コカコーラ
Iさんは登山が好きで、今でも時間があれば山に入るそうだが、学生の頃はワンダーフォーゲル部に所属していて、今よりもずっと頻繁に山を歩いていたらしい。
そのときの話で、関東のとある低山を単独で歩いていたときのことだという。整備された登山道を黙々と歩いていると、森の中の木に何かがぶら下がっているのが目に入った。
それはペットボトルだった。細い紐のようなもので枝に括り付けられている。
「…なんだこりゃ」
と思って手に取ってみたが、キャップは開いていない。ラベルにはコカコーラと書いてあって、汚れも少ないからそんなに古いものには見えなかった。誰かのいたずらか、あるいは目印かとも思ったが、特に意味がわからないのでそのままにして歩き出したという。
ところがしばらく登っていくと、また同じようなものがあった。今度は木ではなく、登山道の脇にある岩にぐるぐると紐で結びつけられている。やはり同じコカコーラのペットボトルで、しかもこれも未開封だった。
「気持ち悪いな…」
とは思ったらしい。山で変なものを見ること自体はたまにあったが、未開封の飲み物がわざわざ括り付けられているのは妙だった。特に登山中は余計な荷物を持ちたくない。ただ、誰かの遊びかもしれないし、害があるわけでもないので、あまり考えないようにしてそのまま登り続けた。
山道は徐々に高度を上げていき、木々の間を抜けながら進んでいく。すると道中でまた同じものを見つけた。今度は倒木に縛りつけられていた。さらに少し先にもあった。数が増えていくにつれて、どうしても目に入るのだが、Iさんはわざと見ないようにして通り過ぎたという。
山で妙なことを気にしすぎると余計に不安になるからだ。やがて山頂に着き、昼食をとって少し休憩してから、そのまま普通に下山した。特に誰とも会わず、変わったことも起きなかった。ただ、駐車場に戻ってきたときだった。
「帰ってきたらさ、駐車してあった俺の車のボンネットの上に、開けてないコカコーラのボトルがいくつも並んでるんだよ」
最初は誰かのいたずらかと思ったらしい。だが山頂までの往復で人にはほとんど会っていないし、駐車場にも自分の車しか停まっていなかった。それに、そのボトルはどれも見覚えがあるような気がしたという。木に縛ってあったもの、岩に括りつけてあったもの、倒木にあったものと、形やラベルの擦れ方が妙に似ていた。
「なんというかさ…気味が悪くてね。人間がやったにしても、そうじゃないにしても」
結局そのボトルを駐車場の脇に置いて、そのままそそくさと車に乗って帰ったらしい。Iさんは最後にこう言っていた。
「それ以来さ、なんかコカコーラがあんまり好きじゃないんだよね。見るとちょっと思い出すんだよ、あの山のこと」




