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薄愛-3

 生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹ささやまとおるはそう思いながら28年間生きてきた。


 ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子みかみとうこ博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。

神崎:『言われていたものをUSBに保存しました』


 AIに2つの命令を出した次の日の朝、徹は普段より早く起床し進捗状況を確認した。


徹:『早いな』


神崎:『そう難しいものではありませんから』


徹:『どうやってこれ(USB)を使えばいい?』


神崎:『PCの電源を入れて接続するだけで構いません。ダウンロード完了と表示されれば終わりです』


徹:『分かった』


 徹はUSBを鞄の中に入れ、足早に家を出た。




 いつもは混み合う電車の中も今日はまばらだった。何しろ普段より2時間は早く出勤している。誰しも仕事のある日はギリギリまで寝ていたいものだ。それは徹とて同じであったが今日に限ってはそうも言っていられない。


 スタンドアップの本社へと到着し徹たちのデスクに向かう。社内には既に何人かいたが普段よりも早く出勤した徹を咎める者はいない。出向して来ている徹たちはスタンドアップの社員にとっては部外者でしかない。与えた仕事が期限内に終わること以外に関心が無いのだ。


 当然ながら徹たちのデスクに佐倉の姿は無かった。思えば、佐倉が定時以外に出勤している姿などフューチャー・ビジョンでも見たことがない。だが、今からやろうとしていることを佐倉に見られるわけにはいかない。


 徹は鞄からUSBを取り出した。佐倉が使っているPCの電源を入れAIに言われた通りUSBを接続する。


「(1秒...、2秒...、3秒...、4秒...、5秒...)」

5秒ほどでモニターにダウンロード完了と表示された。


 徹はUSBを取り外し鞄の中に戻すとPCの電源を切り、何食わぬ顔で自分のデスクに座り業務を開始した。




「笹山さーん。助けて下さいー」

間延びした甘ったるい声で佐倉は隣に座る徹を呼びかける。定時で出勤した佐倉が問題を起こすまで10分もかからなかった。


「分かりました」

徹は佐倉のPCを確認する。佐倉のモニターにはこの1ヶ月、何度となく見たエラーが表示さていた。


「ちょっとすみません」

徹は佐倉のPCのキーボードを操作する。傍から見ればいつものように佐倉のミスの尻ぬぐいをしているようにしか見えないだろう。


「これは僕では対処できないですね」


「え?」

佐倉は間の抜けた顔で徹を見た。


「調べたのですが僕にも原因は分かりません」 

徹は何食わぬ顔で嘘をついた。本当は佐倉のPCにダウンロードしたものが正常に作動しているかを確認したに過ぎない。


「じゃあ、どうすれば...」

佐倉は周りを見渡す。小谷、佐倉に下心を抱いているフューチャー・ビジョンの男たち...。ここには徹以外頼れる人間はいない。


「申し訳ないのですが佐倉さん自身で何とかしてもらうしかないですね」


「そんなの...。スタンドアップの社員に助けてもらえばいいんじゃ...」


「構いませんが、恐らく僕と同じことを言うだけですよ」


 佐倉は納得できないという顔で徹を見た。それを無視して徹は自分の席に戻った。


「あの、ちょっと...」

佐倉は徹を呼び止めようとした。


「エラーが修正できるまで仕事は僕が引き継ぎます。佐倉さんならできますよ」

徹は思ってもいないことを平然と口にした。




 徹が黙々と自身の業務を進めていく中、スタンドアップの社員に声をかける佐倉の姿が目に映る。佐倉に声を掛けられ、のぼせた上がった数名の社員が佐倉のPCモニターに表示されたエラーの修正を図るが徹の言葉通り修正できたものはいない。


 結局佐倉には自分で問題を解決する以外の選択肢はなかった。佐倉が無為な時間を過ごす間、徹は集中して自らの業務を進めることができた。


 残り3週間。


 2人分の業務を担うことになったが徹の思惑通りことは進んだ。


「(今回ばかりはあのクソAIに感謝だな)」


 必死でエラーの修正を試みようとする佐倉を横目に徹はひとりごちた。

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