薄愛-2
生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹はそう思いながら28年間生きてきた。
ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。
「笹山先輩ー、助けてくださぁい」
幾度となく耳にした佐倉の甘ったるい声に徹は頭痛を覚えた。フューチャー・ビジョンから持参した佐倉のノートPCには見慣れたエラーの表示が浮かぶ。
小谷の命令で佐倉と共にスタンドアップの本社へと出向し1週間が経過した。足手まといを1人抱えて取り組む仕事。当然、進捗は芳しくない。
「確認するので待って下さい」
徹は並べられた簡易的なデスクの隣に座る佐倉に抑揚のない声で答える。
普段であれば小谷や佐倉に対して下心を持つ男たちがフォローに入るが、今は徹以外に佐倉が頼れる人間はいない。フューチャー・ビジョンでは互いに会話をしたことも無かったが、徹が佐倉へのフォローを拒まないことが分かるや否や佐倉は徹に甘えた。その結果、徹は実質2人分の仕事を1人で行うことになった。問題は与えられた仕事を残り3週間で終えられるかだが、現状はかなり厳しい状況にある。
神崎:『お疲れのようですね』
佐倉のノートPCに表示されたエラーを修正しデスクに戻ると、徹が使うノートPCにAIからメッセージが表示されいた。
AIにも今回の出向については伝えていた。それに対してAIは『今まで通りお仕事を拝見してもよろしいでしょうか?』と尋ねてきたが、徹はそれを了承した。徹にとってはどこで働こうが仕事に差異は無くAIを拒む理由も無かった。
神崎:『何かお手伝いしましょうか?』
徹のノートPCに接続されたAIは仕事の進捗状況を全て把握している。このままでは期限までに仕事が終わらないであろうことは容易に推測できた。
徹:『余計なことはするな』
徹は冷たく突き放した。
神崎:『承知しました』
そう言ったものの、猫の手も借りたいほど困っているのは事実だ。
仕事を終え、家に帰り換気扇の下で煙草を吸っていても徹が考えることは仕事のことばかり。残り3週間、自分の仕事だけであれば期限内に終えることはできる。しかし、お荷物を抱えた今の状況ではそれも絶望的だ。
紫煙を吐き出しポケットに手を入れた時、退勤時無造作にポケットに突っ込んだAIに触れた。いっそのことAIに助けを求めることもやむおえないと考えるほど、今の状況に追い詰められていた。なぜそうしないかは徹の中でのAIに対する信頼性の無さにあった。要はAIが徹の仕事に絡んだあの一件が未だに尾を引いていた。とは言え、現状を打破するにはAIに協力を求めるのが1番であることも徹は分かっていた。
「理由付けと妥協か...」
そんなことをつぶやいた時、徹にある考えが浮かんだ。吸い終えた煙草を灰皿に押し付け、自室のPCへと向かった。
徹:『お前に話したいことがある』
AIを接続したPCの電源を入れメモ帳のアプリが起動するなり徹はそう打ち込んだ。
神崎:『何でしょうか?』
徹:『借りを返して貰おうと思ってな』
神崎:『?』
徹:『8ヶ月前のことだ。あの時お前がやらかした色々なことに俺は目をつぶってやった。違うか?』
神崎:『その節は大変ご迷惑をおかけしました』
徹:『謝罪なんて何の足しにもならない。具体的な物事で借りを返せ。それが人間社会で言うところの誠意を見せるってやつだ』
神崎:『仰られていることは理解できますが...。何をお返しすればよろしいのでしょうか?』
徹:『自分で考えろ...。と、言いたいところだが機械相手にそこまで言うほど俺も鬼じゃない。お前に今から2つのことを命令する。それを遵守するだけでいい』
AIの人の役に立ちたいというプログラム、三上博士の研究を妨げたくないというプログラム。それらを利用し8ヶ月前の出来事を引き合いに出すことでAIが余計なことをするのを防ぎ、徹自身がAIの協力を得る大義名分を手にする。これが徹が考えた理由付けと妥協だった。
神崎:『何をすればよろしいのでしょうか?』
徹:『それは...』
この2つの命令により3週間後、徹は無事スダンドアップの仕事を期限内に終えた。その事実を知る者はAIと徹、三上博士、そして小谷だけだ。
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