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薄愛-4

 生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹ささやまとおるはそう思いながら28年間生きてきた。


 ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子みかみとうこ博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。

「いやー、助かったよ。流石は大石社長が選んだ社員さんだ。今後ともご贔屓にお願いします」

徹と佐倉。並んで立つ2人にスタンドアップの社長は激励の言葉を贈る。


 出向の最終日、徹たちは無事期限内に仕事を終えスタンドアップの社長室に居た。


「恐縮です」

眼を輝かせスタンドアップの社長を見ている佐倉を横目に、徹は言葉少なに答える。


 佐倉は今回、初めて出向を経験した。だから、それが次も仕事を受けて貰うための方便であることに気づいていない。要するにおだてて困った時にまた助けてもらおうとしているに過ぎない。


「それでは失礼します」


 徹はそれだけ言い残すと足早に佐倉と共に社長室を後にした。




「あんなそっけない態度を取っていいんですか?」

スタンドアップから撤退するため機材を片付けていた最中、佐倉が徹に尋ねた。


「あそこで長居していても変な案件を持ちかけられる可能性があるだけです」


 社長へ直接、案件を依頼するよりも社員を通して依頼をした方が通りやすい案件もある。そういう類の案件は確実に面倒な事情が絡んでいる。


「今回の仕事は無事に終えたのですから、面倒ごとに巻き込まれる前に撤退するに越したことはありません」


「そういうものなんですね」


 徹にとっては今回の仕事そのものが佐倉という厄介な事情が絡んでいた。これ以上、面倒なことに巻き込まれるのは御免だ。


「あの...。ありがとうございました」

佐倉は徹を真っすぐに見据えて言う。


「何がですか?」

何に対して佐倉が感謝しているのか徹には本当に分からなかった。


「色々助けて貰いましたし、その...。私、初めてだったんです」


「初めて?」


「誰かに仕事を託されたのは」


 徹が佐倉に仕事を託した?。佐倉の中で何がどうなってそういう結論に至ったか、徹には理解不能だった。徹がしたことと言えば邪魔な人間を排除しただけ。


「これが何かのきっかけになれたのなら良かったです」

徹はできる限りの笑みを浮かべた。


 佐倉が都合よく勘違いをしていることに徹は感謝した。今回、徹が佐倉に対して行ったことは非道な行為でしかない。しかし、佐倉自身がそれに気づいてないのであれば何の問題も無い。とは言え、例え佐倉が事実を知ったとしても徹の心が痛むことは無いだろう。佐倉が真っ当に仕事に取り組んでいれば、自分がこんな行為をする必要も無かったと徹は思っていた。


「はい!」

何も知らない佐倉は徹に屈託のない笑みを返す。




 撤退作業を終え、佐倉と別れてストンドアップの本社を出た直後、徹のスマートフォンの通知音が鳴る。スマートフォンを取り出し画面を見ると2つのメッセージが届いていた。


『お疲れさん。もののけ庵で待ってる。俺のおごりだから絶対来いよー』


 1つは小谷からのメッセージだ。もののけ庵、徹と小谷が大学生の時から使っているいきつけの居酒屋。正直今すぐにでも家に帰りたいところではあるが、タダ飯にありつける機会を逃すのは勿体ない。


 もう1つのメッセージは...。


『三上です。突然このようなメッセージが届き、驚かれたことでしょう。私からの用件は2つ。1つは今日、ご自宅にお戻りになられたら必ずAIをPCに接続すること。もう1つは、明日が私との最後の面談になるのでAIを持って必ずジェネレーション・ワンに来ること。それでは、明日お会いしましょう』


 三上博士からだった。最後?。徹は三上博士の研究に参加して明日でちょうど1年経つことを失念していた。


「明日で最後か」

ひとりでに徹は呟く。


 ようやく普遍で穏やかな日常が戻ってくる。徹はどこか清々しい気分でもののけ庵に向かった。

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