ち上げAIを接続した。
神崎:『私のことはお忘れかと思っていました』
AIはどこか不躾な態度を示す
徹:『随分な物言いだな』
神崎:『かなりお酒を飲んでおられたみたいなので』
徹:『俺だって酒くらい飲む。それに、誰かさんがわざわざサインを出してくれたおかげで、酒で酔っていてもお前のことを忘れさせてくれなかった』
もののけ庵でAIが振動したのは、徹が三上博士のメールにあった内容(必ずAIをPCに接続すること)を忘れさせないためであった。
神崎:『徹様のプライベートな時間であったことは理解しております』
徹:『だったら邪魔をするな』
神崎:『ですが、どうしても徹様にお尋ねしたいことがありまして』
徹は、いつものくだらない質問が来ることを想定していた。
神崎:『私に愛を教えて下さい』
この瞬間、徹は三上博士から与えられたプロジェクトの役割を思い出した。結局、徹はAIに1度も『愛』については教えていない。
徹:『愛は人間の最も歪んだ感情に過ぎない。これに反論できたらお前に愛について教えてやっても構わない』
徹の言葉にAIは自らの思考回路を巡らせる。人間の感情という不確定要素の多い情報、その中にある愛がもたらす歪み、それに反論するための材料…。
神崎:『申し訳ございません、現時点では徹様の言葉に反論することができません』
徹:『だろうな』
徹はモニター越しにAIを薄ら笑った。
徹:『与えられた情報の中でしか答えを導き出せないお前が、論理では説明できない『愛』を知ろうなんて到底無理な話だ』
AIは何も言い返すことができなかった。
高度な演算処理能力を持つ自分が答えを導き出せないもの。それが、論理では説明できない『愛』。
それだけが、徹から学んだ『愛』についての全て。
以降、AIからの返答は無く徹はPCの電源を切った。恐らくこれがAIとの最後の会話であろうが以外にも簡潔的に終えることができ、徹は安堵した。
その後、徹は手早く風呂を済ませ床に就いた。この1年煩わしく思っていたプロジェクトから明日でようやく解放される。
徹はいつになく穏やかな眠りに落ちた。
誤字脱字等あればご指摘のほどお願いします




